1-66
その翌日にとある人からです、と言って使者がダリアの元へやって来た。そのとある人の素性は言えないけれど、手紙を見れば分かりますと手紙をダリアに渡し、きっと来てくださると思っています、と伝言を受けていますとだけ言って立ち去った。
ダリアはバロウ家の庭にいて、ひとりでお茶を飲んでいるところだった。今日はリタは休みをとっていていない。手紙に目を通し、深々とため息を吐き出す。まさかこんなことになるとは思ってはいなかった。
気が進まなかったが、呼び出しに応じていくより他にないだろう。
その日の夜、王都に住まう友人の家に行くと告げて馬車を用意してもらった。
◆◆◆
本当はリタに一緒に来てもらいたいところだったが、不在なので仕方がない。他の侍女や侍従に付いてきてもらうわけにはいかない、秘密を漏らしたくないからだ。相手もそう望むだろう。
いつもの黒いドレスに外套を身に纏い、馬車に乗り込んだところで何者かが突然馬車に乗ってきた。
賊か、と身構えたところで、その者の正体を知り、安堵のため息をつく。それはリュシアンであった。
「従者も伴わずにどこへ行くつもりだ?」
そう言い、ダリアの隣に腰掛ける。まさか、一緒に行くつもりだろうか。
「友人の家よ。最近こちらに来たらしくて、手紙をくれたの。晩餐に招待されたの」
「嘘だな。侍女に聞いた、昼間に怪しげな使者が来たらしいな。誰からの使者から告げず、とにかくダリアに取り次いで欲しいと言ったそうだな。そして、その夜に出掛けることを告げて馬車を用意させ、黒いドレスを着て夜陰に紛れて出掛けようとしている」
「黒いドレスはいつも着ているでしょう? 黒が好きなのよ」
「きっと浮気に違いない、警戒した方がいいと言われた」
「浮気……」
ダリアは気が遠くなりそうだった。
浮気なんて、今日の用件からはほど遠くて、そんな勘ぐりをされたなんて笑ってしまうほどだ。そんなわくわくしたものではない。
「違うわよ、くだらない」
「そうなのか? 本当に?」
リュシアンは疑わしい目でダリアを見ている。ダリアはばかばしい、と肩をすくめた。
「だいたい、私が外に男を作ったら、それはそれであなたは万々歳なのではないの? 妻は適当に遊んでくれた方があなたはいいでしょう? その方が仕事に集中できるから」
「そんなことはない。とにかく俺も一緒に付いていく」
そう言うと御者に合図をして、馬車を出させた。
「だから、浮気ではないわ」
「でも、友人に会いに行くのも嘘だろう? 本当はだいたい予想はついているのだ。アルノー伯爵に呼び出されているのだろう?」
ダリアは衝撃のあまり、開いた口がふさがらなくなった。
なぜリュシアンにそれが分かるのだろうか。まさかリタがなにか話した? と思うが、それはないだろう。リタは秘密は忠実に守る侍女である。ならばなぜ、と考えるが分からなかった。
「自分の婚約者の子を宿した女性に、堕胎薬を渡した話をしにいくんだろう?」
「……なぜあなたがそれを知っているのよ?」
「セシル王妃に聞いた。彼女は自分のいとこからの手紙でそれを知ったと言っていた。俺にその話をして、俺に妻を軽蔑させたかったんだろうな」
リュシアンはつまらなそうに言う。ということは、セシルの思惑通りにはいかなかったということか。
「そうなの……。ならばいいわ、一緒に来てくれれば助かる。実はひとりだと不安だったのよ。アルノー伯爵がどんな方か、まるで知らないし」
話があるから、あまり人目につかないようにして来て欲しい。
そして指定されたのはアルノー伯爵の屋敷ではなく、郊外の教会だった。あのソレーヌの父親である、血の気の多い人で突然襲われないとも限らない。だが、相手が人目につかないように、と言っているのでそれは尊重したい。そのときに同行者として夫を選ぶのはよい判断だと思うのだ。
「最初から素直にそう言えばいいのに」
リュシアンはふんと鼻を鳴らす。
「ええ、頼りにしているわ」
「そこまで言われると気持ちが悪いな」
そう言うリュシアンにダリアはむしろ嬉しい気持ちになった。以前のようにわだかまりなく話せているような気がしたからだ。
馬車は指定された郊外の教会へと走っていた。御者にはあらかじめ行き先を告げていた。ただし、それは教会の近くまでで、後は歩きで行こうとしていた。夜道をひとりで歩かなければならないことを考えても、リュシアンが同行してくれるのはとても助かる。
「君も自分の評判を気にするんだな?」
「別に、私の評判なんて……」
「いや、気にしているだろう? アルノー伯爵に呼び出されてそれに応じ、どうかその話は内密に、と頼みに行くんだろう?」
「内密にはしたいけれど、頼むのは少し違うと思うわ」
「……なんだ、どういうことだ? よく分からない。俺はそれを助けにいくのだと思っていた。結婚する前の話とはいえ、至らぬ妻がすみません。そのときにはきっと気が動転していたのでしょう。若気の至りとどうか失礼をどうかお許しください、とな」
リュシアンは必死で頼み込むように手をすりあわせた。ダリアはそれを一笑に付す。
「つまらない冗談はやめて。いいから、来れば分かるわよ」
ダリアはそっけなく言って、椅子の背にもたれて、馬車の振動に身を預けた。
★気に入ってくださったら、評価、ブックマーク、いいね、いただけると励みになります。