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ダリアに悲劇は似合わない  作者: 伊月十和
第五章 ダリアは悲劇を回避する
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 その日は絶好のピクニック日和だった。歩いているだけで気分がよく、爽やかな風が堪っていた不満を流してくれるようだった。

 一行は王宮を出て、その裏手にある森の広場へと向かっていた。

 王宮から少し離れただけで騒がしさから解放されて、まるで別の場所に来たように感じる。


「風が気持ちよいですわね、コリンヌ様」


 レイチェルは王宮に居るときのかしこまった雰囲気ではなく、その年齢の女性らしい、明るく無邪気さを感じさせる声で言う。


「ええ、そうね。こんな遠出をするのは久しぶりで、不安もあったけれど、思い切って出てきてよかったわ」


 コリンヌはゆっくりとした、しかし、しっかりとした足取りで歩いている。

 王宮に居るときのようなかっちりとしたドレスではなく、胸元も腰にも余裕があるふんわりとしたドレスを着ていた。つばの広い帽子をかぶり、それをレーススカーフで結んでいる。風で揺れるドレスが、空で自由に姿を変える雲のようで、この年齢の女性としては少し若すぎると思われるものだったが、それはコリンヌにはとても似合っていた。


 バラ色の頬に張りのある肌、顔色も以前と比べてずっといい。よくここまで回復したものだ、とダリアはほっとした気持ちになっていた。

 今日コリンヌに同行しているのはレイチェルとダリア、それからリタの他に侍女と侍従がひとりずつだった。外でのお茶会を楽しむために、コリンヌの好物をたくさん持ってきた。


「兄さんも誘ったのだけれど、断られてしまったわ。遠慮することないのに」


 レイチェルがダリアに言う。

 急に出てきたリュシアンの話題に、ダリアは思いがけず戸惑ってしまう。


「……お仕事が忙しいのではない?」

「そうかしら? 少しくらい顔を出してくれてもいいのに」


 レイチェルはなんでもないというふうに言うが、ダリアは気にしていた。もしかして自分がいるから、ピクニックに同行することを拒んだのではないか、と。

 というのも、このところのリュシアンがダリアに対してよそよそしいというか、以前のように接してくれないような気がしていた。


(……こんなことを気にするなんて私らしくないわ)


 いつの間にか、リュシアンとは言いたいことをなんでも言える間柄になったような気になっていた。時に喧嘩のような言い合いになることも、ダリアにとっては心地がよいことだった。しかし、今はなんだかこちらに遠慮しているように思えるのだ。

 いつから変わったかといえば、やはりコリンヌの故郷から王都に戻って来てからだ。

 バロウ家にあまり帰って来ないのは相変わらずだが、帰って来てもダリアの部屋に来ることはあまりない。来たとしてもコリンヌの様子について語り、国王がダリアに感謝していて、今度晩餐会に招待したいと言っているだとか、まるで業務連絡のような事項を述べるだけだ。


「リュシアン様も一緒に来られたらよかったですね」


 リタがダリアの顔色を窺いながら言う。

 リタにこのごろのリュシアンについてなにか言ったことはないが、今まで違うところをなにかしら感じているようだ。


「いいわよ、あんな男がいても騒がしいだけだから。今日は静かに楽しみたいわ」

「ダリア様は、騒がしい方が好きかと思っていましたわ」


 そして意味ありげに笑う。

 そんなことないわよ、と軽く否定して、森の中の小道を歩いて行った。

 リタにはコリンヌの子が生きているという嘘をついている、とは知らせていない。彼女を信頼していないわけではなく、秘密を知る者は少ない方がいいからだ。そんな事情もあって、リュシアンとのことはリタには相談できない。秘密を持つということはそういうことだ。


「……ここへ来たのは結婚してこちらに来てから二度目ね。そのときは陛下も一緒で、騒がしいお茶会だったわ」


 コリンヌは苦笑いを浮かべながら、優雅な手つきで紅茶のカップを持ち上げ、口をつけた。

 あのデューク国王が主催のお茶会だったら、大勢の使用人を引き連れての大仰なものだったろうと予想する。


「そのときには陛下のご機嫌を損ねないようにと夢中で、景色があまり目に入っていなかったけれど……。ここは素敵なところね、頻繁に来たいわ」


 コリンヌは目を細め、周囲の景色を見つめた。

 すぐ近くには小さな白い花が咲いていて、少し遠方に見える森の木々は風に優雅に揺れていた。森の中に開けた広場はお茶会やピクニックができるように整えたのではないかと思える場所だ。近くには半球状の屋根のついた東屋もあり、急な雨が降ってきたときにはそこで雨宿りができそうだ。


「このところ、ずいぶんと体調がよいようで。安心しました」


 ダリアが言うと、コリンヌは微笑みながら頷く。もう体調不良の話など不要といった雰囲気だ。笑う回数も増え、食べる量も増えたそうだ。国王が部屋に突然やって来ることも、ダリアがあんなに止めたにもかかわらずたまにあるのだが、そのときも穏やかに対応し、なにか無理なことを言われても、やんわりと断ることができるようになり、彼に惑わされるようなことも少なくなってきたようだ。


 全てが上手くいっている、と言ってよかった。

 コリンヌは見違えるように元気になったし、それに伴ってデューク国王の機嫌もよい。コリンヌのことに業を煮やして、デューク国王が周囲に当たり散らすような回数も減ったと聞く。王宮全体の雰囲気もよいものになっている。


「私、フランソワに会ってみようと思うの」


 コリンヌがごく自然に、特に重大な決意を思い切って話した、というふうではまるでなく、なにげない会話の延長、といった雰囲気でそう言う。


「今まではダニエルのことを気にするあまり、会うことが罪のように思っていたけれど、それではあまりにもフランソワが気の毒だと、やっと気付くことができたの」


 穏やかに話すコリンヌの横で、レイチェルはすっかり感激した様子で頬を紅潮させている。やがて感極まったように目元を拭う。それほど嬉しいことだったのだろう。


「そうですか。それはよかったです」

「なにもかもあなたのおかげでわ、ダリア」


 コリンヌはダリアの手を取った。

 初めて会ったときにはひんやりと冷たかった手が、今はじんわりと温かい。


「私はコリンヌ様の中にある回復力を引き出すお手伝いをしただけです。すべてコリンヌ様のお力です」

「私、あなたに出会わなければきっとあの薄暗い部屋で衰弱して死んでいたかもしれないわ。死なないまでも、死んだように一生を過ごしていたでしょう……。あなたは命の恩人よ」


 そう言って、こちらを信頼しきっているような表情を向ける。

 ダリアの心はチクリと痛む。

 その信頼は、ダリアがついた嘘の上に成り立っている。

 しかしこれが、嘘をついている者が背負う業なのだ。


 それに後悔はしていない。コリンヌの体調が劇的に回復したのは、やはりダニエルがどこかで生きているという嘘を信じたからだ。コリンヌの根っこのところには、いつもダニエルのことがあったのだろう。もうダニエルが死んでから四年は経つのに、その苦しみは消えるどころか大きくなる一方であるようだった。それを取り除かなければコリンヌが健康になるような気持ちになれず、本人が望まなければそれは達成できることではない。どんなに効く薬を使っても、できないことはやはりある。それを手助けするのは……漢方医としてやり過ぎだとは思うが、それをやるのがダリアなのだ。


 ダリアは全ての思いを飲み込んで微笑み、コリンヌの手を握り返す。大きな罪悪感を抱きながら。

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