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「……なんであんな嘘をつくのか、俺にはやはり理解できない」
コリンヌの部屋を出てしばらく歩いたところで、リュシアンが不機嫌そうな声で言う。
「しっ! 誰かが聞いているかもしれないでしょう? こんな場所でそんなことを言い出すのはやめて」
ダリアはそう言いながら足取りを速めた。
そう、コリンヌの息子が生きているなんて偽りなのだ。
それどころか、墓を暴いて遺体を調べたところ、ダニエルが病死ではないことが分かった。頭蓋骨に不審な陥没があり、その他の骨も何本か折れていた。恐らくは、高いところから落ちて死んだのか、あるいは鈍器のようなもので頭を殴られて死に、その拍子に他の骨も折れたのか。事故か他殺を疑うような遺体の状態だった。
そのことについてダルセー伯爵を問い詰めた。
本当はダニエルの死因について調べに来たのだと明かし、遺体を見て、病死ではないことが分かった。どういうことなのかと聞いた。初めはとぼけていたダルセー伯爵だが、これは国王陛下の命令を受けてきたことで、そのために侍医であるリュシアンが来たのだ、と嘘をつくと、急に口が軽くなり、真相を話してくれた。
ダルセー伯爵がダニエルを屋敷の三階から突き落とし、殺したとのことだった。
それについての弁明が続いた。あまりにもコリンヌが頑なで、陛下になんとかしろと迫られ、このまま陛下の不興を買ったら陛下に背いた罪で爵位を取り上げられ、広大な荘園も没収になるかもしれない、と。事実、そのような貴族がいると聞いた、自分もそんなことになっては先祖に申し訳なく、また次期当主として学んでくれている息子にも申し訳ない。なんとかしなければならないという強迫観念に駆られてしまったのだという。
そして、ダニエルさえいなければ、という思いに取り憑かれた。
そう思うと止まらなかった。コリンヌを遠方に出掛けさせ、その間になんとかしようと企み、それを実行したとのことだった。
ダニエルが死んだとき、さすがに後悔の念に襲われた。しかし、もう実行するしかないのだ、後戻りはできないと思った。
そのときに屋敷にいた使用人、そしてコリンヌの乳母には、誤ってダニエルが死んでしまったと告げた。自分がみていながらこんなこと、コリンヌに顔向けができないと嘆き、病死ということにしてすぐに埋葬することにすると告げた。転落死を事故に見せかけたとしても、突き落としたのではないかとコリンヌはきっと疑う。一方、ダニエルと同じくらいの年齢で、病気で死ぬ子供はとても多い。ついこの前も、コリンヌの友人の子供が病気で亡くなったばかりだ。病死ならばコリンヌも諦めてくれると思ったようだ。
そうしてダニエルは死に、失意のコリンヌは国王と父親の強硬な勧めに勝つことができなかった。そのまま王宮に嫁いでいった。
そして死んでしまった子のことを嘆き、ダルセー伯爵は長患いが続いている。
「コリンヌがダニエルの幽霊を? そのようなことはないでしょう」
ダルセー伯爵は苦笑いを浮かべ、自分の腰の辺りを見つめた。
「なぜならば、ダニエルはずっと私の横に居るからです。腰の辺りにずっとしがみついているのです。そのせいで私の腰は重く、ときどき悲鳴を上げるのです……。恨んでいるのでしょう、当然です……。私はそれを一生引きずっていくのです」
ダルセー伯爵は力なく言ってから、自嘲した。
ダリアはどう言っていいのか分からず、リュシアンも同様だったようで、沈黙の中で彼との話は終わった。
これが、ダルセー伯爵家を訪問したときの顛末だ。
「……コリンヌ王妃が嘘に気付いたらどうするんだ?」
リュシアンは周りを気にするように小声で言う。ダリアはそれに構うことなく歩き続ける。
「それはないわ。このことを知っているのは父親だけよ。充分に脅しておいたし、あの様子では口を割ることはないわ」
「罪悪感に苛まれて、どこかで告白してしまうかも」
「そうなったらそれまでだけれど、それはないと思うわ。言ってしまったら、ダルセー家が衰退することになるかもしれないから。彼は、ダルセー家のためにと娘を裏切ったのよ。彼の一番の望みはコリンヌ王妃の産んだ子供が国王になることだわ。その障害になるようなことは決してしない。コリンヌ様の現状についてはよくよく話して聞かせたから。……もういいかしら?」
どこで誰が聞いているか分からない。事実に触れないようにリュシアンに話しながら、ダリアは早く王宮を出ようと歩いて行った。コリンヌの故郷から戻ってきて、彼女の部屋に直行したため……これはとびきりの知らせを持ってきた、とコリンヌに印象づけるためだが、まだバロウ家には戻っていない。早く帰って、荷物をほどきたい。
馬車に乗り込むと、リュシアンも一緒に乗ってきた。まだまだダリアに抗議したいという気持ちのようだ。
「本当に君という人は。今回のことでは軽蔑する」
「あら、まだ私のことを軽蔑していなかったなんて意外だわ。あなたには軽ろんじられていると思っていたから」
「何度でも言うが、なんであんな嘘を? 陛下にコリンヌ王妃のことをなんとかしろと言われて、苦肉の策か? 自分の漢方で治しきることができなかったから」
「あなたは何年もかけて、コリンヌ王妃を寝台から出すこともできなかった」
「俺のことはいいんだ」
「国王のことなんてどうでもいいのよ。私が不興を買ったところでどうってことないわ。私は王宮に出入りすることなんて興味がないし」
「お前はバロウ家の嫁なんだぞ? 嫁の失態は俺の失態であり、ひいてはバロウ家の問題とも捉えられる。うちが王宮への立ち入りを禁じられ、お家取り潰しなんてことになったらどうするんだ?」
「そのときは婚姻無効を裁判所に訴えるかしらね。そうしたらバロウ家とは関係のないこととして処理できるんじゃない?」
「……君という人は……まったく」
リュシアンはすっかり呆れた様子で、頭を掻いた。
「……お前の母親は愛人に殺されたと聞いた」
突然の話題にダリアは戸惑い一瞬言葉が出てこなかったが、それを表に出さないようにとつとめ、ゆったりと言う。
「あら、ずいぶんと古い話を持ち出すのね」
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