1-60
「え? 本当はダニエルが死んでいないって、一体どういうことなの?」
王都に戻るなりコリンヌに面談を申し入れ、ダリアはリュシアンも同席する場で、コリンヌに故郷に行った報告をしていた。
コリンヌは驚愕の表情を浮かべ、そして身体を乗り出してきた。それに応じるように、ダリアはさらに続ける。
「お子様の墓を暴きましたが、そこにはなにも埋まっていませんでした」
「え? ダリア、今、一体なにを言ったの? お墓を暴いたって……」
「許されない行為ということは承知しております、申し訳ありませんでした。ですが、真実を確かめるためにはそれしかありませんでした」
ダリアは冷静にそう言って、紅茶のカップに口をつけた。渇いた喉に潤いが広がる。
「コリンヌ様の留守中に、伝染病でダニエル様が急死したというのも嘘で、すぐに埋葬したというのも嘘だったのです」
「少し待ってちょうだい……! 混乱していて、なにがなんだか……」
「その嘘をついているが故に、お父様の様子がおかしいと感じたのでしょう。だからこそ、もしかして病気ではなく、殺されたのではないかと恐ろしいことを考えてしまった」
ダリアは淡々と語り、リュシアンはダリアの隣で一切口を挟まずにいた。
「いえ……もしそれが事実ならば」
「事実です、間違いありません。ダルセー伯爵を問い詰めて、全て話していただきましたから」
「では、ダニエルはどこへ? 一体どこにいるの?」
「それは残念ながら分かりません。亡くなったコリンヌ様の乳母が全てご存知だったのですが」
コリンヌは喜んでいいのだか、悲しんでいいのだかわからないような複雑な表情をしている。
「乳母が頼まれて、ダニエル様を密かに連れ出して、どこかに預けました。そしてコリンヌ様が王宮に嫁いだのを見届けると、乳母は預け先からダニエルを連れ出して、またどこかへと連れて行き、預けたようです。それがどこなのかはわかりません」
「なぜそのようなことを……」
「決まっています、コリンヌ様のお父様は再婚に前向きで、ダニエル様はその障害になると考えたからです。どこかに預けてしまおうと考えた。しかし、コリンヌ様は賛成しなかった。だから、強硬手段に出たのです」
「病気で死んだことにして、どこかに預けた?」
「このことは、墓場まで持って行く秘密のつもりだったと言っています」
「確かに、陛下との結婚をすすめたいがために、ダニエルは養父母を探して、そこに預けたらどうだと言われたことがあるけれど、まさかそんな……」
コリンヌは肘置きを強く掴み、呆然とした表情でなにやら考え込んでいるようだった。
混乱しているのだろう、当然だ。死んだと思っていた息子が生きていたなんて、すぐに気持ちの整理ができることではない。
「墓場まで持って行く秘密を明かしてくれたのです。コリンヌ様がお父様を責める気持ちはわかりますが、そこはお気持ちを鎮めてください。お父様を責めるようなお手紙を出すだとか、そのようなことはお控えください。お父様は、前夫を亡くしてお子様を抱えたコリンヌ様の行く末を案じていたのです。それゆえ、強引な手段で再婚をすすめてしまった」
「ええ、それはそうだけれど」
そしてコリンヌは身体を乗り出し、ダリアの手を取った。
「なんとかして、ダニエルの行方を知る方法はないのかしら?」
「そのお気持ちはよくわかりますが……探してどうするのです? ダニエル様を引き取ることはできないでしょう、まさか王宮に連れて来るわけにはいきません。そして、恐らくはダニエル様は自分が王妃の子だと知らずに暮らしているのでは? 混乱させてしまうことにはなりませんか? それに、死んだはずの子供が生きていると陛下が知ったら、もしかしたら強硬な手段に出るかもしれません。ダニエル様に危険が及ぶということになりかねません」
ダリアがたたみかけるように言うと、コリンヌは顔を歪ませてダリアから手を離し、椅子に背中を預けた。
「そうね、陛下のことですもの。なにをするか分からないわ。そこまでのことはしないと、信じたいけれど」
コリンヌの言葉からは、デューク国王に対する深い不信感が窺えた。
「よくわかったわ……私はもう二度とダニエルに会うことはできない、母の名乗りをすることもできない。でも、どこかで生きている」
「そうです。私も、このことを話すかどうか迷いました。生きていると知れば、会いたくなるのが人情でしょう。しかし、それができないのですから」
「いえ、話してくれてありがとう。どこかで生きていると思うだけで充分だわ」
そう言って微笑んでくれた、コリンヌがずっとそのような心持ちでいてくれることを願う。
★気に入ってくださったら、評価、ブックマーク、いいね、いただけると励みになります。