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「……なるほど、確かにそれは怪しいな。伝染病だと医者が見立てて、早めの埋葬を勧めたわけではないのか」
リュシアンは暖炉近くの安楽椅子に足を組んで座っていた。
夕食が終わるとリュシアンがダリアの部屋にやって来た。リタが、奥様はもうお休みになりますからと断ってくれたのだが、夫が夜に妻の部屋を訪ねてくるのは普通だろうとかなんとか言って、逆にふたりきりにしてくれとリタを追い出してしまった。
そうしてふたりで話している。
ダリアの方は寝台に座っている。本当に今日は早めに寝ようと思って、もう寝支度を整えていたのだ。後は寝台に入るだけだという状況で、リュシアンがやって来たので、寝間着にショールを羽織っただけの姿である。
「流行病と言えば黒死病がすぐ思い浮かぶけれど、この国で黒死病が最後に流行ったのはもう三十年近く前でしょう? そのときには死者はすぐに埋葬するか、あるいはすぐに燃やしてしまえなんておふれが出たけれど。このところ、どこかの地域で黒死病が流行ったなんて話はあるの?」
「ないな。他の、たとえば風疹やはしかだったとしても、遺体からそれが伝染するなんてことはない。それにそんな急に亡くなるとは、ないとは言わないが稀だな」
「私もそう思うわ」
「かといって、ダルセー伯爵を問い詰めたところでなにも話してはくれないだろう」
「ええ、執事や、他の使用人に聞いても無駄だと思うの。むしろ、こちらがそんな疑いを持っているなんて知られずに密かに調べるのが得策だと思うわ」
「それには時間がないな」
「そうね」
ダリアは頷きつつ、とある方法を考えていた。これならばなぜダニエルが死んだのかは分かるだろう。あまり褒められた方法ではないが。
「ところで、そのロザリーは信用がおけるのか? 彼女には疑いを持ってこちらに来ていることは話してしまったんだろう?」
「たぶん、ロザリーはダルセー伯爵よりもコリンヌ様の味方だから大丈夫だと思うわ」
「女性は分からないぞ。心の底では国王と結婚したコリンヌ様を羨んで嫉妬しているかもしれない。彼女は未だに独身だというじゃないか? 縁談があったが、急遽取りやめになった」
「そんな話をどこから?」
「君らが庭でお茶会をしているときに、ここの使用人から聞いたんだ。最近お腹の調子が悪いというから、診てやったときにな」
そんなことをしていたとはまったく知らなかった。リュシアンも彼なりに行動していたということか。単にダリアを監視について来たのだろうと思っていたが、そうでもないようだ。
「では、ロザリーが余計なことを告げ口しないうちに……そんなことはないとは思うけれど、さっさと行動するのがよさそうね」
「行動……?」
「いいのよ、あなたは別に付き合う必要はないから。それよりそろそろ出て行ってくれないかしら? 旅の疲れが出たのか、とてもだるいのよ」
「体調が悪いのか? 夜中に悪化してはいけない、添い寝をしてやってもいいぞ?」
「そういう冗談はやめて」
リュシアンをさっさと部屋から追い出すと、ダリアは燭台の炎を消して寝台にもぐり込んだ。
◆◆◆
「昨日はさっさと寝室から追い出しておいて、こんな早朝にたたき起こすとはどういうことなんだ? まだ夜も明け切っていないぞ」
リュシアンの言うとおり、周囲は薄暗く、太陽の光はまだ地上にない。
ダリアとリュシアンはこっそりと屋敷を出て、その裏手にある森を歩いていた。まだふくろうの鳴き声が響いている。
「本当は月のない夜にやるべきかとも思うけれど、それだとよく見えないだろうからと気を遣ってのことよ」
「だから、なにをするつもりなんだ? それに、お前が持っているその荷物はなんだ?」
ダリアは大きな袋を肩から提げていた。大きさによらず、それほど重くはない。
「付いてくれば分かるわよ」
そう言って、ダリアはずんずんと森の中の道を進んでいった。
聞いていた話では、屋敷からはそう遠くない、森の中にそれはあるという。どうしてそんな場所を聞くのかと訝しがられたが、コリンヌに頼まれたのだと言うと納得してくれた。
目的地はダニエルが埋葬されている墓地であった。
コリンヌが、自分の代わりに子供の墓参りをしてくれと言っていた、と嘘を言って教えてもらったのだった。もう子供のことは忘れて……などと言われたが、頼まれたことをやらないのはいけないと食い下がった。
たどり着いた場所には、ダルセー家の祖先と思われる人たちの墓が並んでいる。その中でひときわ新しく、そして小さな墓があった。これがダニエルの墓で間違いないだろう。
「なんだ、墓場じゃないか。まさかここが目的地ではないよな?」
「はい、これ」
ダリアは持っていた荷物を下ろし、そこからスコップを取り出してリュシアンに放った。すると彼は戸惑いながら、それを両手で受け取った。
「あなた医者でしょ? 遺体を調べれば死因が分かるわよね?」
ダリアがさも当然というように言うと、リュシアンは目を丸くした。
「いや……君の言動にはずいぶんと慣れたはずで、もう驚くことはないと思っていたが、これは驚いた。墓を暴くというのか?」
「そうよ。もし地獄の審判で、その件について審問を受けたら、三番目の妻に命令されて渋々、と言っていいから」
「そういう問題ではない。そこまでやるか? と疑問を呈している」
「やるわ。そのために来たんだもの。父親が話してくれないのならば、こちらで調べるしかないじゃない。しかも私には時間がない。確実な方法はこれしかないわ」
「……」
リュシアンは無言でダリアを見つめた。
二人の間に一陣の風が吹き抜けた。
夜明けの爽やかな風のはずなのに、少しの冷たさを含んだその風は、ふたりを分け隔てる風のように感じる。
「そこまでして真相を明らかにしてどうする?」
「それは真相がはっきりしてから考えるわ」
「いいか? さすがにお前にそこまでの権利は……」
「墓を暴くのにどんな権利があればいいというの? 許されない行為であることは重々承知よ。でも、私はやるの。……いいからさっさとして。あなたがやらないなら、私がやるからいいわよ」
ダリアはリュシアンからスコップを奪うと、地面にスコップを突き刺した。
ここに棺桶が埋められてから数年経っているだけあって、墓の周囲は手入れされているとはいえ草の根がはびこっており、なかなか簡単に掘り進めていけなかった。ダリアはドレスの裾をまくり、さらに力強くスコップを地面に突き刺しては、土をすくって近くに放り投げた。それを繰り返していくうちに。
「……いいから貸せ。お前に任せておいたら夜が明けてしまう」
リュシアンは上着を脱いでシャツを肘上までまくって、ダリアからスコップを奪うと、ダリアの三倍ほどの早さで穴を掘っていった。さすがに大柄な男性の力と小柄な女性とはまるで違う。
「医師なんて頭でっかちでひ弱だなんて言う人がいるけれど、あなたは違うわね」
「それは褒めているつもりなのか? 患者を担ぎ上げたり押さえ込んだりするには体力がいるだろう?」
「あら、それは頼ましいわね」
そんな話をしているうちにもみるみる掘り進め、やがてカツンとなにか堅いものに当たったような音がした。リュシアンはそこで一旦掘り進めるのをやめて、慎重に土をどけていった。するとダニエルのものと思われる小さな棺が出て来た。
「……本当に開けるつもりか?」
リュシアンがこちらを振り返って念を押すように言う。
「そのために掘ったんでしょう?」
ダリアが大きく頷くと、リュシアンは棺の境目にスコップの先を突っ込んで、棺の蓋を開けた。
そして、そこから出て来たものは……。
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