1-58
「どのような?」
ダリアが聞くと、ロザリーは頷いてから言う。
「子供さえいなければ、コリンヌは王妃になれたのにと言っていたの。コリンヌが再婚であることと子供を理由に国王陛下の求婚を断っていたことに業を煮やしての発言だとは思うのだけれど。そんなことは言うべきではない、と私と一緒にその言葉を聞いていた私の母が窘めたのだけれど」
「ダルセー伯爵は、殊更に国王との結婚を勧めていたようだから」
「ええ。それは伯父様だけでなく、世の父親ならば誰でもそうだと思うわ」
「娘の意志を無視してでも?」
「ええ、残念ながらそうだとは思わない? 結婚は父親が決めるもので、子供の意志なんて尊重されないことがほとんどだもの。もしかしてコリンヌは、伯父さんに子供がいなければ、と言われて、その後に本当にダニエルが亡くなったから、それで殺されたのかも、なんて疑いを持ったのかもしれないわね。王宮でかなり病んでしまっているのでしょう? 長く床についているとあれこれ考えてしまうものよ……。そうでしょう?」
「確かにそうね」
ロザリーに言われるまでもなく、コリンヌの思い込みである可能性は高い。ダリアはそれを確かめにこちらにやって来たわけなのだが。
「ダニエルが亡くなったときコリンヌ様は不在にしていたそうだけれど、そのときに屋敷に居たのは?」
「そうね、伯父様に乳母かしら。コリンヌのきょうだいたちも不在にしていたそうよ。医師を呼ぶような暇もなかったと聞いているわ。頭が痛いというからただの風邪だと思って寝かせていたら、ひと晩のうちに急に容態が悪化して、高熱が出て、そのままだったと聞いていたわ」
「それはおかしいわね」
ダリアが口を挟む。
「医師を呼ぶ暇もなかったのに、なぜ伝染病だと分かったの? 早く埋葬しなければいけないと判断して、母親が帰るのを待たずに埋葬した、というけれど、なぜ? そのような伝染病がその頃、この辺りで流行っていたの? 誰から伝染したのかしら」
「そう……言われればおかしいわね。もしかして伝染病ではなかったのかもしれない。そんな病が流行っているとはその頃耳にしたことはなかったから。でも、亡くなった子供の姿なんて見せたくなくて、それで早くに埋葬してしまったのではないかしら?」
「母親だったら見たいと思うけれど? だって、我が子よ。なにも長患いでやせ細り、生前の姿を見る影もなかったということでもないと思うけれど」
「うぅーん、改めてそう指摘されるとそうだけれど、当時は疑問に思わなかったわ。ただ、伯父様の配慮でそうしたのだろうと思われたし、コリンヌもそのことについて特になにも言っていなかったから」
実はそのときから父に疑いを抱き、誰にもそのことを言えなかったという疑念はある。
「一緒に居たというのは、コリンヌが信頼していたという乳母かしら? その後、亡くなったと聞いたけれど」
「ええ、そうなのよ。コリンヌが王宮へ行って、一年後のことかしら? コリンヌのたっての希望で、コリンヌが成人してからもこのお屋敷にいたけれど、コリンヌが嫁いでしばらくしてここを辞めたのよ。それから訃報を知ったから、伯父さんには止められたけれどコリンヌには私が知らせたのよ。手紙を書いて」
「ならば乳母に話を聞くことはできないわね」
「ええ、そうね。後は……執事は変わりないけれど、彼にそのような疑念をぶつけても、応じてくれるとは思えないわ。他の使用人については、その当時から働いている者はいると思うけれど、私はこの屋敷に住んでいるわけではないので、詳しくは分からないわ」
「そう。いいわ、後は自分で調べるから」
ここは三日逗留することになっている。ただコリンヌの友人でその使いとやって来たという理由なので、それ以上は難しいだろう。その間に『知られてはいけない秘密』を暴くことなどできるだろうか。ダルセー伯爵は思ったよりも頑なである、その使用人が主人を裏切ってなにか話すのも難しいだろう。
「あの……もしかしてと思うけれど」
ロザリーがダリアの顔色を窺いながら、おずおずと言う。
「ダニエルが殺されたと、その証拠を探しに来たの? コリンヌにそう頼まれて? もしそうだったら……」
「違うわ。私はコリンヌ様の疑念を晴らそうと思っているだけ。これで、伝染病で死んだのだということがはっきりするのが一番いいのよ」
「ああっ、そうよね。ほっとしたわ」
ロザリーは大袈裟に胸に手を当てて、ふぅっと息を吐き出した。
「こんなことを言うのは酷だとは知っているけれど、コリンヌには前の結婚のことは忘れて幸せになってほしいのよ。私も、伯父様も、その他の親族もみんなそう思ってコリンヌを見送ったの。王宮で辛い状況にあるのは分かったけれど、それでも、こちらのことなど忘れて王宮で暮らすのが、コリンヌにとって一番いいと思っているわ」
その言葉は、もしかしてダリアの言葉から、ロザリーも本当はダニエルは殺されたかもしれないと疑念を持ったが、それを隠すためのものかもしれないと勘繰ってしまった。それを忘れて、王宮で幸せに暮らして欲しい、と願っているのだろうか。
「ありがとう、ロザリー。話しにくいだろうこともいろいろと話してくれて」
「いいのよ! それより、今度はダリア自身のことを聞かせてくれるかしら? あの素敵な旦那様とはどういう経緯で結婚することになったの? お医者様だなんて、羨ましいわ」
「ええ、ええ……。全く羨ましい話ではないと思うけれど」
そうして歯切れ悪く話し始めたダリアは、素直に今置かれている状況を話した。自分が婚約を破棄されたこと、リュシアンにとっては三番目の妻、大姑に妻と認められずに苦労していると話したら大袈裟なほどにこちらに同情してくれて、一緒に怒ってくれて、それをとても心強く思った。しかし最後には、いろいろあるけれど、ダリアは素晴らしい女性だからなにも心配することはない、このままいけばそのうち周囲も変わるだろうとまとめてくれたのも好印象だった。
(王宮にロザリーのような話し相手がいたら、コリンヌ様の慰めになるだろうに)
ついついそんなことを考えてしまったくらいだった。
予想外に楽しいお茶会が終わったのは夕方近くになってからだった。ダルセー伯爵がロザリーに、夕飯もこちらで食べていくように勧めたが、今日は帰ると言っているからと帰って行った。
★気に入ってくださったら、評価、ブックマーク、いいね、いただけると励みになります。