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「……そうなの。コリンヌがそんな大変な目に。私、ちっとも知らなくて」
ロザリーは涙ながらに言い、お茶に口をつけた。
彼女は昼食前にはやって来て、お茶会のためにとあれこれ準備をしてくれた。あなたの夫も一緒でしょう? と当然のように言われたので否定した。女同士であれこれ話したいでしょう、と言うと、ロザリーはそれが親しみを込めたものだと受け取ったようで、それもそうね、と嬉しそうに言った。
ダルセー伯爵の屋敷の庭は広く、近くには生け垣もなにもない。ダリアとロザリーはその庭の真ん中にあるテーブルを囲んで座っていた。誰からも見える場所で、誰からも話している内容が聞こえない場所である。
「そんなことで、あなたにも手紙を書けなくなったと思うのよ、ロザリー。こちらの人たちは、昨日の晩餐で感じたけれど、王宮には素晴らしいことばかりで、そこに行けば必ず幸せになれると思っているようだった。コリンヌ様は親戚の方達に心配をかけまいと、悪いことは言えなかったのよ」
「ええ……コリンヌはそういう子だわ、でも、私には本心を明かしてくれればよかったのに」
ロザリーはもしかしてコリンヌに信頼されていないと思っているのだろうか。そんなことはないように思えるが、コリンヌの口からロザリーの話は出てこなかったので分からない、と思ったが、ひとつだけ思い当たることがあった。
「そうだわ、コリンヌ様は幼い頃はよく従姉妹たちとピクニックに行ったと言っていたわ。そのときに、決まってチョコレートケーキを持って来てくれる従姉妹がいると言っていたけれど」
「ええ! そうよ! チョコレートは私とコリンヌの大好物だから、屋敷の料理人に頼んで作ってもらっていたの」
「コリンヌ王妃はあのチョコレートケーキをまた食べたい、と懐かしそうに言っていたわ。王宮にはもっと美味しいチョコレートケーキがあるだろうに、従姉妹と一緒に食べたチョコレートケーキが一番だって」
「そうなのね! コリンヌは王宮に行って私のことを忘れたわけではないかったのね」
「もちろん。ただ周囲の状況が辛辣なもので、その余裕がなかっただけよ」
「そう、だったらよかったけれど」
ロザリーはカップの紅茶を飲み干し、ティーポットから紅茶を注いだ。乾燥させたバラが入った紅茶で、よい香りが漂う。半分ほどになったダリアのカップにも、新しい紅茶をつぎ足してくれた。
「それにしても、せっかく産んだ子供にも会えていないとは、辛い状況ね」
「コリンヌ様もそのことを気に病んでいるわ。でも、亡くなった子に申し訳なくて、会う気になれないと言って」
ダリアがそう言った途端に、ロザリーの肩がわずかに跳ねた。そして気まずい表情を浮かべる。触れて欲しくなかったことに触れられたという様子だ。
「ご存じだったのね。いえ、そうよね……。コリンヌの友人ならば、当然そのことは知っているわよね。でも、王宮ではそのことは隠していると思っていたから」
「亡くなった子供がいることを?」
「ええ、陛下とは再婚だということも。だって、本来ならばそんなこと許されないでしょう? 陛下がどうしてもと望んだので、コリンヌはそんな夢のような結婚をしたけれど。王宮内では好ましくないことと捉えられて、表向きは初婚ということにしているとばかり」
「表向きはそういうことにしても、すぐに露見してしまうわよ。王宮は怖いところなのよ」
「そうなのね。でもダニエルのことを気にして、陛下の子供に会えないなんて。ダニエルは可哀想だけれど、幼くして病気で亡くなってしまったのだから、ダニエルの分まで陛下の子供をかわいがればいいって、単純に思ってしまうけれど」
どうやらロザリーは察しがいい。そこに複雑な事情があると予測できたらしい。
ダリアは本当は今日この場で言うつもりではなかったが、ロザリーはコリンヌのためならば言いづらいことも教えてくれるのでは、と期待して、思い切って話す。
「ダニエルは殺されたのではないか、とコリンヌは疑っているの」
「え……ええ? なにを言っているの? ダニエルは病気でしょう? 流行病であっという間だったって。それを、殺されたですって?」
この反応からして、ロザリーはダニエルのことを病で死んだと伝えられ、疑いも抱いていないようだった。
「コリンヌ様は、ご自身の結婚のためにダニエルは命を奪われたのだと、そう思い込んでいます」
「いえ、まさか。さすが伯父様でも、そんなことは……」
そう言い、言葉を濁してしまった。
なにか思い当たることがあるのか、とダリアは紅茶のカップに口をつけ、ロザリーの言葉を待っていた。
今日はとてもいい天気で、本当ならばこんな空の下、温かな風にあたりながらコリンヌが仲良しの従姉妹ととりとめない会話をして楽しめたらいいのにと思ってしまう。
「いえ、違うのよ」
しばしの沈黙の後、ロザリーは首を横に振った。
「殺されたなんて、そんな恐ろしいことをする人は、こののどかな田舎にはいないのよ。私がちょっと引っかかったのは、かつての伯父様の言葉なの」
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