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その晩餐に出席したのはダルセー伯爵とその妹夫婦、その子供家族、コリンヌの弟家族だった。
広間の長テーブルの頂点にダルセー伯爵が座り、その斜め向かい右側にリュシアン、左側にダリアが座り、それぞれの隣に親戚たちが座っていた。テーブルの上にはこちらの名産なのだろうか、あまり見たことがない果物が並んでいた。コリンヌの友人であるというこちらを気遣った、心づくしの料理が並んでいる。
コリンヌの様子を聞きたいとコリンヌの従姉妹もやって来ていた。コリンヌとはまるで姉妹のように仲がよく、しかしこのところ手紙を書いてもほとんど返事がなく、心配しているとのことだった。
「……そうですか、体調を崩しているんですね。手紙ではそのようなことは書かれていなかったので、知らなかったです」
コリンヌの従姉妹、ロザリーはそう語り、ダルセー伯爵も体調不良については初耳である、というような態度だった。それにはむしろこちらも驚いた。コリンヌが心配をかけまいと、知らせないようにしていたのだろうか。ならば、コリンヌが自分の子供にも会えない状態だとも知らないのだろう。
「あんな健康だけが取り柄だったらコリンヌが、信じられないわ。そんなに具合が悪いのならば、一度里帰りをしてくれば……」
「なにを言っている、そんなことは許されない!」
急にダルセー伯爵が大きな声を出したので、皆驚き、彼へと視線が向かった。
「コリンヌは畏れ多くも国王陛下に嫁いだのだ! 陛下を支えるためになにがあってもお側を離れることはまかりならない! 体調を崩しているだと? 情けない、体調管理もできないなんて。一体なにをしているのだ!」
ダルセー伯爵は、客人を招いての晩餐会だとは思えないほど怒りを露わにする。
それを窘める、つもりはなかったが、一方的な言いように異議を唱えようとダリアが口を開く。
「ですが、陛下にはコリンヌ様の他に二人王妃がおりますし、取り巻きもたくさんいますから。コリンヌ様が付きっきりになっているような状況ではありません。里帰りくらい許されるべきですが」
「そういうことではありません! コリンヌは王子を産んだのです! しかも王太子は近頃亡くなったと聞いている。ならば、我が子を未来の国王とするためにも、体調不良などと言っている場合ではないでしょう!」
その、あまりにも身勝手な言いようにダリアは眉をひそめた。遠くに嫁いだ自分の娘が体調を壊しているというのに、なんという言いようだろう。それでも父親かと抗議しようとしていると、それより前にリュシアンが声を上げた。
「……そうですね、コリンヌ王妃のお子様が次の王太子になる可能性は充分にあります」
その言葉に、この場に居た親戚たちが息を呑んだのが分かった。自分の親戚が将来の国王になるとは、この上なく素晴らしいことなのだ。ダルセー伯爵もそうだ、先ほどまで憤った表情をしていたのに、一気に顔が緩んだ。
「ええ! そうでしょう、そうでしょう!」
「しかし、そのためには周囲の支えが必要です。どなたか、強力な後ろ盾がいて、王宮内でのコリンヌ様を支えて差し上げられればよいのですが。残念ながら、そのようなご親戚はおらずにコリンヌ様は苦しいお立場にあります」
「は、はあ……。しかし、王宮内で上手く立ち回れるような親族はおらず。私も、王宮のような騒がしい場所は苦手でして、こちらでの生活が性に合っているのです」
「それはコリンヌ様も同じだと思いますけれど」
ダリアがチクりと言うと、ダルセー伯爵は一瞬黙ったが、すぐに気を取り直したように言う。
「いえ、コリンヌは畏れ多くも陛下に選ばれたのです。ならば、なにがあっても陛下に尽くすべきなのです」
「ご自分は自分が好きな場所で好きなように過ごしながら、自分の娘には辛辣な状況を押しつけて。コリンヌ様もおかわいそうね」
ダリアの言葉に、その場には気まずい空気が流れた。
それがいけないと思ったのか、従姉妹のロザリーが声を上げた。
「で、ですが、伯父様は腰を悪くしていて、長時間馬車に乗るのも難しいほどですわ。王都にまでなんてとても行けないでしょう。ところで、コリンヌの話をもっと聞かせてちょうだい! 素敵なドレスを着て、素晴らしい暮らしをしているのでしょう?」
ダリアとしてはもっとダルセー伯爵を責めたいところだったが、親戚達の目前でつるし上げるのはよくないだろう。そのことで頑なになってしまっても困る。ダリアはロザリーのとりなしに乗ることにした。
「ええ、そうね。きっとこちらでは考えられないような暮らしをしているわ」
「羨ましいわ! コリンヌはこちらに居るときにはあんなに仲良くしていたのに、今では手紙のやりとりも絶えてしまって」
「王宮のあれこれで忙しいだけだわ。ねぇ、こちらに居るときのコリンヌ王妃はどんなふうだったの? 詳しく聞きたいわ。将来の国王の母になるかもしれない方なのだもの、幼少期をどのように過ごしたのか興味があるのよ」
ダリアの言葉に気をよくしたのか、ロザリーも他の親戚たちも、コリンヌについていろいろなことを教えてくれた。
こちらに居るときにはおてんば過ぎて手を焼いていて、いつも乳母を困らせていただとか。ピアノが好きで、ピアノを習うようになってからは少し落ちついて部屋で過ごすことが多くなったが、それでも散策やピクニックは大好きで、よく彼女自身が計画を立てて、きょうだい達や親戚の子達を連れて出掛けていただとか。成長すると見違えるような美女になって、遠くの街にまで噂が届くようになっただとか、誰がコリンヌを妻とするか、周囲の男性たちの間で取り合いになっていただとか。
ただ、最初の結婚についてと亡くなった子供については話題を避けているようで、まるでそんなことはなかったかのような語り口調が気になった。
話を聞いていると、あの王宮の暗い部屋で閉じこもりきりになっているコリンヌと同一人物とはとても思えないことばかりだった。
やはり王宮での生活が合わず、体調を壊していることに疑いはない。
初めは不穏な雰囲気にもなったが、その後は穏やかに晩餐は続いた。
そして晩餐会が終わり、親戚たちが家路に就く用意をしているとき、ダリアは従姉妹のロザリーに声をかけた。
「コリンヌ王妃のこと、もっと色々と話したいわ。ねぇ、私がこちらに居る間に時間を作れない?」
ロザリーは喜んで、と応じて、ならば明日の午後に庭でお茶会はどう? と提案してきた。コリンヌともよくそうしていたとのことだった。伯父さんにそのように頼んでくれるとも言ってくれたので、すべてお願いした。王宮の話を聞かせて、とせがまれたので、もちろんよ、と応じると、とても嬉しそうな顔をして、家へと帰っていった。
たぶんそんな楽しいお茶会にはならないだろうと予想していたが、それは言わずに彼女を見送った。
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