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ダリアに悲劇は似合わない  作者: 伊月十和
第四章 思いがけない新婚旅行と墓場まで持って行く秘密
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「……おい、おい。死んでいるのか?」


 そんな声を聞いた気がして、死んでいるかなんてなんてことを言うのよ、と思いつつ覚醒した。

 はっと顔を上げ、身体を起こすと、そこにはリュシアンの顔があった。上半身を起こし、こちらの様子を不思議そうに窺っている。


「あら、目が覚めたの? 水でも飲む?」


 まるで自分が寝入っていたことなどなかったように言うと、リュシアンはダリアの顔をじっと見つめた後、頼む、と言った。

 水差しを見たが、少ししか水が入っていなかった。ダリアは部屋から出て、誰か使用人が通りかかったら水をもらえるように頼もうと思っていたが、もう悪魔も眠りについているような深夜である。誰の姿も見当たらず、仕方なく宿屋の外に出て、ポンプ式の井戸から水差しに水を汲み、部屋に戻ってリュシアンに水を飲ませた。それからタライを持ってもう一度水を汲みに行き、部屋に戻った。


「もう汗はかいていないみたいだけれど、一度身体を拭いた方がいいわよ」


 そうすすめ、冷たい井戸の水で絞った布をリュシアンに渡した。彼は素直にそれを受け取り、身体を拭いていった。


「大分熱が引いたようだ。まだ身体は少々だるいが、一時よりはずっとましだ。頭痛もよくなった」

「きっと私の薬が効いたのね! どう、身をもって私の薬は効くのだと分かったでしょう?」


 胸を張りつつ言うと、リュシアンは口の中でなにか呟いて、それから「そうかもな」と言った。


「俺はもう大丈夫だから、お前は部屋に戻ったらどうだ?」

「いいわよ、こうなったら夜明けまで付き合うわよ。暖炉の火の番もしないといけないから。風邪のときには、保温と保湿が肝心よ」


「いや、しかし」

「病人はつべこべ言わずに素直に休んでいればいいのよ。明日一日ゆっくりと休んで、明後日出発するようにしましょう」


 馬車の旅とはいえ、乗っているだけでも身体に負担がかかる。ここはしっかりと身体を休めた方がいい。熱は下がっても、また上がる可能性もある。


「いや、しかしそんな時間の余裕は……」

「無理をしたら余計に長引くわ。あなた医者なんだから、自分でよく知っているでしょう?」


 リュシアンはしばし考えるような仕草をしてから、そうだな、と頷いて、掛布の中にもぐり込んだ。

 ここでひと言ふた言言い返してくるのがいつものなので、やはりまだ体調が悪いのだろう。


 リュシアンが寝ただろうことを確かめてから、ダリアは再びたらいを持って部屋を出て、井戸で水を汲んで戻ってきた。

 安らかな寝顔を見て安堵しつつ、暖炉をもう一度確かめて薪をくべると、その横に椅子を持ってきてそこで瞳を閉じた。固い椅子に座ったままでは熟睡できず、なにかあったらすぐに覚醒するだろうからだ。


 少しの時間だけ眠り、目を覚ますとまだ暖炉の火はまだ赤々と燃えていた。そして立ち上がり、リュシアンの様子を確かめてからまた暖炉前の椅子に戻って瞳を閉じた。

 それを五回ほど繰り返しているうちに夜が明けた。

 夜が明けてからはぼんやりと椅子に座って過ごしていると、やがてノックの音が響いて、リュシアンの侍従が部屋に入ってきた。


 彼は途中でダリアと代わるつもりだったそうだが、疲れからなのか気づいたら寝入ってしまっており、申し訳ないとダリアに詫びた。気にしないで、と言い、彼と代わってもらうことにした。朝食の時間には起こして欲しい旨を告げて自室に戻り、そのまま寝台に倒れ込むようにして眠り、昼食の時間まで起きることはなかった。


◆◆◆


「朝食の時間には起こして、と頼んでおいたのに、私がなかなか目覚めないからと気を回したくれたようなの。疲れて少し油断しただけよ、昼間まで寝ているなんて」


 規則正しい生活をしているダリアにとって、昼間で寝ているのは好ましくないことだった。毎夜舞踏会だ晩餐会だと遊び回っている貴族にとっては、昼まで寝ているのは普通のことだったが。


「ああ、分かった分かった」


 向かいに座るリュシアンは、適当な相槌を打ちつつ食事を続けていた。レアに焼いた塊肉に、アスパラにトマトにゆで卵が添えられている。病み上がりでよくそんなに食べられるなと思うが、そういえばバロウ家は朝からカリカリに焼いたベーコンが出てくるような家なのだ。一族で胃が頑丈なのだろう。


「驚くような回復力ね。頑丈な身体で羨ましいわ」

「頑丈でなければ、医師なんてやっていられないからな」


「そう」


 一方のダリアはパンに野菜のスープだけをいただいていた。昼まで寝ていたのでこれが朝食のようなものだ。


「予定を一日食ってしまったな」

「仕方ないわ。急な病気だったし。急な天候の悪化だとか、急に馬車の車輪が外れて動けなくなっただとか、と同じようなものよ」


「昨夜は……」


 リュシアンはそう言いかけて、口を噤んだ。

 なんだろうと不思議に思い視線を送ると、彼はばつが悪そうな表情を見せてから、腕を組んでしみじみと言う。


「昨日は酷い目に遭った。変な苦い薬湯を飲まされた。熱で味覚が麻痺していたのでなんとか飲めたが、普段だったら拷問のようだな」

「ああ、そう。でもそのおかげで治ったのよ。感謝してよね」


「そうだな、感謝している」

(なによ、素直ね。逆に気持ち悪いわ)


 そうは思いつつ、自分を認めてくれたようで悪い気はしなかった。

 こうして予定外のことはあったが、後は旅は順調に進み、コリンヌの実家にたどり着いたのは、予定よりも遅れて、三日後の昼前のことだった。

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