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しきりに窓の外を見るダリアを見ながらリュシアンはぼんやりと考えていた。
(ダリアだったら、シェリーのことも治すことができたのだろうか)
そう思うと堪らない気持ちになる。自分は手を尽くした、しかしどうあがいても無理だと諦めた。だが、同じように諦めたコリンヌのことを、ダリアは治してしまったのだ。
シェリーは元々病弱で二十歳まで生きられないと他の医師に言われていたが、リュシアンの懸命な治療のおかげで劇的な回復を見せた。
そのこともあり、リュシアンとの結婚を強烈に望んだのはシェリー本人とその両親たちだ。幸いなことに身分が釣り合ったということもあり、リュシアンは医師としての仕事が忙しく、女性に構っているような暇はなかったので、よく知っている人が妻になってくれるならよいという軽い考えで結婚した。
ところが、結婚して間もなくシェリーはまた寝付いてしまった。
病気は治ったはずだ、ではなぜそうも毎日体調が悪いのかと調べても、なにも分からなかった。治療のしようがなかったのだ。シェリーはリュシアンが見舞うと、とても嬉しそうだったし、彼女の侍女も、リュシアンがいるときは調子がよさそうだというので、王宮での診察が忙しいときでも、できる限り屋敷に戻ってシェリーを見舞うことにした。
そう、診察ではなく見舞い、である。
医師としてできることはなにもないように思えた。治癒したはずの病気の後遺症かとも思われたが、だからと言ってなにもできることはなかった。倦怠感が酷く起き上がれず、呼吸が浅く気持ちが悪いと青白い顔で言うシェリーになにもすることはできなかった。
そして、ある日あっけなく死んでしまった。
死後、彼女の部屋を調べると毒が見つかった。侍女を問い詰めると、それはシェリーに頼まれて用意したものだという。それを飲んで、シェリーは死んだのだ、と。体調が戻らないことに絶望し、死を選んだのか。それは今となっては分からない。侍女には堅く口止めをしたが、ダリアがそれを知っているということは、それがどこからか漏れたのだろう。
シェリーのことを聞いたのはさすがに失敗したと思ったのか、ダリアはそれ以上は深く突っ込んで聞いてこなかった。きっと気になっているが、こちらの心情を慮って黙っているのだろう。この女にも人の心があるのだ……いや、本当は知っていたはずだ。ダリアが本当は人一倍人の感情に敏感で、気遣いができる女性であることは。
(しかし、この女よりも俺が医師として劣っているなんて、あり得ない。父上はなにを考えてあのようなことを言ったのか)
五日ほど前のことだった。突然父親に呼び出されたかと思ったら、ダリアが王宮内で変な噂を流されて困っていると耳にしたが、お前はなにをしているのか、と半ば呆れたように言われたのだ。
そもそも、ダリアとコリンヌ王妃を引き合わせたのはリュシアンであり、コリンヌ王妃の要望に応える形でダリアが漢方医として治療したことも、決してダリアが強硬にそう望んだことではなく、彼女にとっては自然な流れである。そう仕向けたお前が、妻であるダリアを守れずにどうする、という論調なのだ。
そして、何年もコリンヌを診続けたお前がなしなえなかったことをお前の妻がなしえたのだ。お前よりもずっと医師として優れている、それを認めて、彼女に教えを請うたらどうだ、とまで言われた。
そもそも、バロウ伯爵は医師として、東方医学、中医学に興味を持っていたのだ。病ではなく人を診るという中医学、我々もそんな気持ちで患者に接しないといけないのかもしれないな、と言ったことが何度かあった。その縁もあって、ダリアを嫁に迎えたという事情もあった。しかし、中医学が目当てで結婚をさせたとなると彼女も面白くないだろうから、折りを見てあれこれと聞いてみたいと言っていた。それを待たず、コリンヌの治療をして彼女が劇的なに回復したと聞き、ますます中医学や漢方薬に興味を持ち、ダリアに一目置いているような気配があった。
「なんなら、私の診療にダリアを同行させたいくらいだ。もちろん、お前のように助手として扱うのではなく、医師という同じ立場として治療に参加してもらい、助言をもらいたい」
バロウ伯爵はそんなことまで言い出した。機会があったら興味がないか、聞いてみてくれないかとまで言われた。自分で聞けばいい、と言ったら、お前の妻なのだから、お前が許可して彼女に求めることが必要なのだと言われた。
そして、ダリアが父親と一緒に診察するなんて、そんなことは認めるつもりはなかった。
(……とはいえ、コリンヌ王妃が回復したのはダリアの手柄だ。それを否定するほど俺は狭量ではない。そして、この国の医療に限界を感じていることも事実だ。今までに病気は治したものの、長く言いようのない体調不良に悩まされて、生活の質が病気のときと比べてちっとも向上しない者を見てきた。今までは病は治したのだから、これ以上は医師の出番ではないと言い聞かせてきたが、なにか突破口があるのかもしれない)
要はダリアのやり方に興味を持っており、父親に言われたから、ということを建前にしながら、ダリアの手助けをしたいと思っているのだ。
(それにデューク国王がうるさいからな。自分の思い通りにならないと途端に不機嫌になり、不機嫌になるだけならばいいが、言っていた晩餐会にコリンヌ王妃が出席できないということになれば、ダリアや俺はともかく、コリンヌ王妃をどんなになじるか知れない。それは気の毒すぎる……)
リュシアンとしても、どう考えてもコリンヌの不調の一因はデューク国王にあると分かっているのだ。だから、コリンヌ様のお体にさわるのでできるだけお会いになるのはお控えください、と言っているのに、一月に一度は面会にやって来る。相手のためと、我慢をするということが全くできない者なのだ。それでいて、コリンヌのことを愛していると言う。愛とは一体なんなのか、自分の思いを一方的に押しつけているだけではないか、と何度も口から出かかったが、人の言うことなどまるで取り合わない相手にそんなことを言っても、怒りを買うだけなんの意味もないと、さすがにやめておいた。
だから、ダリアが国王に強く言ったときに、ちょっとした爽快感があったのだ。その後、国王をなだめすかすのに少々苦労はしたが、それでもダリアのことを好ましいと思った。
(国王に対してもあれだからな。コリンヌ王妃の親族になにを言うのかひやひやものだ。これ以上、話をこじらせたくない)
その監視のために一緒に付いていく、が、リュシアンが自分を納得させている理由であった。妻に興味を持ち、なにをするのか見てみたいとついて行くわけでは決してない。心の中でそう言い訳して、長い道中を考え、体力を温存しておこうと足を投げ出して目を閉じた。
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