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コリンヌの故郷までは馬車で二日ほどの道のりだった。
向こうで何日か逗留することを考えると、七日ほどは王都に戻れない。そんな長い休暇が取れるのかと、ダリアは馬車の隣に座るリュシアンに今一度確認してみたのだが。
「大丈夫だ、今は幸運なことに容態が心配な者はいない。もし急患があったとしても父上が対応してくれる。父上は……幸いと言っては不謹慎だが、手がかかっていた我が儘な高級貴族の患者が亡くなったので、今は手が空いているのだ。一時里帰りしていた助手も戻って来てくれているし、手は足りているんだ」
「そう。ならばあなたが帰る頃にはあなたは不要であると言われるかもしれないわね」
ダリアは意地悪くそう言うが、
「ああ……そうかもしれないな」
リュシアンが素直にそう応じるので、なんだかこちらがとても悪いことを言ってしまったような気持ちになる。
(……一体なんなのかしら? なんだか今朝から様子がおかしいような)
そう思いつつ、それを言葉にも態度にも表すことはしなかった。
リュシアンが言った通り、馬車はバロウ家で一番いい馬車で、それに加えて従者用の馬車も用意してもらえた。リタと、リュシアンの従者たちは、後ろに続く馬車に乗っている。ダリアたちが乗っている馬車は四人まで乗ることができたので、リタはこちらに乗ったらどう、と提案したのだが『お邪魔になってはいけないので』と謎の遠慮をされてしまった。
「……私を監視しに来たの? コリンヌ王妃のお父様に、粗相があってはいけないから、と」
「粗相もなにも、相手は地方の伯爵に過ぎない男だ。所領も狭く、王宮に出入りすることも許されていない身分の男だぞ。……まあ、コリンヌ様が結婚されたことで立場は変わったが」
「では? なんのために来たの? 本当の目的はなに?」
「だから言っただろう? 新婚旅行だ」
頑なに言うリュシアンに、なんだかこの件に関して話すのが億劫になってきた。目的はどうあれ、同行するという事実には変わりがないので気にしなくていいように思えてきた。なにか余計なことをしそうだったら、そのときに抗議すればよい。
「そう。では、勝手にすればいいわ」
「そうだな」
短く答えるリュシアンはこれ以上聞いても本当のところを話してくれなさそうだった。
(なんだか、空気が重いわ)
そう考えたダリアは、馬車の窓を開けた。
もう王都を過ぎて郊外の道へさしかかったところだった。王都とは空気が異なり澄んでいるような気がして、ダリアは大きく息を吸い込んだ。王都や王宮のあれこれから、少し解放されたような気持ちになる。
(この道を、私の夫になる人はどんな方かしらと期待と不安に胸をいっぱいにさせながら来たときのことを思い出すわね)
ダリアはちらりとリュシアンのことを見てから、再び車窓越しの風景へと目をやった。
あのときは、婚約を破棄されたという事情がありつつも嫁に迎えてくれるのだから、きっとバロウ家は慈悲深い人達なのだという期待もあった。一方で、婚約破棄された哀れな女と見下され、酷い扱いを受けるかもという恐れもあった。残念ながら後者の方が正しかったわけだけれど。
そんなことを思い出し、少し意地悪な気持ちになった。
「……そういえばこの前あなたの前妻に会ったわ」
「前妻……?」
まるでそんな者はいない、とばかりに首を傾げるので、ダリアは嫌な気持ちになった。前妻を侮ることは、自分をも侮られたような気がするからだ。
「マリア、と言ったかしら? 修道院を抜け出して、わざわざ私に会いに来たのよ」
「ああ、マリアのことか。彼女を前妻と言っていいかどうかは迷う。なにしろ婚姻を無効にされたからな」
なるほど、そういう理由か、と納得する一方で、婚姻を無効にしたことにより妻ではなかった、いなかったもののように扱われるのもどうなのかと腹立たしさは消えない。
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