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その日、王宮を訪れたダリアは、コリンヌの部屋を訪れるよりも前にとある女性の部屋へと足を向けた。
ダリアに同行して王宮に出入りすることに慣れてきたリタが、他の使用人に話を聞いてその人のことを教えてくれたのだった。
「なによ、私が嘘をついていると思って確かめに来たの? 嘘なんてついてないわ。本当にあなたの薬を飲んで、体調を崩したのよ」
ダリアがその侍女の部屋を訪ねると、彼女は困惑の表情を浮かべ、怯えてすらいるような気配だった。
その侍女は二十代後半ほどで、薄暗い部屋でも分かるくらい顔色が悪かった。
セシルの部屋から少し離れたところにある小部屋だった。ここで何人かの侍女と一緒に暮らしているらしい。昼間だったため、他の侍女の姿はない。小さな窓と暖炉があり、寝台が三つ並んでいる、寝るだけの小さな部屋で、ずっとここに居ると気が滅入ってしまいそうだ。侍女は寝台に横たわり、うつらうつらとしていたようだ。
「私の薬、ではなく、私がコリンヌ様に処方した薬を、町外れの漢方薬局に行って買い求めて飲んだのでしょう?」
「ええ、その通りよ。でも、すっかり騙されたわ。私は頭痛がするとはいえ、こんな寝込むほどではなかったのに」
「そもそもはあなたの理解不足が原因だけれど、まあ、いいわ。私の処方した薬が効くと思って飲んだのだから。手を出して」
「はあ?」
「いいから、手を出して」
ダリアが強く言うと、侍女は渋々と右手を出した。
「左手も」
そう言うともう片方の手も出してきたので、ダリアはその手を取って、表を向かせ、裏を向かせ、それから脈を取った。
「舌を出して」
「え?」
「舌を出して見せて」
するとダリアに圧倒されたように舌を出した。腫れぼったい舌だった。
「頭痛に悩まされていたのはいつから? ずっと子供の頃から? それとも、王宮に来て仕事を始めてから?」
「え、ええっと……二十歳くらいからだから、王宮に来てからね」
「そう、それから……」
ダリアは彼女に次々と話を聞いていった。最初は戸惑っている様子だったが、ダリアが熱心に聞いたからか、自分の不調についてどんどんと話していった。
「分かったわ。コリンヌ様に処方した薬はあなたの体質に合わないものだったのよ。コリンヌ様は冷えからくる胃腸虚弱で、頭痛を伴うものだったけれど、あなたは気逆からくる頭痛で、気の循環が上手くいっていないことから起こるものよ。頭痛の他に、めまいや息苦しさがないかしら? 吐き気がしたり……」
「……どうして分かるの? あるわ。それから、のぼせたような感じになることも」
「そう。ならば、あなたには苓桂朮甘湯がいいと思うの。手持ちがあるから、すぐに飲んでみましょう」
「え、ええ……」
「漢方薬局から買っただけならば、ちゃんとした煎じ方も飲み方も知らなかったのでしょう。今からそれも教えるわね。あの暖炉で湯を沸かすこともできる?」
「え、ええ……」
そうしてダリアはいくつかの生薬を合わせてすりつぶし、それを薬缶で煮出して……と、漢方の飲み方について丁寧に教えた。そして煎じた漢方を飲んだ侍女は、私が飲んだものとはまるで違うと言う。飲んだというか、生薬をそのまま飲み込んだというのだ。
「は……? それでは体調を壊して当たり前よ。しかも、量も今の倍は飲んだというの?」
「ええ、まさかお茶のようにして飲むとは思っていなくて」
「せめて漢方薬局の店主の話を聞けばよかったのに」
すると彼女は恥ずかしそうに微笑む。それから、思い切ったように語り出した。
「あの……あなたの薬がインチキだと言いふらした私を責めに来たのではないの? てっきり、そのために部屋に乗り込んできたものとばかり」
「誤解があったようなので、それを解きにきたのよ。それに、不調があって、私に頼った……直接的ではないにしても、私のことを頼って薬を飲んだのでしょう? それで治るどころか体調が悪くなったというのだから、放っておけないでしょう?」
「でも……私が勝手に飲んだものなのに、それなのに」
侍女はしょんぼりと項垂れた。自分のしたことを恥じ入っているようだった。
「では、今度は私が処方した薬でちゃんと頭痛が治ったと言いふらすことにしてちょうだい。あなたの頭痛との付き合いは長いみたいだから、もしかして急に劇的に治ることはないかもしれない。けれど、根気よく続けてみて。きっとよくなるから」
「分かりました、ありがとうございます」
素直に礼を述べた彼女は、もうダリアの悪評を立てることはないように思えた。
(それに、ちゃんとした飲み方を教えられてよかったわ。なにも知らないとはいえ、そのまま飲み込むなんて)
それも合わせて皆に知らしめてくれればいい。彼女の回復を願いつつ、ダリアはコリンヌの部屋へと足を向けた。
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