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ダリアに悲劇は似合わない  作者: 伊月十和
第三章 王宮の幽霊
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1-45

(そうか、セシル殿とフィルマンはいとこ同士だった。そうならば、その妹ともいとこになる)


 フィルマンは国王の側近であり、顔を合わせることが多い。彼の妹とダリアの関係についてはお互いに承知していたが、特にそれについて語ることはなかった。わざとその話題を避けているわけでもなく、話題に上らなかったというだけだ。


「ソレーヌは恐らく、私に対する忠告のつもりで明かしてくれたのだと思うの。恐ろしい女性が王宮に入り込むしれない、と。気をつけるように、と」

「はあ」


 ソレーヌが、ダリアとリュシアンが結婚すると知ってそんな手紙を寄越したのだろうか。わざと悪評を振りまくために、王宮内で権力があるいとこになにかしらの告げ口をしたとなるとは、かなり性格に難があると思ったが、それももちろん口にしない。自分が奪った男の元婚約者である。その人の幸せを静かに願うだとか、そんな考えはないのだろうか。


「ですが、いとこ殿はいわば、ダリアと男を取り合ったのでしょう? そのような方の言うことですから、少々大袈裟なことを……」

「ダリア、あの女は、ソレーヌの妊娠が分かると大事な話があるとソレーヌを呼び出して」

「ええ」


 リュシアンが頷くと、セシルはとびきりの秘密を明かすように声を潜めた。


「ソレーヌに堕胎薬を渡したのです」


 そして、してやったりというような表情をして、リュシアンの反応を窺う。リュシアンがどう反応していいか迷っていると、更にたたみかけるように言う。


「なんて人でなしなんでしょう! お腹に宿った子を堕胎させようなんて! 乱暴な話だと思わない? いくら婚約者を取られたとはいえ、そこまではやりすぎでしょう? まだ小さいとはいえ、大切な命です。その子を殺そうなんて、ああ、恐ろしい」


 セシルは大袈裟に首を横に振った。


「あり得ませんでしょう? まさかそんなことまでするとは……」

「ああ、でも、うちの妻ならばやりかねません」


 リュシアンは一歩後ろに下がり、頭を下げた。


「私と結婚する前のこととはいえ、うちの妻が申し訳ありませんでした」


 そう言った途端に、しん、と水を打ったような静けさが広がる。

 やがて、狼狽しきった声が上がる。


「え? ええ……? なぜリュシアン様がお謝りに? そんな酷い女だとは知らなかった、当家の恥になることだ。どうか他には漏らさないでくれ、と言うべきところでは?」


 慌てふためくセシルの言葉を無視して、リュシアンは続ける。


「セシル様のいとこ殿は驚いたでしょう。いくらなんでもお腹の子を堕胎させろ、なんて。しかしそういう女なのです。いえ、むしろ、そんな女の婚約者を寝取ったのですから、そのくらいのことは覚悟していたのではないでしょうか? どれだけダリアのことを知っていたか知りませんが、そういう女なんです。まあ、そうですね」


 リュシアンは思案するように顎に手を当てた。


「そんな女を敵に回したのだから、仕方ないとでもとらえていただければ。その堕胎薬を飲まなかったのならば、実害はないでしょう。密かにお茶に入れて飲ませようとした、ならば話は別ですが」

「は、はあ……。まあ、そうね」

「そうことですので、ご理解ください」


 リュシアンが涼しい声で言って顔を上げると、セシルは困惑したような表情をしていた。予想外の反応に戸惑っているのだろう。しかし、さすが、というべきか、すぐに気を取り直したように言う。


「いえ……! でもそういう女ならば、いえ、そんな女をコリンヌ様の側に置いておいていいの? やはりコリンヌ様に毒を盛って……」

「先ほども言いましたが、彼女は腐っても医者なんです。患者に毒を盛るなんてことはしません。そもそも、そんな動機もない。コリンヌ様を弱らせて、ダリアにどんな益があるというのです」


「いえ、しかし、私の侍女が、ダリアさんの薬で体調を崩したのは確かです。頭痛を治そうと薬を飲んだのはいいけれど、胃の調子をおかしくして寝込んでしまっているのですよ?」

「話を聞けば、ダリアがコリンヌ王妃に飲ませた薬を買い求めて飲んで、体調を崩したのだとか。ダリアが選んでダリアが与えた薬ならば彼女に責任があるでしょうが、そうではないのでしょう?」


「それはそうですが……」

「なにか誤解があるようですが、とにかく彼女の悪評を立てるようなことはお控えいただきたい……と、セシル様の侍女にお伝えいただけませんか?」


「ですが、人の口に戸を立てることはできませんし。私にはそもそも関係のないことで……」

「侍女の恥は主の恥にもなりかねません。このままでは陛下の耳にも入ってしまいそうですし。セシル様が我が妻の悪評を立てているだとか、なんとか……」


「それは困るわ!」


 セシルは気色ばんだ声を上げ、扇をぐっと握りしめてから、ソファにもたれかかった。


「え、ええ……そうね。私の侍女がそんな噂を流しているかどうかは分かりませんが、気をつけるように言っておくわ」

「それがよいと思います。セシル様は理解力があって助かりました。では、私はこれで。思ったよりも長居をしてしまいました」


「ええ……」


 力なく頷くセシルを見てから、彼女の部屋を後にした。

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