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「うぅーん、そうですね。王宮内の事情……私が知っていることはお話しできますが、私でも知り得ていないことがあれこれありそうなのです」
コリンヌの部屋のほど近くにある小部屋である。最近、ここはもうダリアの部屋と言っていいほどよく使っている。食事をとったり仮眠を取ったり。特に近頃コリンヌの具合がよくないので、ほぼつきっきりで看病をしている。そこまでする必要はないのでは、とリタに言われたが、乗りかかった船である。コリンヌに求められている、ということもあり、できる限りのことはしている。
「闇が深いわね」
ダリアはうんざりと首を横に振った。
「ええ、そうなのです。では……まずは第一王妃、ローザ王妃の事情からお話ししましょう」
第一王妃は現宰相の娘で、ふたりの皇子とひとりの王女がいたが、長男である皇太子はつい半年前ほどに病気で亡くなってしまった。まだ八歳と幼く、第一王妃の嘆きは凄まじいもので、未だに公の場には姿を現せないとのことだった。穏やかで優しい性格で、どちらかといえばおっとりとしていると評判だが、実は芯が強くて負けず嫌いで、なにかと第二王妃のセシルと張り合っているとのことだった。皇太子だった皇子が亡くなったことで、それが今後激化するのではと恐れる声もあるのだという。
第二王妃であるセシルは王宮内では宰相に継ぐ、いや、それ以上かもと目されているアルノー侯爵の娘である。いとこのフィルマン・アルノーは国王の側近であり、王宮内に味方が多い。ひとりの皇子と王女を産み、皇太子が亡くなった後、次の皇太子は自分の息子だと考えていたようだが、国王はそれを保留にしている。それが気に食わないのか、今、王宮の中であれこれと画策しているのはセシルだとの話だ。
「その……セシル王妃はダリアさんの不評も立てているらしく……言うかどうか迷ったのですが」
「そう。あの女ならやりかねないわね」
「その内容が酷くて……。ダリアさん薬はいんちきで、コリンヌ王妃が体調を崩したのはダリアさんの仕業だ、と」
「なんですって!」
隣で聞いていたリタが憤りの声を上げて足を大きく踏みならした。
「ダリア様は、人を癒やすことはあっても、体調を壊すような薬を処方したりは決してしない方ですよ! それを! なにも知らないで!」
「落ち着いて、リタ。まあ、そのくらいのことは覚悟していたわ。私を悪者にするのに一番単純な手だから」
「で、ですが」
「コリンヌ王妃の体調が回復すれば、そんなもの嘘だったのだと分かるわよ。ムキになって否定すれば、それこそ向こうの思うつぼだわ。放っておけばいいのよ」
「そうでしょうか。そりゃ、ダリア様にかかればコリンヌ王妃もまたすぐに元気を取り戻せるとは思いますが」
リタはとても納得いかない様子だったが、とりあえずは黙った。
「セシル様は、なにかとコリンヌ様のことを敵視していまして。急に王宮入りすることになったコリンヌ様をいつも気に掛けていると言って、さまざまな贈り物をしてきたり、手紙を送ってきたりするのですが、どれもこちらを侮ったようなものばかりで。食べられないというのに自分の故郷の名産品であるクッキーの詰め合わせを贈ってきたり、舞踏会なんてとても出られるような状態ではないのに、豪奢なドレスを贈ってきたり。しかもそのドレスは自分のお下がりなんですよ? コリンヌ様が自分よりも格下だと言っているようなものではないですか。コリンヌ様は王宮内のそのような駆け引きには疎いので、どの贈り物も手紙も有り難いとおっしゃるばかりなのですが」
「それは、贈る側としては嫌みが通じずに腹立たしく思うのではないかしら?」
「ええ、まったくその通りです。だからこのところは直接的な手に出るようになってきたのだと思います。幽霊騒動もそのひとつでしょうね」
「セシル王妃の目的は、やはりコリンヌ様を衰弱させて王宮から追い出すことなのかしら?」
「ええ、そうでしょうね」
「ならば、やはりコリンヌ様の体調を回復させることが、一番の攻撃だわ」
「ええ、そうでしょうけれど……」
レイチェルは顔を曇らせる。なにか気になることでもあるのだろうか。
「幽霊の件は偽者が仕掛けていたのだと分かりましたが、それでもコリンヌ様は幽霊が見えるとおっしゃるのです。一体どういうことなのでしょうか?」
レイチェルはなんだか泣きそうな顔に見えた。
◆◆◆
「……ええ、あの幽霊は私を脅かすために仕掛けられたということは分かりました。でも、私にはダニエルの姿が見えるのです。いつも部屋の隅で泣いている……。私にはなにもできない。それを見てることしかできないのです。本当ならばぎゅっと抱きしめてあげたいのに、身体が寝台に縛り付けれたように動かなくて……」
コリンヌは寝台に座った状態で、額に頭を当てて首を横に振った。
一時期回復した体調も、また悪化してしまった。夜眠れず、頭痛もある。ただ、食欲だけは少し回復していているのが救いだ。
「それは、もしかして夢を見ているのではないですか? 半分起きているような、半分寝ているような状態では、そんな幻を見ることもあると聞きます。夜眠れないことが多いのならば、余計にそんなことが起きているのかも」
「……分からないわ」
コリンヌは力なく答える。
「よく眠れるようになれば、もしかしたら幽霊も見えなくなるかもしれません。寝るのにも実は体力が必要なのです。よく食べて、できるだけ動いて、体力をつければ……」
「あの子は部屋の隅で泣くことしかできないのに、私が健康な身体になんてなれない。幻などではないわ、あの子はまだ私の側にいるのよ」
そう言ってさめざめと泣き出してしまった。
「きっと恨んでいるのよ、私のことを。あの子が苦しんでいるときに、側にいてあげられなかった。あの子はひとりで死んだのよ。きっと今も寂しがっているわ」
そうか細い声で言うコリンヌは、すぐに自分も側にいく、などと言い出しそうだった。しかし、死んだ子供が寂しがっているなんて、そんなことはないと根拠なく言うこともできない。亡くなった子のことよりも、今、生きていて、母親を求めているだろう子のことを気にしたらどうだ、とも言えない。下手なことを言ったらそれを気に病んで更に気鬱になってしまうような、そんな危うさを感じた。
「今はゆっくりと休んだ方がいいです。体調が整えば、気持ちも落ち着くでしょう」
「……そうかしらね」
コリンヌは横になり、掛布を肩にまで引き上げた。吐き出したため息は、命まで縮めてしまいそうに思える。
(やはり根本のところを解決しないといけないのかしらね)
自分を信じて治療を受けて回復してくれたのに、またこうして寝付いてしまったことを残念に思う。どうにかできないか、と思うが今のところ手はなかった。
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