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「……まあ、私がそんな恐ろしいことを命じたというの? あり得ないわ。その女が嘘をついているのではない? ええ、きっとそうよ」
翌日、訪ねたのは第二王妃のセシルに仕える侍女の元だった。三十がらみの女性で、長くセシルに仕えているという。
ひとりでいいと言ったのになぜかリュシアンが一緒にやって来た。いつも忙しいと言っているのに、今日は患者がいなくて暇だというのだ。暇つぶしに付き合われては堪らないと言ったが、君は望まないことだが、仮にも自分の妻であるので、君が騒ぎを起こしたらこちらにも累が及ぶ。君が下手なことをしないための監視だと言われたので、勝手にするようにと伝えた。リュシアンは楽しそうに勝手にすると答えて、こうして付いてきた。
「いいえ、証言に間違いはないわ。それにあなたの名前を出して、彼女に徳があるとは思えない。それから、彼女はセシル王妃の部屋の灰かきをしていたんでしょう? あなたと接触する機会はいくらでもあったわ」
「なによあなた、警備兵かなにかのつもりなの? この黒ずくめの東洋女が」
「そう。では警備兵に言って調べてもらってもいいのだけれど?」
「そんなの困る……いえ、なんでもないわ。これはきっと……そう、セシル王妃様を陥れるための策略よ。捕まったら私の名前を言うように、本当の雇い主に言われていたのよ。私に雇われた、と言えば、ならばセシル王妃の差し金だろうと誰もが思うから。ええ、そうに決まっているわ」
「その本当の雇い主って誰だと思う?」
「知らないわよ」
侍女はツンとした態度で、まともに答えるつもりはないようだ。
まさか泣いて非を認めるとは思っていなかったが、さて、どうしようかとダリアが思案しているところで。
「なにかあったの?」
不意の声がかかり、見ると、侍女達を引き連れた女性がこちらへと来た。明るい薄桃色のドレスに、金色の髪を結い上げて豪奢な髪飾りをつけていた。恐らくあれがセシル王妃なのだろう。年は三十近いと聞いていたが、とてもそうとは思えない。まだ二十そこそこといったように見える。背は高く、鼻はつんと上を向いていて、気位が高そうな女性、というのが第一印象である。
「あら、リュシアン。ご機嫌麗わしゅう」
セシルはダリアよりも先にリュシアンに声をかけ、腰を屈めて挨拶をした。
「王妃様こそ、ご機嫌はいかがですか? いつものようにそこに居るだけで光り輝いているようです。まるで美の女神だ」
「まあ、つまらないお世辞ね」
セシルはそう言いつつ、頬を上気させ、なんだか嬉しそうな表情となった。
「セシル様、初めてお目にかかります。私は……」
ダリアがそう言いかけるが、セシルはそれを遮るように言う。
「それで、私の侍女がなにか?」
(私のことは無視なのね……)
普通、リュシアンの隣にいるのだから誰かと気にするはずだし、名乗らせる機会は上の立場にある者が作るべきだ。声をかけたくもない、ということなのかもしれない。
「ええ、とある疑いがかかりまして」
「疑い? そうなの?」
「ええ、言いがかりです」
侍女はなんともなしに答える。
このやりとりを見て、ダリアは首謀者はセシルに違いないと直感で分かった。
「私の侍女はこう言っているわ。なにかの間違いではないの?」
「ええ、ですが、証人がいるのです」
リュシアンは歯切れが悪い。さすがに王妃相手では強く出られないということなのだろうか。
「ばかばかしいわ、そんなの嘘に決まっているでしょう? まさか私が、コリンヌ様を脅すようなことをするわけがないでしょう? このところ体調がよいようだから、でも無理をしないようにと贈り物もしたところなのよ。私はコリンヌ様がこの王宮に来てから、なにかと気遣っているのよ。それを、彼女の子供の幽霊を仕向けるなんて、するわけがないでしょう? 酷い疑いだわ」
セシルはうんざりと首に横に振る。
そんなセシルの口元に、わずかな笑みが浮かんでいることをダリアは見逃さなかった。そして、セシルへと一歩近づき、神妙な面持ちで言う。
「セシル様。私はとある疑いとしか言っていません、そちらの侍女もそうです。なぜ、コリンヌ王妃の一件だと、幽霊のふりをしてコリンヌ王妃脅した者がいると、ご存じなのですか?」
「え……?」
セシルはしまったとばかりに口元に手をやる。周りで控えていた侍女達も、主の失態に気まずい表情だ。
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