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ダリアに悲劇は似合わない  作者: 伊月十和
第三章 王宮の幽霊
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1-38

「私は……ただ頼まれただけです。なにも知りません」


 幽霊役の女性をコリンヌの部屋のほど近い場所にある小部屋に連れて来て椅子に座らせ、ダリア、リタ、なぜか駆けつけてきたリュシアンの三人で彼女を取り囲んで尋問をしていた。リタが掲げた燭台の炎に照らされた小柄な女性は、なにを聞いても、知らないと繰り返すばかりである。


「なにも知らずに、頼まれて幽霊役をした、と」

「ええ、そうです……」

「誰に頼まれたんだ」


 リュシアンが鋭く聞くと、彼女は首を横に振った。


「それは申し上げられません」

「そんなことが通ると思うか?」


 リュシアンが語気を荒らげるが、彼女はうつむき、口を噤んでいる。言うつもりはないようだ。


「じゃあ、無理には聞かないけれど」


 ダリアはしゃがみ込み、彼女の顔をのぞき込んだ。


「あなたは誰かの侍女というわけではないようだけれど、王宮で働いているのよね? なにをしているの?」


 そう聞いても、彼女はなにも言おうとしない。頑なに口を閉ざしている。


「身元なら、調べればすぐに分かるのだから自分から言った方がいいわよ?」


 ダリアが言うが、それでも沈黙が続く。


「コリンヌ王妃を怯えさせるなんて、陛下の怒りをかうようなことだ」


 リュシアンがため息交じりに言う。


「いたずらでは済まない。投獄されて、処刑されてしまうかもしれないな」

「え……」


 彼女の顔色が明らかに変わった。


「王宮に仕えているならば、陛下の気性の荒さは知っているだろう? 激情家で、怒りにまかせて後先を考えずに発言したり行動したりすることがままある。そんな陛下を怒らせたらどんなことになるか。その場で処刑を言い渡されて、翌日には断頭台かもな」

「そ、そんなぁ……」


「そうね、すぐに処刑されなくとも……いえ、すぐに処刑された方がいいかもしれないわね。長い間牢に閉じ込められて、挙げ句処刑されるかもしれない。牢の中は寒いわよ、食事も満足に与えられるかどうか。それで衰弱して、病気になってしまうような人も多いわ」


 ダリアもそれに追随する。するとリュシアンもそれに合わせるように言う。


「そうだな、そして病気になったとしても治療なんてしてもらえない。処刑されるまでもなく、ひとりきりで病死する者も多い」

「長く苦しんで死ぬことになるのね、可哀想に」


「ああ。牢の中で病死した者の遺体を見たことがあるが、それは酷い状態だった。骨と皮だけになって、二十代の男性だったはずだが、まるで老人のような見た目だった」

「まあ!」


 ダリアが大袈裟に驚いて見せると、女性はすっかり怯えたような表情になり、がたがたと震え始めた。

 それを見て、ダリアはすかさず言う。


「あなたがなにもかも話してくれれば、このことは陛下には内緒にしてもいいのよ」

「え? ほ、本当ですか?」


「ええ。あなたがなにも話さないならばいろいろと調査が必要だから、事は公になるし、当然陛下の耳にも入れないといけないけれど、あなたが話してくれるならば調査なんて必要がないし、この件は、内々で処理することもできるわ」


 ダリアが言うと、女性は一瞬目を輝かせたものの、すぐに元の怯えたような表情に戻った。


「ですが、話したらあのお方にどんな目に遭わされるか」

「ならば、君の身元は当家で保護しよう。大切な証人だ」


 リュシアンが言うと、それで女性はどうするのが一番いいのか分かったようで、誰に頼まれたのか、どのように指示されたのかを洗いざらい話した。

 そして全てを話し終えた後、隠し事をなくした安心感からか、初めての笑顔を見せた。


「それにしても、お似合いのご夫婦ですね。噂は聞いておりましたが」

「「は?」」


 ダリアとリュシアンは声がそろってしまった。ふたりで顔を見合わせ、そして不快な表情をしてすぐに逸らす。


「私、すっかりおふたりにのせられて、知っていることを全てお話ししてしまいました」

「ああ、なるほど、確かに」


 今までそばにいつつも、発言しなかったリタが声を上げた。


「彼女を尋問するおふたりの息はぴったりでした。まるで申し合わせたようにぐいぐい話を引き出して」

「ちょっと、やめてよリタ。この男と息が合うなんて、まったく嬉しくないわ」

「まったくだ」


 リュシアンの言いように、自分で言っておきながら腹立たしくなる。彼と息が合うなんてことは太陽が西から昇ってもあるはずがないのだ。


「もう話は済んだから。そうね、あなたはさっさと荷物をまとめてきなさい、明るくならないうちにね。夜明け前に王宮を出て、そして……」

「うちの別宅が町外れにある。とりあえずそこに連れて行こう」


「あら、別宅なんてあったのね。愛人でも囲っているの?」

「馬鹿を言うな、愛人を囲う暇なんてあるものか。屋敷では収納しきれない本が置いてあるんだ、私設図書館のようなものだな。医学生だった頃、勉強に集中したいときにはよく使っていた。今でも静かに過ごしたいときには逗留することがあるな」


「なるほど、ぴったりの場所ね。そこでしばらく過ごすといいわ」


 ダリアが言うと、女性もリタもなにか言いたげなにニヤニヤとしながらダリアとリュシアンを見ていた。『やっぱり息がぴったりだ』とでも言われたら不快なので、早くしなさいと女性を急かして、自分はコリンヌの部屋へと戻った。

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