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ダリアに悲劇は似合わない  作者: 伊月十和
第三章 王宮の幽霊
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1-36

「ああ、幽霊の話か。それは以前にもコリンヌ王妃聞いたことがある。幻を見るなんて、精神的な病気だろうと判断した。治療のしようがない」

「幻と決めつけるのはどうかと思うけれど」


 ダリアとリュシアンは、コリンヌの一件があってから一週間後にようやくバロウ家に戻り、ふたりで晩餐を囲んでいた。

 思い起こしてみれば、こうして夫婦で食事をとるのは初めてだ。結婚してかれこれ三ヶ月ほど経つというのに、である。しかも話題が患者のことであり、幽霊の話というのが物騒である。


「まさかお前は幽霊なんて存在がいると思っているのか?」

「あら、あなたは見たことがないの? そうね、繊細さの欠片もないような、図太いあなたには見えないのでしょうね」


「そういうお前は見えるのか?」

「私も見たことはないけれど、存在は感じたことがあるわ」


「なんだ、同じじゃないか」

「嫌ね、一緒にしないでよ。私は、患者が幽霊が見えた、というならば、それを信じるわ。あなたみたいに幻と決めつけたりしない」


「……ふーん」


 リュシアンは持っていた肉切りナイフを振りながら言う。行儀が悪い、とダリアは顔をしかめる。


「コリンヌ様の話によると、しばらくは見なかったのに、ここ最近、また見えるようになったというのよね。変だと思わない?」

「それだけ、コリンヌ王妃の精神状態が不安定になったということだろう。お前の話からすると、自分の体調が整っていくにつれ、死んだ子供に対して罪悪感を覚えたのだろう」


「本当にそうなのかしら?」

「他になにがある?」


「ならば、レイチェルにも見える、というのもおかしいと思うのよ。コリンヌ様の精神状態が、ダニエルの幽霊を呼び寄せたとでも言うの?」

「その辺りのことはよく分からない、専門外だ。霊媒師にでも聞けばいい」


 リュシアンはぞんざいに言って、赤身肉にかぶりついた。彼は血がしたたるような、レアな肉が好きとのことだった。一方のダリアは肉も玉子もしっかり火が通ったものを好む。なにもかも合わないわ、とダリアは感じるのであった。


「ところで王宮って大変なところね。私、コリンヌ様に同情するわ」


 ダリアは大きくため息を吐き出した。


「お見舞いの品を持ってきたと称して、他の王妃達の使いが部屋に押しかけて来る、急に国王陛下が部屋にやって来る。これでは精神が休まるときがないわよ」


 そして他の王妃たちは、まるでコリンヌの体調不良を喜んでいるようなのだ。自分の息子を皇太子にするのに、コリンヌは邪魔だとでも思っているのだろうか。そして一方で、そんな体調不良を装って陛下の気を惹くなんて、と言う者もいるのだという。なににしても、王宮の人々の快く思われていないようだ。味方をしてくれる者はおらず、話し相手もほとんどいない。そんな環境の中にいては気が病んでしまうのは当然だ。


「一時でも、実家に戻るのが一番の静養かと思うけれど」

「……あの陛下が許すはずがないだろう。俺も今までに五度は提案した、その度に却下だ」


「そうだったわね。あの陛下なら言いかねない」

「それに、コリンヌ王妃の方も実家にはあまりいい思いがないようだ。帰るのはあまり気が進まないらしい」

「そうね」


 自分の子供を殺したかもしれない、そんな疑いを向けている父に会うのは気が引けているのあろう。コリンヌの母は既に他界していて、頼れる人はいないとのことだった。頼りにしていた乳母はコリンヌが王宮入りすることになってから暇を申し入れ、それから数年後に亡くなったとのことだった。


「なんとかコリンヌ様が心安らかに過ごせるようになればいいのだけれど」

「それは難しいだろうな。なにしろ王宮に住んでいるんだ。あそこでの出来事は、俺でもときどき嫌気が差すことがある。妬みと嫉みと、醜い意地の張り合いが横行する場所だ」


 リュシアンはうんざりと首を振る。

 図太い彼が嫌気を刺すなんて、よほどのことだろうと想像する。


「とにかく、私はもう少しコリンヌ様が落ち着くまで、彼女の部屋に泊まり込むことにするわ」

「……うーん」


 リュシアンはあまり乗り気でないような表情となった。なにか気にくわないのか、ダリアはリュシアンの顔を覗き込む。


「まあ、俺がそう仕向けたということもあるが、君は一体なんだ?」

「なんだ、と言われても困るけれど。どういう意味?」


「君は俺の妻だろう。それがコリンヌ王妃に付いているのはちょっとおかしいと思い始めた。いや、同じ王宮内にいるからと、たまに俺の手伝いをしてくれるのは助かっているのだが」


 リュシアンの助手はまだ見つかっていないようで、ときどき診察に付き合ってくれないかと頼まれることがあるのだ。ダリアは仕方ないわね、と恩を売るような気持ちでそれに付き合っている。いつかまとめて返して貰うつもりだ。


「では、バロウ家の妻として仕事を与えてちょうだい。使用人たちをまとめるだとか、荘園を管理するだとか、縁のある貴族達との親交を深めるだとか」

「それはお祖母さまに言ってくれ」


「言っても聞いてくれないから、あなたから言ってくれって言っているのよ」

「……無理だな。じゃあ、仕方ない、好きにすればいい」


 そう投げやりに言って、フォークと肉切りナイフを空になった皿においた。


「俺も、陛下にコリンヌ王妃のことをなんとかしろと言われて、困っているんだ」

「では、夫の手助けをするのは妻の役割ね。私がコリンヌ王妃のことをなんとかするわ」

「なるほど、そういうことにしておこう」


 リュシアンは自分の中でそのように落としどころを決めたようだ。

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