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ダリアが言うと、まさかこんな女に怒鳴られるとは思っていなかったのか、デューク国王の動きが止まった。それをいいことに、ダリアは続ける。
「大きな声を張り上げることしか頭にないの? コリンヌ様の夫だというのならば、妻を気遣うような言葉のひとつでも吐いてみたらどうなの!」
急に怒鳴られ、デューク国王は束の間虚を突かれたような表情となったが、すぐにぎりっと奥歯を噛みしめてダリアを睨み付けた。
「なっ、なんだと? なんだ、この無礼な女は!」
デューク国王が彼に付いてきた侍従達に呼びかけると、その一群の中から見知った顔の男が一歩前へ出て来た。
「……俺の妻がすみません」
リュシアンが笑い出しそうな表情をしつつ、頭を下げる。そう、今まで気づかなかったが、デューク国王と同行して来たようだ。
「お前の妻ぁ……? そうか、お前か! コリンヌにへんてこな薬を飲ませたという」
「へんてこな薬とは失礼な! 漢方は二千年もの歴史がある由緒正しき薬よ。たかが数百年の歴史しかもたないこの国の医療とは雲泥の差なのよ」
ダリアが言うと、リュシアンはさすがに見かねたのかダリアの側へとやって来て、まるで子供にするようにダリアの腰をひょいっと抱え込んだ。
「ちょっと! なにをするのよ! 離しなさいよ!」
ダリアが手足を振って暴れても抗議してもリュシアンは涼しい顔を崩さない。そして、ダリアを抱えたままで頭を下げる。
「すみません、病人思いの俺の妻に免じてここは一旦引いていただけませんか? コリンヌ様も顔色がお悪い。今はゆっくり休むことが先決です。陛下とのお話は、いずれ落ち着いたときに」
そう言われて、ようやく冷静さを取り戻したのだろうか。怯えた様子のコリンヌを見て、ひとつ息をついた。
「……分かった、急に来て悪かったな」
「そんなことで謝罪をしているつもり……! 国王だからとなにもかも許されると思ったら……」
リュシアンに抱えられたままで抗議するダリアを鋭い目つきで睨んだデューク国王だったが、ダリアはそんなものには怯まずににらみ返した。
睨み合いが続いた両者だったが。
「……いえ、陛下。お気になさらないでください」
コリンヌが言うと、そら見たことか、というようなダリアを見たデューク国王の視線が腹立たしい。ダリアはもうひと言くらい言いたいところだったが、『もうやめておけ』と小声でリュシアンに言われ、仕方なく黙っておいた。
そうして不機嫌な顔は崩さないままで、デューク国王はコリンの部屋から出て行った。大きな足音が、いつまでも響き渡っていた。
その足音が遠ざかったところで、リュシアンがようやくダリアを床に下ろした。
「国王陛下に向かってなんて態度だ? 呆れたぞ」
そう言いつつ、含み笑みを浮かべている。本気で呆れているような様子ではなく、怒ってもいないようだ。
「私の患者を傷つけようとするなんて、誰であっても許せないわ。せっかく落ち着いて、ぐっすり寝ているところだったのに」
「まあ、それには賛成だ。俺は止めたんだが、一度走り出したら止まらない、さかりのついた雄牛のような方だからな。あれも一種の病気のようなものなんだ」
「……自分だって、国王陛下に対してなんて言い方よ」
「似合いの夫婦だな」
笑みを浮かべるリュシアンの胸を思いっきり拳で殴る。びくともしない彼は大袈裟に、おお痛い、と言いながら胸をさする。
そんなやりとりをしていると、不意に扉がノックされた。リタがそれに応じて扉を開けると、レイチェルが部屋に入ってきた。彼女は近くにある自室で休んでいたはずだが、騒ぎを聞いて駆け付けたのだろう。
「コリンヌ様、大丈夫ですか? 陛下がいらっしゃっていたようですが……」
そう言いつつリュシアンの顔を見る。彼は肩をすくめてそれに応じた。
「ええ、大丈夫よ。ダリア先生が守ってくれたから」
そうして微笑みをダリアに向けてから、コリンヌはもう限界とばかりにぱたりと寝台に倒れ込んだ。
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