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「それで離婚をしたの?」
「ええ! それも離婚理由のひとつね。あなたも早くあの家を離れた方がいいわ。あの家は呪われているのよ!」
そしてマリアはバロウ家でどんな恐ろしい目に遭ったのかと切々と語っていった。お祓いをした方がいいとイレーヌに話したそうだが、鼻で笑われたそうだ。それでマリアも腹を立てて、私は呪われた花嫁だ、それを救うために神が私に啓示を与えたのだ、と訴えたそうだ。
「……バロウ家の花嫁は呪われると、さんざん言ったのに、私と離婚した後もそんなにさっさと結婚してしまうなんて。許せないわ」
なるほど、前々妻が夫すぐに結婚したことが気に食わなくて幽霊となって出てきたように、前妻も元夫がさっさと結婚したことが気に食わなくて来たのだろう。
「それはリュシアンの希望、ではなく、バロウ家の望みだと思うわ。彼は結婚に前向きではないように思えるもの」
「そうなの! バロウ家も酷いのよ、まるで女性を家のためのコマのように扱って……! 妻が死んだからまたすぐに別の妻を、その妻とも離婚することになったから、またすぐ別の妻を……」
「あなたはもう離縁した家のことなんて忘れて、神の家で静かに過ごすのがいいと思うけれど」
「あなたも悔しいでしょう! そんなふうに扱われて!」
(人の話を聞いてくれない……。彼女とイレーヌとの言い合いはどんなだったのかしら? 周囲は苦労したでしょうね)
これは言うだけ言わせてさっさと帰ってもらうのがよいのだろうか。彼女と店に入ってまだ十分も経っていないが、早くも嫌気が差してきた。
ダリアは少々考え込んでから語り出す。
「ええ、そうね、悔しいかしらね。まるで望まれて嫁いで来たとは思えないような対応をされて」
「やっぱり! そうでしょう? 許せないわ」
「それに、リュシアンの次の跡取りはもう弟の子にすると決めているから、子をなすことをしなくてもいいなんて。本当にお飾りの妻だわ」
「……え?」
マリアは目を瞠った。
それから、興奮していて腰を浮かしていたのに、椅子に腰をぴったりとつけて座り、まじまじとダリアを見つめてから、ふっと笑った。
「ああ、そうなの。子供は作らないようにと言われたのね。なるほど……ふーん」
そして勝ち誇ったような表情をするのが気になる。この様子からすると、マリアのときは違ったのだろうか。
「それは……本当にお気の毒様。子供を産まなくていいですって? それは本当になんのために結婚したか分からないわね。その上、親戚の方にもお披露目されていないって聞いたわ。私のときには……二度目ということもあってそれほど盛大ではなかったけれど、親戚と友人達を招いての晩餐会をしたわ。国王陛下も少しだけだけれど顔を出してくださって、そしてお言葉をくださったのよ。私は天にも昇るような気持ちだったわ。この国で一番幸せな花嫁だろうって思ったもの」
結婚が決まったときにも天に昇り、国王に会ったときにも天に昇った。行き来が忙しい女性である。
「それでも離婚したのね?」
「ええ、そうね。私があなたの立場だったら、即座にバロウ家を出て行っているわよ。またあの屋敷に留まっているなんて、あなた、我慢強いのね」
恐らくマリアにしたらダリアを褒めているつもりなのだろうが、そんなふうには受け止められない。
ダリアは大きくため息を吐き出した。
とにかくマリアを満足させて、早く追い払いた……いや、神の家にお帰りいただきたい。
「まあ、とにかく、私もあなたと同じように、いえ、あなた以上に粗雑に扱われているから安心して。妻という名の、居候のようなものよ」
「でも、リュシアンはあなたを王宮へ連れて行ったと聞いたわ。王宮内で噂になっているって」
「妻として連れて行ったのではないわ。私には少々医術の心得があるから、手伝いに同行させられただけだわ。助手が急に辞めてしまってね、代わりが見つからないという理由だったわ。そうね、新しく入って使用人がちょっとばかり診察の手伝いができそうだったから、自分の仕事に同行させた、というところかしら? 馬鹿にしたものよね」
「……なるほど。そうだったのね」
マリアは満足そうに言って、懐から自分の分の代金を取り出してテーブルに置いた。
「時間を取らせて悪かったわね。もういいわ」
マリアはそのまま振り返ることもなく行ってしまった……と思ったのだが、途中で戻ってきた。
「ああ、もしなにかあったら連絡をしてくれてもいいのよ? 同じリュシアンの妻というよしみで、助けてあげなくもないわよ?」
マリアは懐から取り出した帳面と万年筆で自分の連絡先を書いてダリアに手渡した。どうも、と受け取ると、今度こそ足早に立ち去った。
(落ち着きがないこと……)
ダリアはその背中が見えなくなるまで見送ってから、久しぶりに飲む屋外での珈琲をゆっくりと楽しみ、それからバロウ家に戻った。
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