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「誰もが、父も、親戚も、親しい友人も、侍女も使用人も、王宮にいる人たちも、こんなに幸福な結婚はない、あなたはこの国で一番の幸せ者だって言うのよ? 私は我が子を亡くした失意のどん底にいたというのに、みんな笑っているの。まるで私の子供が亡くなったのを喜んでいるように。私、それが許せなくって……!」
コリンヌは声を震わせながら、更に続ける。
「でも父の命令には逆らえず、陛下の意向に背くわけにはいなかった……。命を絶つことも考えたけれど、そうなれば我が一族は終わりよ。父もそうだけれど、兄やその家族、親族たちを巻き込むわけにはいかない。私は嫁ぐしかなかった」
失意の中で王都へとやって来ただろう事が想像できた。どんな気持ちだったのだろうか、と考えただけでこちらの胸が痛む。
「私が嫁いできたときには、陛下には子供が五人いて、皇太子もいたわ。子作りの重圧もあまりなく、皇太后様もよい人だった。ふたりの王妃も優しい人に見えたわ、陛下の強引さには辟易とされているでしょう、私たちもそうなのよ、なんて言ってくれて。だから、なんとかここでもやっていけそうな気がしていたのだけれど、私が身ごもり、それとちょうど同時期に皇太子が病死してから、王宮の雰囲気はすっかり変わってしまって」
第一王妃の長男である皇太子が死ぬと、次の皇太子は第二王妃の長男になるのではないかという見込みになった。しかし国王は皇太子を亡くして気落ちする第一王妃に気遣ったのか、未だに皇太子を指名しておらず、それが余計に第一王妃と第二王妃の対立を激化させた。
第一王妃には他に二男一女がおり、第二王妃には一男と一女がいる。ちなみに、第一王妃第二王妃という言い方は単に嫁いできた順番でそう言っているだけであり、ふたりの王妃は対等な立場にある。第一王妃は現宰相の娘であり、第二王妃は侯爵家の娘である。政治的なしがらみもあって、年の順から言えば第二王妃の長男が皇太子になるべきだが、政治的な立場からすれば第一王妃の次男がなるべきだろう、という声もある。
そして、寵愛を受ける第三王妃、つまりコリンヌの長男が次の皇太子になるかもしれない、などという見方まで出て来た。それを見極めるために、彼が成長するまで国王は次の皇太子を決めるのを待っているというのだ。
そんな中で、身分がさして高くなく、後ろ盾もほとんどないコリンヌは微妙な立場となった。
コリンヌははっきりとは言わなかったが、なにかしらの攻撃をされたような感触があった。それも原因のひとつとなったのか、コリンヌは子を産んでから長く病み、今に至るという事情だった。
「私には王宮なんて合わない、このような場所には身分不相応な女なのよ。生まれ故郷のあの町で、ずっと過ごしたかった」
コリンヌが嗚咽を漏らしはじめたので、ダリアはコリンヌの肩に慰めるように手を置いた。
「あまりご自分を追い詰めるのはよくありません。この世には、自分でどうかできることと、どうにもならないことがあるのですから」
ダリアはふっと視線を泳がせた。
「私も、本当はルネと結婚したかったのに、それがぶちこわされてしまった。私がなにをしたというの? なにも知らない人たちは、いざとなったらルネが私と結婚するのが嫌になって、それで浮気したんだ。お前にそもそも問題があったのだと言うけれど、私たちは愛し合ってはずよ、ルネの方が私が言い寄って来たのだから。ルネはとても素直で純真な人で、裏切りなんて考えない人だった。あの女がそんなルネにつけ込んだよ。全てあの女のせい」
ダリアは大きくため息を吐き出した。
「でも、今更どうにもならない。私は精一杯の抵抗をしたけれど、運命には抗えなかった。変えられないことはある。それにしても、私の結婚相手があの男だっていうのが最低だわ。もっと他にましな男がいなかったのかしら?」
「……バロウ先生のことよね? 彼はいい医師だと思うけれど」
泣いていたコリンヌが不意に顔を上げた。
「ええ、医師としては問題ないようでしょうね。でも、それ以外のところが最悪なのよ!」
「最悪?」
「最悪も最悪です。あんな最悪な男、他にいません。だから二番目に妻に、婚姻の無効を求める裁判まで起こされるんです……!」
ダリアは拳を握って、わなわなと震わせた。
「とにかくあの男の言い様は酷いんです。まるでこちらを自分の妻だと思っていない。人間扱いすらされていない疑いもあります!」
「ダリア先生ならば大丈夫だと高をくくってそんなことを言ったのではない? きっと甘えているのよ」
「そんなことはありません。リュシアンの私に対する第一声をお教えします。せっかく自分のところに嫁いできてくれた、三番目の妻に対してですよ? 『結婚間近で婚約者に裏切られて婚約破棄された悲劇の女性だというのに、ふてぶてしい面をしている』なんて、あり得ません! 私でなかったらショックで三日三晩寝込んでしょう」
「それは酷いわぁ」
コリンヌは頬に手を当てて、大袈裟に頷いてみせた。
「そうでしょう? 分かってくださいます? とても自分の妻に対する言葉ではありません! そもそも、バロウ家の人たちはみんな酷いんです。当主であるバロウ侯爵だけは他よりはずいぶんましですが、ずっと王宮に詰めていてバロウ家に居ることはあまりいないので、あまり意味がありません……と、すみません、王妃様に言うことではありませんでした。でも、あまりにも酷いので!」
ダリアが声を震わせて言うと、コリンヌはぷっと噴き出した。
「なんだか、ダリア先生の話を聞いていると元気が出るわ」
「それはなによりです。一晩中でも語ることができますよ」
「それは遠慮しておくわね」
やんわりと断られ、ダリアはなんだか笑ってしまう。それにつられたようにコリンヌも笑う。
「王宮に来てから、こんなに楽しく会話したのは初めてだわ」
「ええ、コリンヌ王妃は私の他にも王宮内にご友人を作った方がいいように思いますわ」
「それは……少し難しいように思えるけれど」
そう言って寂しげな表情をしたコリンヌを見て、この場所は彼女にとって少しも心を開けない場所なのだと感じた。
そしてその王宮を、心地によい場所にするのはかなり難しく、その手助けはできそうもない。しかしできるだけコリンヌの助けになりたい。信頼にはできる限りの形で応えたいとダリアは思うのだった。
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