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ダリアに悲劇は似合わない  作者: 伊月十和
第二章 宮廷漢方医ダリア
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1-27

「……本当はレイチェルに聞いて知っていたの。白状すると、それであなたに興味を持ったというのが最初なのよ」

「そうだったんですか。ああ、別に気にされることはないです。事実ですし、別に私も隠していたわけではないのです。言って歩くような気にはなれませんが、問われたらお話しするのはやぶさかではありません」


 コリンヌ王妃がダリアが処方した漢方を飲み続けて一ヶ月が経っていた。

 今日は部屋のバルコニーで話していた。広いバルコニーには白い金属製の椅子とテーブルがあって、そこで軽食を食べられるようになっていた。この王宮に来た当初はよくそこでお茶を飲みながら本を読んでいたのだという。今日は紅茶を飲みながら語り合っていた。こうしてコリンヌと体調以外のことを話すのは実は初めてだ。


 太陽の光が苦痛に思えることはなくなったとコリンヌは語る。しかし、また不意に頭痛が起こることはあるだろうから、あまり無理をしないようにと言っておいた。


「まさか、結婚直前で婚約を破棄されるなんて……。しかも、他の女性……あなたの友人がその人の子供を身ごもっているなんて」


 コリンヌは信じられない、と言ったふうに首を横に振った。


「ええ、ショックでした。彼のことは愛していたので。彼女と引き合わせたことを後悔しています」


 浮気相手はダリアの友人で、婚約者だったルネよりも長い付き合いだった。ルネを彼女に婚約者として引き合わせたのに、まさかその友人と婚約者の両方の裏切られるとは思ってもいなかった。


「そうでしょうね、親同士が決めた結婚ではないのならば余計に。誰もが羨む結婚になるはずが、そんなことになるなんて」

「相手の女性が侯爵のひとり娘という身分でしたから。彼女を愛人にして私とは予定通り結婚したらいいじゃない、という提案は却下されました」


 ダリアがなんともなしにそう言うと、コリンヌは目を瞠った。


「まあ、そんな提案を? でも、それもありよね……。夫が外に子供を作ることは、それほど稀なことではないもの。順番が逆になってしまっただけで」

「私もそう言ったのですが、私の両親も、相手の両親も、なんてことを言い出すんだ、気でも狂ったのかという調子でした。ルネは私と結婚するべきだと思っていたので、私も必死に追いすがったのですが。ああ、ルネというのは相手の名前です」


「……裏切り者の名前ね、許せないわ」

「そうですね……。彼の方も私のことを愛していると思っていたのですが……。いえ、愛していないということはないのでしょうが、それよりも周囲からの圧力や、自分の罪に堪えられなくなったのでしょうね。優しい人で、自分のことよりも周りのことを優先するような人でしたから。私はなにも気にしないと何度も説得したのですが、無駄でした」


 その頃のことを思い出すと今も胸が痛むが、こうしてあけすけに話せるほどには自分の中で消化できてきた。


「私も結婚にもいろいろあったので……それでダリア先生のことも他人事には思えなくて」


 コリンヌの顔に陰が差す。あまり話したくないことだが、といった雰囲気だ。


「ええ、私も少しは噂に聞いていますが」

「みんな大反対だったのよ、皇后様も陛下の親戚たちも、重臣たちも、他の王妃たちも。でも陛下の反対を押し切って」


 コリンヌは陰鬱な表情となって、首を横に何度も振った。

 どうやら彼女にとってはよほど望まない結婚だったらしい。名も通らぬ貴族の娘が国王に見初められて結婚するとは、物語にあるような素敵な話のようだが、そうではなかった。


「陛下は、周囲の反対を押し切って愛を貫いたように聞いておりますが」

「ええ、自分の愛だけを、ね。私は未亡人で一児の母だったのよ。そんな身で王宮に嫁ぐなんて。絶対に幸せにはなれないと分かっていたわ」


 コリンヌの夫は結婚して間もなく病気で亡くなったそうだ。その後生まれた男の子を、夫の忘れ形見として育てていた。何度か再婚話はあったが、せめて、子供がもう少し大きくなるまではと、どれも断った。子供が大きくなってお前も年を取ったら、貰い手なんていなくなると父に言われたそうだが、それでも構わないと言い張っていたそうだ。


「陛下が静養のために別荘に向かう途中、不意の嵐に遭って私の屋敷に急遽逗留したことがあったの。それで見初められてしまって」


 それはコリンヌとっては不幸なことだったという響きがあった。


「私には子供がいるから、と他の縁談と同じように断っていたの。父は陛下との結婚には大賛成で、子供は養子に出せばいい、なんて言っていたのだけれど」

「未亡人である娘を国王に嫁がせられるなんて僥倖だったでしょうからね」


「ええ……。世の父親だったら誰しもそうなのでしょうね。最初の結婚は不幸だったが、次の結婚は素晴らしいものになるに違いない、と言って何度も私を説得したの。でも私は応じなかったの、子供がいるから、と。この子を一人前に育てることが、前夫にできるせめてのことだから、と言って。でも……」


 コリンヌはそこまで一気に言ってから、言葉を詰まらせた。まるで石を喉に詰め込まれたような表情をしている。ダリアは続きを急かすことなく、ただ黙って彼女の言葉を待っていた。


 今日は天気がよく、風も心地よい。気持ちが明るくなるような春の陽気である。ここからは中庭を見下ろすことができて、幾何学模様に刈り込まれた美しい生け垣が見えた。太陽の光をいっぱいに浴びた草花の香りが、こちらにまで匂い立ってくるようであった。

 そんな穏やかな春の空気に包まれた中で、コリンヌは真剣な面持ちで決意したように語り出す。


「その子は事故で亡くなってしまった……。それで、私はもう陛下と結婚しない理由がなくなってしまった」

「それは不幸なことでしたね」

「ええ! ええ! そうなのよ!」


 コリンヌはテーブルに置いていたダリアの手を取った。

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