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「これでリュシアン様も、少しはダリア様のことを敬うようになるでしょうか?」
帰りの馬車の中、リタはダリアの向かいの座席に座り、うきうきした表情でそう言った。
「敬う、まではいかなくとも、せめて対等に扱って欲しいわね。妻としても、医師としても」
それがダリアが望むことだ。今まで、東洋人との混血だ、婚約を破棄された女だ、翠蓮国の医学など取るに足らないと見下されてきた。それが許せなかった。
「コリンヌ王妃が元気になって、お子さんとも会えるようになったら、国王陛下からお褒めの言葉があるかもしれませんね。リュシアン様ではなく、もちろんダリア様に」
「そんなこともあるかしらね? あまり興味はないけれど」
ダリアが望むのは名誉ではない。ただ、身体の不調で苦しむ人達の力になりたいだけだ。こちらを信頼してくれている人達に限るけれど。コリンヌはダリアに信頼を寄せ、その言葉を信じて苦い薬湯を飲んでくれた。部屋もダリアの言うように整えてくれた。ダリアはそれに応えて、コリンヌが望むような健康な身体になるように援助するつもりだ。
「そうなれば、バロウ家の人達もダリア様を認めざるを得ません! 今までのようにイレーヌ様に、お情けで妻にしてやった、伯爵家には到底相応しくない卑しい女、なんて言わせません」
「あら、そんなことを言われていたのね」
「ええ! ダリア様にはお話ししていませんでしたが……! 下働きの使用人たちがそのように言うんですよ! 当家には相応しくない、なんて。腹立たしいったらありゃしない」
リタには珍しく興奮した様子で吐露した。
リタにはダリアの侍女として、こちらが気付かない苦労を強いていたようだ。それを申し訳なく思いつつ、卑しい女、は確かに腹立たしいなと思っていた。
(まあ……気にしても仕方がないかしらね)
人は人のことを好き勝手に言うものだ。気にせず、自分の思うように振る舞うのが一番である。
「そうね、これでコリンヌ王妃の信頼を得ることができて、ひいては国王陛下の信頼を得ることができたら、王宮内でも、どこでも漢方医として活躍できることができたら、離婚しても実家の弟に頼ることなく暮らしていくことができるかしらね」
「ああ……! それがいいですわ、ダリア様! ダリア様にはあんな顔はいいけれど性格が悪い男は夫として相応しくありません!」
リタはすっかり乗り気である。
よほどバロウ家のダリアに対する態度に腹を立てているのだろう。例の怪我人の応急処置した件から少しは見る目が変わり態度が軟化したかと思ったが、まだまだダリアを快く思っていない者はいるようだ。
「そうなったら、コリンヌ王妃の治療にもっと力を入れた方がいいかもしれないわね。ちょっと気になることもあるし」
「なんでしょう? 私は王妃は以前と打って変わって気力と体力取り戻しつつあって、気になるところなんてまるでないように見えましたが」
「なににしても、いずれ分かるわよ。気になるからと、無理やりになにかを聞き出すわけにもいかないし」
せっかく治療の効果が出て来たところなのだ。ここはゆっくりと経緯を見守るべきだろう。
ダリアはふと窓の外に目をやり、行き交う人々の様子を見つめた。