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「言われたとおり、ホットチョコレートを飲むようにしたの。温かい甘さが体中に広がって、口にしたものを久しぶりに美味しい、と感じたわ」
「それはよかったですね」
「そしてそれを飲み干すと、もう少し食べられる気がしたので、薄い野菜のスープをいただいたの。二日目にはそのスープに、ミルク粥も少しいただいて」
「それはいい変化ですね。他には?」
「温かいものを食べて身体が暖まったからかしら? それとも薬の効果なのかしら? 夜も眠れるようになって……。夜寝てから朝起きるまで一度も目を覚まさずにいられたのはずいぶんと久しぶりだったわ。そのせいか、頭もずいぶんとすっきりして……。まるで長年かかっていた霧が晴れたような思いだわ」
「それはなによりでした。次は足を見せてください」
ダリアはレイチェルの足許にしゃがみ込み、足首を触ってみた。こちらはまだ冷たさが残っている。
「身体の方は以前よりも冷たさがなくなって、堅さも少しずつ溶けてきたようですね」
「ええ、そのせいなのかしら? 昨日から寝台から離れて、椅子に座って過ごすことができているの。今までは椅子に座っているだけでも怠くて疲れて、すぐに寝台に戻ってしまっていたのに」
「それはなによりです」
ダリアは再びコリンヌの近くの椅子に腰掛けた。
「本当に……」
コリンヌはダリアの手を取った。
「本当にありがとうございます。まさか、こんな短期間でここまで回復するなんて。もう、死ぬまでずっと寝台から出られないのかもと思っていたのに」
「がんばって苦い薬湯を飲んで、食事もとるようにして、起き上がろうと努力したおかげです。私はそのほんのちょっとした手助けをしただけです」
ダリアが手を握り返すと、コリンヌは微笑んだ。目には涙がにじんでいるように見えた。
「それに、まだまだこれからですよ。これから順調にいけば、コリンヌ様は中庭を散歩することも、昔のようにピクニックに行くこともできるようになります。大好きなチョコレートをたくさんもって」
「そうね」
「お子様に会うことも、晩餐会や舞踏会に出席することもできるようになります」
「え、ええ……」
心なしか、コリンヌの顔が曇ったのをダリアは見逃さなかった。すぐに取り繕うに微笑んで見せるが、あまり望まないことなのかと勘繰った。
「なにはともあれ、効果が出ているようなので薬を継続してください。またしばらくしたら様子を見に来ます」
「ええ。次に会うまでにもっと元気になっていますわ」
その言葉の通りになることを願いながら、あまり長居してはいけないとダリアはコリンヌの居室を後にした。
◆◆◆
「……どうだ、これでも魔法を使ったのではないというのか?」
コリンヌ王妃の部屋からしばらく歩いたところで、リュシアンが不意に話しかけてきた。ダリアは足を止め、不敵な笑みを浮かべた。
「あら、あなたも少しは冗談が言えるのね? 病気と怪我のことしか考えていない、頭でっかちかと思っていたのに」
「そうとしか思えない。一体なにをしたんだ? 俺が何年も診ている患者だぞ。彼女を寝台から離れさせるのに、なんの手立てもなかった。それがあれはなんだ? お前が診てから、わずか一週間だぞ?」
「なにって。長い不調からようやく解放されてきたんだわ。なによりじゃない」
ダリアが首を傾げると、リュシアンは苛立ったように手を振ってから、その手を握り、悔しそうに言う。
「少しも驚いていないんだな」
「ええ。私に驚いて欲しかったの? なにを驚くべきなのかしら……? まあ、確かに私が今まで診てきた患者さんの中では、劇的な回復をした方かしらね? でも、別に驚くべきことではないわ、普通のことよ」
「普通、だって?」
リュシアンは不審げに眉根に皺を寄せる。
「ええ、その人の体質に合った漢方薬を処方できたら、今までの不調が嘘のように消えるのは、普通のことよ。あなただって医師なんだから、そのような患者を診たことがあるのではなくて?」
「それはそうだが。あんな薬湯で……」
「少しは漢方の力を見直した? それならばよかった」
ダリアはふん、と鼻を鳴らしてからリュシアンからふぃっと顔をそらして、そのまま歩いて行った。