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コリンヌ王妃の診察をしてから、一週間後のことだった。朝食を食べていると苦虫をかみつぶしたような表情のリュシアンがやって来て、挨拶も断りもなしにダリアの向かいに座った。
「聞いていないぞ、すっかり騙された。お前は漢方医ではなく、魔女だったんだな」
「……朝からなにを言っているの? 仕事が忙しいとはいえ、ちゃんと寝た方がいいわよ」
ダリアはツンとした態度で答えて、堅いパンをちぎって口に放り入れた。
今日の朝食はパンに温かい野菜のスープ、目玉焼きに鶏のソテーと焼いたカボチャとトマトが添えてあった。以前料理長に頼んだ通りの朝食である。来たばかりの頃の冷遇が嘘のようだ。それだけ、バロウ家での立場を確立することができているということだ。
「コリンヌ王妃がお呼びだ。王宮に同行して欲しい」
「あら? コリンヌ王妃が? 約束は一週間後のはずだけれど……。でも残念ね、今日は買い物に出掛ける予定なのよ。執事見習いに荷物持ちとして同行してもらえるように頼んでいるし」
「王妃がお呼びなのだぞ。なにを置いても駆けつけるのが普通だろう?」
「うぅーん……、午後からでは駄目かしら?」
「いいから、さっさと仕度しろ」
一方的にそう言い捨てて、リュシアンは行ってしまった。
そんな、生き死にがかかわっているような状況でもあるまいに、と思いながらダリアはいつも通りゆっくりと朝食を食べ、それから仕度に取りかかった。
◆◆◆
ダリアはリタを伴ってリュシアンと共に王宮に赴いた。
そして、コリンヌの部屋に入った途端に、以前とはまるで違う雰囲気を感じた。以前は空気が重く沈み、居るだけで陰鬱な気持ちになったものだ。
しかし今は、ぴったりと閉まっていた鎧戸は開けられ、薄手のカーテンから日の光が入り込み、窓も頻繁に開け閉めされているのか、じめじめとした空気が一掃されていた。
窓際には植物が置かれていて、部屋のあちこちには生花が飾られていた。これは以前訪れたときにはなかったものだ。
「ああ、ダリア先生。来て下さったのね」
コリンヌは暖炉近くに椅子に座り、ゆったりと微笑んだ。その笑顔も今までの弱々しい、無理に作った笑顔とは違う。寝台にいるのではなく椅子に座っているのもかなりの変化である。
「ご機嫌麗わしゅう、コリンヌ様」
「ええ、本当に! まるで今まではなんだったのかしら、と思うくらいに機嫌がいいし、調子もいいのよ」
声にも張りがあり、瞳にも輝きがある。本人が言うように、まるで今までとは別人のようだ。こけていた頬にも心なしか赤みが差し、以前と比べたらふっくらしたような気がする。
扉のすぐそばに立っていたダリアがコリンヌの方へと歩み出すと、近くに控えていたレイチェルがコリンヌの近くに椅子を置いた。ダリアはそこに腰掛け、椅子を持ってきたレイチェルは扉の前に突っ立っているリュシアンの隣へと立った。リタはダリアの斜め横に立ち、邪魔にならないように居てくれた。
そして、ダリアは改めてコリンヌを見た。
まだ病み上がり、といったところだが、長患いに悩まされ、にっちもさっちもいかない、というところからは脱却しているようだ。
「私が届けた漢方薬をしっかり飲んでいただいているようですね」
「ええ、とても苦くて、最初は辛かったけれどだいぶ飲み慣れたわ。飲む度に健康に近づける気がして」
漢方薬を渡しても苦くて飲めたものではない、と言う人はいるので、そのときには生薬を一度煮出して、乾燥させて粉状にしたものを渡すこともある。だが、生薬は煮出してあまり時間が経っていないものが一番効き目があるのだ。ダリアはできるだけ生薬を煮出した薬湯をすすめている。
「少し手を見せていただいてもよいですか?」
「ええ、もちろんよ」
そして差し出された手を取り、裏返して掌も見てから、脈をとった。手は、以前は冷え切っていてこちらの体温が吸われるかと思うほどだったのに、かなり改善している。脈もスムーズに打っている。
「薬の効果が出てきているようですね」
コリンヌはゆっくりと頷いた。
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