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ダリアに悲劇は似合わない  作者: 伊月十和
第二章 宮廷漢方医ダリア
25/78

1-23


「……ということで、ダリアさんからは桂枝人参湯という名のお薬をいただいたわ。お湯で煎じて飲むそうよ。それから部屋を暖めるように言われて、その通りにしているわ」

「そうか」


 リュシアンはテーブルに肘をついて、気怠い様子で小さく頷いた。

 ここは今日の昼にダリアと話した小部屋だった。レイチェルとリュシアンが向かい合って座っている。今は夜中で、リュシアンは仕事の合間にやって来た。今夜も容態が気になる患者がいるので王宮に泊まり込んでいる。暖炉の火が赤々と燃えていて、その明かりがほのかに周囲を照らしていた。


「兄さんが言ったとおり、おだてたら……いえ、丁寧に頼んだらすぐに応じてくれたわ」

「だろうな。あの女はプライドが高くてとっつきにくいように思えるが、根は意外と単純なのだ。こんなすばらしい医術は漢方を信じない者には施してやらない、なんて強がりを言いながら、本当は人を診たくてうずうずしている」


「あの女なんて、自分の妻なのに」

「あの女も、俺のことをあの男と言っているのでお互い様だろう?」


「そこは兄さんが大人になって、歩み寄るべきでは?」

「はいはい、考えておくさ」


 リュシアンはぞんざいに言って、口を尖らせた。


「東洋の医学なんてまったく期待はしていない。コリンヌ王妃の体調は、気持ちによる問題が大きいだろう。あの女の治療……ともいえない、ただ適当に話を聞いてそれらしい薬を処方しただけだが、それでもコリンヌ王妃の気が紛れれば、体調も少したりとも回復するだろう」

「その言い方は酷いわ。ちゃんと親身になってコリンヌ王妃のお話を聞いてくれたもの。ダリアさんは最初の印象とずいぶんと違うわ。もっと冷たい人かと思っていたけれど、そうではなかったし」


 最初ダリアを見たときには、あんな黒い髪に黒いドレスを着た、目付きの悪い人が親戚になるなんて、仲良くやれるはずがない。今でも実家にはあまり寄りつかないが、より足が遠のくだろうという気持ちになった。リュシアンの二度目の妻のように、夫に不満を抱え、婚姻無効の裁判をしてとっとと離婚してくれないかなとすら思った。次に会ったときは毒々しい赤色のドレスを着ていて、それはとても彼女に似合っていたけれど、親しくなれそうもないと思っていた。


 しかし話すと印象が変わり、更にコリンヌ王妃の診察が始まると、この人は信頼できるのではないかと考えた。話し方は丁寧だし、冷たい印象だったのに威圧的なところはなく、相手の体調を考えてなのか、穏やかな口調で聞き役に徹していた。……リュシアンの問診よりもずっと丁寧だ、と思ったくらいだ。


 それに、ダリアの侍女であるリタも親切だった。彼女がダリアが処方した漢方薬を持ってきてくれたのだが、その淹れ方について丁寧に説明してくれた上に、最初は慣れないだろうかと実際に淹れてくれたのだ。リタはずいぶんとダリアを信頼しているようで、自慢の主だと思っているような雰囲気があった。そんな彼女が慕っているのだから、ダリアもきっと素晴らしい人なのだという認識が強まった。


「しかし、あの女が持ってきた薬で治ると思うか?」

「それは……ちょっと分からないわ」


 漢方薬は薬湯で、乾燥させた茶葉のようなものを一日二回煎じて飲むようにと言われた。少しだけ飲んでみたがとても苦い。リタは慣れるわよ、と微笑んでいたが、このような苦いもの、コリンヌ王妃が飲めるのかと思った。しかし、彼女はあんな短時間ですっかりダリアを信頼したらしく、試してみるわと全て飲み干した。まるで、自分のせいでコリンヌ王妃が毒を飲むことになったような罪悪感を覚えた。ダリアのことは信用したいが、あんなものを飲み続けることで体調がよくなるとは思えなかった。


「陛下には、相変わらず厳しく言われているの?」

「ああ。なんとかしてコリンヌ王妃を晩餐会に出席できるくらいには回復させろ、とな」


「晩餐会なんて、今のコリンヌ王妃様の状態から考えると夢のまた夢のように思えるわね」

「王宮に来たことで病んだ、なんて噂になっているのが許せないそうだ」

「無茶を言うわね、本当にコリンヌ王妃のことを考えているとは思えないわ」


 レイチェルは大きくため息を吐き出した。国王は週に一度はコリンヌの元へやって来て、容態はどうかと聞いてくる。変わりないと言うとチッと舌打ちをして、今日は特に気分が優れないから面談はご遠慮ください、といくら言っても無理やりに会っていく。コリンヌの体調不良の一因は、国王にあるのではと思うくらいだ。


「ところで、王宮内で噂になっているわよ。兄さんがすごい美人を連れて歩いていたって」


 からかうように言うと、リュシアンは口をへの字に曲げた。


「ああ、あれは誰だとしつこく聞かれた。助手だ、と言ってもそんなはずはないと引かない。愛人なのか、とまで聞かれた」

「素直に妻だと言えばいいのに。そもそも、ダリアさんを助手として連れてきた目的のひとつは、女性避けだったんでしょう? 言い寄られて困るって言っていたじゃない」


「ああ、診察の邪魔になるからな。……結婚していると言っているに」

「そんなの理由にならないわよ。よかったじゃない、コリンヌ王妃のことも、もしかしたらなんとかなるかもしれないし。全て狙い通りで」

「……上手く運べばいいんだがな」


 リュシアンは浮かない顔だ。

 ダリアにコリンヌ王妃を診察させたことは、彼にとっては藁をも掴む手段だった。もうずっと長い間、コリンヌ王妃は小康状態で、回復の見込みはない。回復どころか、静かに衰弱して死に向かっているような状況だ。ならば東洋の怪しげな医療でもなんでも、ほんの少しでも可能性があるならば試してみたいという気持ちなのだろう。そうでなければ、あのプライドが高いリュシアンが、他の医師に患者を診療させるなんてことはしない。


(薬は効くかどうか分からないけれど、ダリアさんと話しているときのコリンヌ王妃はいつもよりも明るかったような気がする。話し相手としてでも、気を紛らわせられればいいのかも)


 しかし、期待が裏切られたときにはまた容態が悪くなってしまうだろうか、という不安を感じながら、レイチェルは小さくため息を漏らした。

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