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ダリアに悲劇は似合わない  作者: 伊月十和
第二章 宮廷漢方医ダリア
24/78

1-22

「少しお腹を押してみますね。どうですか? 痛みがありますか?」

「いえ」


「では、こちらはいかがですか?」

「そこには少し痛みが……そのもう少し下のあたり……そう、そこが一番痛みが強いわ」

「なるほど……。はい、もう大丈夫です。分かりました」


 ダリアが言うと、コリンヌは再び上半身を起こした。すかさずレイチェルが動いて、コリンヌと寝台の間にクッションを挟む。


「一番気になるのは、冷えでしょうか? コリンヌ様の足と手とではかなりの温度差があります」

「ええ、足の冷えは酷くて。それで夜眠れないこともあるくらい」


「まずは身体を温めることから考えましょう。冷えは女性の天敵です。身体を温めるような漢方を飲みましょう、桂枝人参湯という漢方で、食欲不振でかつ冷え性で、頭痛がある人に向いている薬です。後から届けさせます。とても苦いので、最初飲み慣れないとなかなか大変かもしれませんが」

「大丈夫よ、試してみるわ」


「まずは二週間飲んでみましょう。それで効き目が実感できないようでしたら、他の漢方薬を試してみましょう。身体にぴったりと合う薬が見つかれば効果はすぐに現れるのですが」

「効かなかったら別の薬へ。そんなに薬の数があるのでしょうか?」


 レイチェルが問いに、ダリアは大きく頷いた。


「ええ。漢方では、同じ症状でも体質によって飲む薬が違うの。例えば、コリンヌ様は寒証があるから桂枝人参湯を処方したけれど、同じ食欲不振でも熱証の人には別の漢方薬を処方するわ」


 それが、中医学が病ではなく患者を診る、と言われているゆえんでもある。


「それから、漢方薬とは生薬の組み合わせで決まっている名称なんだけれど、その生薬も種類が多くて、組み合わせがたくさんあるの」


 レイチェルは分かったような、納得できないような表情をしている。この国の医療に慣れていれば初めは誰しもそうだろう、とあまり気にせずに続ける。


「その薬を飲む他に、できるだけ部屋を温かくして、掛布の足許には湯湯婆を入れましょうか。今は使っていますか?」

「湯湯婆……レイチェル、分かるかしら?」


 レイチェルがゆっくりと首を振ると、ダリアがそれに応じる。


「湯たんぽのことです。陶器の入れ物に、温かいお湯を入れたものです。それを布で巻いて」

「ああ、それならば準備ができそうです」


「それから、暗いとどうしても気分が落ち込みます。せっかく日当たりがいいのに、鎧戸を閉め切って」

「明るすぎると頭が痛くなってしまって……」


「確かにこちらのお部屋は陽当たりがよすぎるようですね。鎧戸は開けて、薄いカーテンを引いておくのがよいと思います。このカーテンでは明かりが多すぎる、ということでしたら、別のカーテンに交換して光量を調整することは可能ですよね? 今は朝晩は肌寒いとはいえ、春です。太陽の光をできるだけ取り入れた方がよいかと思います。それから、窓際に植物を置くことをおすすめします。日の光をたっぷり浴びた植物は部屋の空気を清浄にしてくれます」


 コリンヌがレイチェルへと視線を移すと、彼女は分かったとばかりに頷いた。


「それから、食欲がないならば好物を食べてみたらいいと思うのですが。チョコレートはどうですか?」

「え? チョコレートですか?」


 レイチェルが怪訝な表情を向けてきた。


「ええ、チョコレートは栄養豊富だわ。お菓子なんて、と思うかもしれないけれど、なにも食べないよりもずっとましだし、食べたくもないのに無理になにかを食べるよりいいわ」

「でも……チョコレートなんて」


「ならば、牛乳でチョコレートを溶かして、ホットチョコレートにしてみるのはいかがですか? 牛乳もチョコレートも高カロリーで今の栄養状態がよくないコリンヌ様には合っているように思います。お腹の状況とも相談しながら、ひと口、ふた口、と試してみてください。無理をする必要はありません。そこに、ジンジャーやクミンなど、身体が温まる香辛料を入れるとなおいいです」

「ホットチョコレートならば、少しいただけるかも」


 コリンヌはレイチェルへと視線を向けつつ言う、分かりました、とコリンヌは応じた。


「そうですね、まずはホットチョコレートを飲んで、もっとお腹が食べ物を欲したら、追加でミルク粥かパンなど、消化にいいものを食べられたらいいと思います。ああ、果物はやめておいた方がよいです、身体を冷やすので」


 そうして身体を温める効果がある食物についてあれこれと説明する。レイチェルが帳面を持ってきて、それを書き留めていた。


「あと……これは気が向いたらでよいのですが、頭痛が辛くない日は窓際で日光浴をおすすめします。できれば窓も開けて。失礼ながら、この部屋の空気は少々淀んでいるように思えます。空気の入れ換えが必要かと。散歩などできれば一番いいのですが、それはまだやめておきましょう」

「分かりました」


 コリンヌは大きく頷いた。


「ダリア先生の言うとおり薬を飲んで、ホットチョコレートも飲んでみることにします。本当にそれで治るのか、不安がないと言えば嘘になりますが……。ずっとこんな状態なのです、治らなくとも失望はしません」


「いえ、大丈夫です。コリンヌ様はきっと治ります。なにも心配することはありません。私は今までも、コリンヌ様のように長く患った人を見たことがあります。みんな見違えるように元気になりました。コリンヌ様も、すぐに寝台から離れて、王宮の中庭を散歩できるようになります」


 ダリアが力強く言うと、コリンヌは淡く微笑んだ。

 長居をしては、と今日のところは辞去する旨を告げて部屋を出た。

 心なしか、この部屋に入ってきたときには不安に満ちた表情をしていたコリンヌが、明るい表情になったような気がした。


◆◆◆


「あんなふうに言ってしまって大丈夫? もちろんダリアさんを疑っているわけではないけれど、相手は王妃様よ」


 王妃の部屋から出て、しばらく歩いたところでレイチェルが小走りでやって来て、ダリアにそう告げた。


「ええ、大丈夫よ」


 ダリアはあっさりと応じる。


「それに、効くか効かないか分からないと思って漢方薬を飲むより、きっと効くと思って飲んだ方がいいわ。あなたのお兄さんもそうだけれど、医師はなにを言われても怯まず、堂々としているべきなのよ。それがたとえ虚勢であったとしても、それが患者のためよ」

「なるほど……そのような考えがあってのことなのね」


 レイチェルは不意にダリアの手を取った。


「ありがとう、これで希望が出てきたわ。本当に、あなたを頼ってよかった!」

「それは、コリンヌ様が元気になってから言って」

「そうよね。でも、私、きっと大丈夫だと思うから」


 そう言うとレイチェルはダリアから離れ、こちらに敬意を表すように腰を屈め、それからコリンヌの部屋へと戻っていった。

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