表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダリアに悲劇は似合わない  作者: 伊月十和
第二章 宮廷漢方医ダリア
23/78

1-21

 それからすぐにレイチェルに案内されてコリンヌ王妃の部屋にやって来た。リタも一緒だった。彼女はまさか王妃と会えるとは思っていなかったのだろう、緊張した面持ちだった。

 前室で少し待つように言われたが、間もなくしてコリンヌ王妃の部屋へと案内された。この前と同じく部屋は暗く、窓の鎧戸が閉められ、昼間から燭台に火が灯されていた。


「まあ、嬉しい。こんなに早く来てくださるなんて」


 コリンヌは弱々しい微笑みをこちらに向けてきた。

 ダリアはコリンヌの寝台へと近づくと、淡い笑顔を作った。


「この前はきちんとした挨拶もできずに失礼いたしました。ダリア、と申します」

「ええ、話はレイチェルから聞いているわ。リュシアン様の奥さんだったのね」


「ええ……。妻が助手として付いてくるなんて、奇妙に思われるかもしれませんが」

「医術の心得があるというから、リュシアン様も頼りにしているのでしょう」


「それは……、どうか分かりませんが」

「翠蓮国の医術では、病気ではなく人を診るのだとか。私はもう病気ではないと言われているけれど、まったく元気にはなれなくて」


 コリンヌは鬱々とため息を吐き出す。


「私の身体がおかしいのかしら? 寝台から立ち上がるような気力を持てないのが悪いのかしらね?」

「コリンヌ王妃が悪いのではありません。コリンヌ王妃にはまだ治療が必要ですわ」


 そう言うと、コリンヌははっとした表情となり、それから目から涙が溢れ出した。


「まだ治療する方法があると……?」

「ええ、私が学んだ中医学ではそうです。だって、コリンヌ王妃はとても元気には思えません。ならば、治療は必要です」


 その言葉に感極まったように、コリンヌは嗚咽を漏らし、大粒の涙を流した。

 恐らくは、病気ではない、もう治療の方法はないと言われたことも辛かったのではないかと思える。病気でないならばなぜ身体が思うように動かないのか、散歩することすらままならないのか、と自分を責めていたのではないか。


 ダリアは今までもそんな患者を診たことがあった。病気でもないのにいつまでも寝ていて、さぼっているだけだろう、と家族に罵られて辛いと訴えた患者もいた。そしてそれが更に体調不良の原因になっていた。

 やがてコリンヌは涙を拭いながら言う。


「たとえば、どんな方法が?」

「その前に、少しお話を聞いてもいいでしょうか?」

「ええ、もちろん」


 了解を得られたダリアはコリンヌの寝台の近くに椅子を持ってきてそこに座った。そして彼女の手をとり、ゆっくりと尋ねていく。


「一番辛い症状はなんでしょう?」

「一番、と言われると、やはり食べられないことかしら。食欲がなくて、それでも無理をして食べるようにしているのだけれど、すぐにお腹の調子が悪くなってしまうの。でも、食べないわけにはいかなくて。なんとか食べているのだけれど」


「お通じが緩くなってしまう?」

「ええ、そうね」


「他のお辛いことはありますか?」

「今は大丈夫だけれど、ときどき酷い頭痛があるわ」

「その頭痛はどんな頭痛ですか? ずーんと重いような? 頭の血管が脈打つような?」


 ダリアが聞くと、コリンヌはちょっと迷ったような表情を浮かべた。


「どうかしら? 両方あるように思うけれど……」

「そうですか。雨の日に辛いですとか、冬になって寒くなると頻繁に起こるですとか、気候的、季節的なことはありますか?」


「そう言われれば、雨が降る前によく頭が痛くなるような気がするわ。それから、寒い日に多いような」

「他にお辛いことは?」


「後は、体力がとても落ちてしまったことが辛いわ。昔は頻繁に散歩に出掛けたり、ピクニックに出掛けたりしていたのに……」


 その頃を懐かしんでいるように、コリンヌは視線を遠くに飛ばした。王子と一緒にピクニックに出掛けたい、とでも考えているのだろうか。


「私もピクニックは大好きです。家に閉じこもっているより、外に出る方が好きなので」

「ええ、ダリア様はピクニックが大好きで、好きな焼き菓子やサンドイッチを持って行って、朝から夕方まで外で過ごすこともありますのよ」


 リタが後ろから口を挟んできた。振り返ると、笑顔で頷いた。


「あら、そうだったのね」


 すると、コリンヌの顔が明るいものになった。


「私もピクニックには色んなものを持って行っていたわ。サンドイッチに焼き菓子に、それからチョコレート! 私はチョコレートが大好きで、子供の頃には食べ過ぎて、よく母に怒られていたわ。ピクニックに行くときには決まって私の従姉妹がチョコレートケーキを持ってきてくれて。懐かしいわね」


 そう語るコリンヌは先ほどより早口になっていて、声にも張りがあった。余程チョコレートが好きなのだろう。


「ああ……でも、こちらに来てからほとんど食べていないわね。チョコレートが好物であることを忘れていたくらい」

「こちらに来てから、大変なことが多かったですからね」


 今度はレイチェルが口を挟んできた。そしてリタと視線を合わせ、うなずき合っていた。


「そう、ね。そもそもは……ああ、お前のチョコレート好きは異常なほどだから、王宮では控えるのだぞと父に言われて。それにね、どんな高級なチョコレートを食べても、従姉妹と食べたあのチョコレートよりも美味しいと感じるものがなくて」


 それは、余程故郷を恋しく思っているということなのだろうか。その従姉妹のように親しく話せる人が王宮内にいない、ということなのかもしれない。


「それから妊娠が分かると、あまり甘いものを食べ過ぎないようにと言われて。そうでなくてもつわりが酷くて、食べる気にはなれなかったわね」

「なるほど、そうですか。次に少し身体を見せていただいてもよいでしょうか? もし不快ならば、そうおっしゃってください」


「不快なんてことはないわ。もしかして私が王妃だからと遠慮しているのならば、そんなことは気にしなくていいのよ」

「……ダリア様は、そんなこと気にしませんよ」

「リタ、少し黙っていて」


 ダリアがそう制すると、リタは失敗したとばかりぺろりと舌を出した。

 そうは言ったものの、リタが会話に入ってくれたことでコリンヌの顔がくつろいだものになったので、ありがたいと感じていた。緊張した状況では、聞ける話も聞けない。


 まずはコリンヌの手を広げて見た。それから脈をとり、口を開けてもらって舌を見る。寝台に横たわってもらい、お腹を触り、押し、どこか痛むところがないかと聞いた。それから足首に触れる。レイチェルが興味深そうに、その様子を見ていた。


「……ダリアさんはずいぶんと丁寧に身体のことを確かめるのね? 兄さんもお父様も、脈をとったり喉の奥を見てみたりはするけれど、足に触れることはないわ」

「それが中医学の診断方法なのです」


 レイチェルとリタが少し離れたところであれこれ言っているのが聞こえたが、ダリアは構わずに続けた。


 中医学で大切なのは、なにより患者をよく見ることである。望診・聞診・問診・切診と四つに分類される。

 望診は視覚によって患者の様子を確かめることで、患者の動作や顔色、舌の色や厚さなどの様子、皮膚の状況などを診る。

 聞診は耳と鼻からの情報で、患者の声の大きさや口調、特有の匂いがないかなどを確かめる。問診は患者からの聞き取り、切診は患者の身体に触れてそこから情報を読み取ることである。お腹に触れたり、足に触れたりすることで多くの事が分かる。たとえばお腹を診るとき、腹壁の温度はどうか、筋肉の張り具合はどうか、腹壁が緊張していないか、叩いたときに拍水音がないか、などである。

★気に入ってくださったら、評価、ブックマーク、いいね、いただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ