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「それで……ここまでお呼びだてしたのは、私がお義姉さんと話したいということもあったのだけれど」
「ええ、聞いているわ。コリンヌ王妃のことね」
コリンヌ王妃の名を出した途端に、レイチェルの表情が曇った。侍女として、王妃のことはかなり気にしているのだろう。
「私はコリンヌ王妃がこちらに嫁いでからずっと侍女としてついているのだけれど。こちらに来てからずっと不調で、もしかして一度実家に戻られて静養した方がいいとも思うのだけれど、そうもいかずに……」
「どうして? 私もそれがいいと思うけれど」
「陛下がお許しにならないわ。それに、実家とは少し距離がおありのようで……。詳しくは分からないのだけれど」
薄々知っているか、あるいは予想はついているが、人に軽々しく話す話ではないということだろうか。
「兄さんからどれだけ聞いているか分からないけれど、王子を出産されてから体調を崩しがちで」
「肺炎にかかって命の危機があったけれど、もう回復したと聞いたわ。回復してあの状態なのかと思うけれど」
「そうね、兄さんはもうどこも悪いところはないと言うの。あとは気力の問題だと、それは医者にどうこうできることではない、と。今も薄暗い部屋で、寝台の上で過ごしていることが多いの。かつてはもっと明るい方だったのよ、少なくとも王宮に来たばかりの頃は。それが……王宮にはあれこれと悩まされることも多くて」
コリンヌは第三王妃である。
当然第一、第二王妃がいる。他にも国王には愛妾がいると噂である。
しかもコリンヌ王妃は未亡人であるにもかかわらず、国王から強烈なお召しがあって、王都から遠く離れた故郷から王宮へと嫁いできた女性である。やっかみを受けるだろうし、嫌がらせをされることもあったかもしれない。身体的なところだけでなく、精神的にも悩まされているのではないか、とどうしても考えてしまう。
「兄さんはもう治療の手立てがないと言っているけれど、あなたの方にはその手立てがあるんでしょう?」
レイチェルは救いを求めるような、必死の瞳をダリアに向けてくる。
「ごめんなさい、兄さんとの会話を立ち聞きしてしまったの。それで、兄さんを問い詰めたら、ダリアさんは翠蓮国で医術を学んで、その心得があるって聞いたの」
「そうね、私は中医学を母の故郷である国で学んだわ。中医学の中でも、漢方が専門なの。患者も診ていた。でも、それはこの国ではなかなか受け入れられていなくて」
「お願い」
レイチェルは両手を伸ばし、テーブル越しにダリアの手をぎゅっと握った。
「コリンヌ王妃を診てもらえないかしら?」
「いえいえ、あなたのお兄さんにも聞いたと思うけれど、私の故郷の医術は、この国ではとるに足りない、祈祷かまじないしかない時代の、昔の治療法だと言われているのよ」
「他の人の意見はいいの。あなたはそうだとは思っていないでしょう?」
ずばりとそう言われて、ダリアは大きく頷く。
「そうね、素晴らしい医術だと思っているわ。それが分からないなんて、なんてもったいないことをしているのかしらって。もちろん、こちらの国の医術も素晴らしいと思うわよ。でも、それでは補えないところを、補う力が中医学にはあるわ」
「私はそんなあなたを信じたいのよ、コリンヌ王妃もそうなの。実は王妃にもあなたの話をしたの」
「……それで、王妃様は乗り気なの?」
求めない者に与える気はない。
だが、求める者には求める以上のものを与えたい。
「ええ。まだ半信半疑のところはあると思うけれど、今の状況を変える方法があるならば試したいとおっしゃっているのよ。コリンヌ王妃には治りたい、以前のように寝台を離れて自由に歩き回りたいという気持ちはあるのよ。けれど、それに身体がついていかないだけで」
「……そうね」
ダリアは瞳を伏せ、紅茶のカップに口をつけ、琥珀色の液体を身体に流し込んでから、ゆっくりと言う。
「望まれているならば、与えることはやぶさかではないわ」
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