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そして診察が一旦落ち着いたところで、そろそろ休憩かと思っていたらそうではなかった。
「これから行くのは、とある高貴な女性のところだ。くれぐれも失礼がないように」
「もう、それを言うのは何度目? 言われなくても分かっているわよ」
「君は相手が誰だろうと物怖じせずに発言する性格だから、何度も言わないと心配なのだ」
「心配には及ばないわ」
ダリアが言うが、リュシアンは信用ならないという目つきでダリアを見ている。本当に失礼な男だ、と蹴り飛ばしたい気持ちである。
「その女性は、産後、長く患っていたが、もうすっかり治っているはずなのだがな」
「……はず?」
「いいから、大人しく付いてくればいい」
その後もリュシアンは早足で歩き、今までとは明らかに雰囲気が違う一角へとやって来た。その入り口には警備兵が三人立っていて、しかしリュシアンの姿を見るとひとつ頷いて、すぐに通してくれた。止められたのはダリアである。
「なんだお前は。ここから先がどんな場所か分かっているのか?」
ダリアの進行を妨げるようにその前に立ち、威圧的な態度でダリアを見下ろす。
「ああ、それは俺の助手なんだ」
リュシアンが振り返って言うと、警備兵はあからさまに怪訝な表情を浮かべた。
「助手ですって? こんな小さな女が、ですか?」
ダリアは東方の血が入っているため、背が低いこともそうだが顔立ちが幼く見られることがある。
「そうだ。こう見えて、いい年した女なのだ。身元については俺が保証する」
「リュシアン様がそうおっしゃるならば」
そうしてダリアから離れた警備兵を見て、ふん、と鼻を鳴らしてからリュシアンの方へと小走りで向かった。リュシアンは王宮内でかなり信頼されていて、警備兵たちもその顔を知っているらしい。そうだろう、とは想像していたが、実際に目の当たりにすると、そのすごさを実感してしまう。
(……まあ、そうでなければ私の夫としては相応しくないかしらね?)
強気にもそう思うことにして、引き続きリュシアンの後に付いて歩いた。
すれ違う人もいない、静謐な空気に包まれた豪奢な飾りがついた廊下を抜けて更に歩くと、リュシアンはとある扉の前で足を止め、遠慮がちにノックした。
すると、扉がまずは顔が出るくらいの幅で開かれ、扉の向こうにいる人物を確かめてからか、それから大きく開け放たれた。
「……お待ちしておりました」
「コリンヌ王妃の具合はどうだ? 相変わらずか?」
(え? 王妃ですって?)
高貴な人、とは聞いていたが、まさか王妃だとは予想外だった。
確かコリンヌ王妃は現国王の三番目の妻で、三年ほど前に嫁いできたはずだ。結婚して間もなく男児に恵まれたと聞いていた。しかし、病気だとは知らなかった。あまり外に出てこない人らしい、とは聞いていて、それは第一王妃と第二王妃に遠慮してのことだと思っていた。ふたりと比べたらコリンヌ王妃は身分がさほど高くなく、また、前夫を亡くしての再婚だという事情もある。
「相変わらずです。夜はあまり眠れず、食欲もなく、無理して食べるとすぐに吐いてしまって」
「そうか。しかし、無理をしてでも食べる気力はあるということだな」
「ええ、回復したい、というお気持ちはもちろん変わらないわ」
侍女の案内で、扉を二回通って王妃の部屋へと入っていく。王妃だという身分なのだから、もっと侍女がいてしかるべきだと思うが、ダリアたちを迎えてくれた侍女の他には姿が見えなかった。
「コリンヌ様、侍医が来ました」
侍女は扉の前でそう呼びかけてからすっと身体を引いた。まずはリュシアンが、続いてダリアが部屋に入っていった。
昼間だというのに窓の鎧戸を閉め切った、薄暗い空間にコリンヌ王妃はいた。寝台の上に上半身だけを起こして座り、ガウンを羽織った寝間着姿だった。燭台に炎が灯され、そのゆるい光に照らされた顔は青白く、もう病気は治ったと先ほどリュシアンが言っていたが、とてもそうとは思えなかった。
「あら、今日はずいぶんとかわいらしい方と一緒なのね」
声もか弱く細い。
表情の作り方もぎこちない。そんな無理して笑顔を作らないで、と止めたいくらいだ。
「ええ、新しい助手です」
(妻とは紹介してくれないのね)
そのことに少々落胆しつつ、今は緩く微笑んでおく。本当は抗議したいところだが、コリンヌ王妃の前ではそれは憚られた。大きな声を出したり、険のある言葉を発したりして彼女に少しでも負担になるようなことはしたくない。
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