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ダリアに悲劇は似合わない  作者: 伊月十和
第一章 ダリアの結婚
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1-14

「治療をするのに助手は必要不可欠だ。王宮に居る者に、包帯を巻きたいからちょっと患者の腕を押さえていて欲しい、と言っても誰も手を貸してくれない」

「それはあなたが嫌われているからではない? 普通、腕を押さえるくらいはしてくれるでしょう?」


「俺が診ている患者は伯爵だとか公爵だとか、身分の高い者が多い。触れるのも畏れ多い、あるいは、治療に痛みをともなうことで主人が不機嫌になり、当たり散らされるようなことがあっては困る、あるいは血を見るのが恐いのか、診察となると、ほとんどの使用人は部屋からいなくなってしまう。患者が、病気のことをあまり周囲に知られたくなくて、人払いをすることもあるがな」


「そうですか。ですが、それと私となんの関係が?」

「この前の応急処置は見事だった」


 リュシアンはダリアの向かいに、ゆっくりとした動作で腰掛けた。


「もしかして俺の元助手よりも手際がよかったかもしれない」

「もしかして私をその助手の代わりにしようと考えているわけではないでしょうね?」


「優秀な助手だった。彼がいなくなることは相当な痛手だ。何度も慰留したのだが、彼の決意は固かった。彼のような助手はもう現れまい、と失意に沈んだ俺の元に……」

「嫌だわ、なにを言っているの? 私があなたの助手? 私はあなたの妻としてバロウ家に来たのよ? それを……。ずいぶんと馬鹿にした話だとは思わない?」


 ダリアが怒気を含んだ声で言うが、リュシアンは少し口を歪めて困ったような表情を作ったのみでそれを一蹴した。


「この屋敷に居ても暇だろう?」

「なにを言い出すの? 貴族の女性は外で仕事をすることはないのだから。そりゃ、あなたに比べたら誰でも暇よ」


「君は家に閉じこもりきりになっているのは苦手だろう? なににしろ、翠蓮国では医師として働いていたくらいだ。目的意識があり、活気に溢れ、そのためならば人の評判なんて気にしない。そうじゃないのか?」

「……そんなことはないわ」


 強情にもそう言うが、こちらをニヤニヤと見つめるリュシアンには嘘をついているとお見通しのようだ。

 確かに、ダリアは人より身体が丈夫で血の気が多いと自負がある。リタは少しの外出で疲れていたようだが、ダリアは本当は毎日でも出歩きたいのだ。貴族の女性は家にいるのが普通だから、我慢しているというところもある。実家では近くに友人たちが居たので、互いの家を行き来してお茶会をしたり、森へピクニックに出掛けたりできたが、こちらではそうも行かない。妻としてのお披露目もしてもらえない状況では、友人を作ることも難しい。その苦々しさをかみしめていたところではあった。


「新しい助手が見つかるまででいいんだ。少し手伝ってくれないか?」

「嫌よ。それに、手伝ってくれなんて頼むような態度ではないじゃない? そんな顔を斜めに傾けて、こちらを侮るような視線を向けているなんて。俺の手伝いをさせてやるんだ、ありがたく思え、とでもいう態度に見えるわ」


「侮っているつもりはない。それに、頼み方を変えれば引き受けてくれるのか?」

「うーん、お断りだわ」

「おいおい」


 リュシアンは立ち上がりダリアの正面に立つと、その場に跪いた。彼の顔が突然近いところにきて、ダリアはおののき、身体を堅くしてしまう。


「とりあえず一度、王宮に付き合ってくれないか? 俺の仕事のことをなにも知らないだろう? 夫の仕事ぶりを見てみたいとは思わないか?」

「思わないわ」

「本当に強情だな。では、王宮に行ってみたいとは思わないか?」


「あなたが晩餐会などに招かれることがあったら、あなたの妻として同行してあげてもいいわ」

「はあ……そうか」


 リュシアンは項垂れながら立ち上がった。


「まあ、こちらとしても無理強いをするつもりはない。助手として一緒に来いなんて、乱暴な話だとは分かっている。だが、君の力を借りれたらとても助かる、と思ってしまったのだ」

「あら、そう。まあ、ここは私のことを思い出してくれてありがとう、とでも言うべきなのかしら? でも、どう考えても無理がある話だわ」


 ダリアはツンと澄まして言っておいた。リュシアンに言われた、生意気な女性だという言葉を忘れていない。


「もし気が変わったらいつでも言って欲しい」

「……私の気が変わることなんて、太陽が西から昇ってもないと思うけれど」


「君ももちろん知っていると思うが、医師とは人を助けることができる素晴らしい仕事だ。たまにそれが叶わないことがあって自分の無力さに打ちひしがれることもあるが。人助けに力を貸すことは、君が望むことだと思ったのだ。家に閉じこもりきりになっているよりも、ずっといいと思ったのだが」

「さあ、どうかしらね?」


 ダリアはそう言い残して、辞去する旨を告げてリュシアンの部屋を出て行った。

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