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「街中に漢方薬の薬局があって助かったわ。さすがに、自分でどこかからか原料を取ってくるのは大変だから」
さすがに王宮がある大きな街なので漢方薬局があったが、地方都市ではないところも多い。もっと田舎になると、人に聞いても漢方薬局とはなに? という有様である。
薬局店の店主には、この国で漢方を必要としている人は少ないので、こうして何度も買いに来てくださる方がいると助かりますとまで言われた。何度も、と言ってもこれで二度目なのだけれど。
「ダリア様は品質にも厳しい方だから。お眼鏡に適うものがあってよろしゅうございました」
「ええ。翠蓮国から直接仕入れているというから信用ができるわ。店主もいい人だし」
ダリアが翠蓮国では中医学を学び、特に漢方については詳しいのだと言うと喜んでいろいろとおまけをしてくれた。もっとこの国で中医学を広めてください、と言われたが、それは難しそうねと答えておいた。
屋敷に戻ったのは夕方近くだった。
買い物に付き合ってくれた従者は部屋まで荷物を運んでくれた。
「奥様。次からは馬車を頼んだらどうでしょう? 思ったより遠方にある店です。俺はよいですが、奥様が歩くには遠すぎます」
「別にいいのよ。たまには歩かないと」
「執事に頼んでおきます」
彼はそう言って部屋を辞去した。ダリアはリタと顔を見合わせる。
「まるで今まで違う対応で驚きますね。これが掌返し、というのでしょうか?」
リタはそれに少々呆れているという雰囲気だ。
「そこまでのことをしたとも思えないけれど」
「いえ、それは謙遜ですよ、ダリア様。あの事故の日、自分たちはなにもできずに『なんて恐ろしいことが起きた』『もう死んでいるだろう、可哀想に』なんて言って遠巻きに見ているしかできなかったのを、ダリア様がやって来てすぐに無事を確かめて、しかも手早く手当までしたんですから、一目置くようになるのは当然ですよ。きっと彼らには、ダリア様は救世主のように思えたに違いありません」
「そんな、大袈裟ね。でも、なににしてもありがたいわ、こうして買い物を手伝ってくれるし、食事の要望を言っても嫌な顔もせずに引き受けてくれるし、この部屋の掃除も他の使用人が手伝ってくれるようになったんでしょう?」
リタは大きく頷く。今までずっとなにをするにも他の者の手が借りられず、リタにはずいぶんと負担をかけていた。
「今まで異常だったのですわ。なにをそんなにダリア様を拒絶しているのか、よく分かりません」
「うちの素晴らしい若旦那様の妻として、お前のような者は相応しくない、という気持ちだったのではない? どうやらあの男、この屋敷ではずいぶんと信頼されて好かれているみたいだから」
「確かに、それはあるようですわね。こちらとしてみたら、ただの失礼な男、としか思えませんでしたが」
リタがふん、と鼻を鳴らす。
「……まあ、でも、患者にはそこそこ信頼されるだろう医師であることは分かったわ。急病人をああやって手早く手当てする様子を見たら、頼もしいと思ってしまうかも。それに、意外なことに子供にも優しいし」
子供がいらない、と言われていたので、もしかして異常に子供が嫌いだとか、そういう事情だろうかと考えていたが、そうではなく、むしろ子供は好きなようだったではなぜ、と思うが、それを問うとダリアがリュシアンとの子を欲しがっていると誤解されそうで気が進まない。あんな男の子供を産むなんてまっぴらだわ、が今のダリアの気持ちであるから。
そんなことを話しながら購入した物品を片付けていると、侍女のサリーがやって来て、お疲れでしたらなにか甘いものでもいかがでしょうか、なんて言ってきた。ダリアとリタは顔を見合わせてから、そうね、お願いするわ、と言うと、何かを褒められたような表情となった。
サリーの態度も、あの日を境に変わった。こちらに逆らうようなことはなく、気を利かせてこうやってお茶の準備をしてくれることもある。とはいえ、ようやく普通に仕えてくれるというだけで、自分のことも、人のことも、余計なことは話さないし、依然としてなにかの壁のようなものを感じる。しかしリタのように親しくなってくれる侍女が稀であるので、特に気にしてはいなかった。
「ダリア様の留守にリュシアン様が戻られました。ダリア様に用事があったようですが、すぐにまたお出掛けになりました」
「そう。どうせろくな用事ではないでしょうけれど」
ダリアの言葉に苦笑いを漏らして、サリーは行ってしまった。しばらくしてから紅茶とフィナンシェを持って戻って来た。バターの香りが芳醇で、温かい紅茶とよく合う。甘いものを食べると疲れが吹き飛び、くつろいだ気持ちになった。
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