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ダリアに悲劇は似合わない  作者: 伊月十和
第一章 ダリアの結婚
13/78

1-11

「ダリア様、目当てのものがたくさん買えましたわね」


 リタは満足そうに言う。ダリアの買い物なのに、自分の買い物のように、あれはどうですか、これもそろそろ切れていましたわ、とあれこれ言ってくれる。

 ふたりは目抜き通りを歩いていた。盛んに馬車が行き交い、人の数も多い。町外れにある漢方薬局へ行った帰りであった。ふたりが歩く後方には男性の従者がいて、彼は多くの荷物を引き受けてくれた。前回行ったときにはリタとふたりで手分けして持ったが、今日は彼がいてくれるので思う存分買い物をすることができたのだ。


「荷物持ちが付いて来てくれて助かりましたね。前回はいくら言っても誰もお供してくれませんでしたのに」

「そうね」


 ダリアは視線を前方に向けながら小さく頷く。

 以前出掛けたときには、買い物に行きたいから誰かに共をして欲しい、と申し出たが、皆、それぞれの仕事で忙しいからそれどころではないと断られたのだ。侍従見習いがあくびをしながら中庭を歩き回っていたし、馬番が厩の前で居眠りをしていたのにもかかわらず、バロウ家ではそれを忙しく働いていると見なすらしい。仕方なくリタとふたりで見知らぬ道を歩き、なんとか目的の店にたどり着いた。迷ったこともあり、屋敷から徒歩で一時間近くかかり、できればまとめて買い物をしたかったが、リタとふたりではそうともいかなかった。必要なものだけを買って、屋敷に戻った。


「きっと、ダリア様の素晴らしさが分かったからですわね」

「そうかしら? そうだといいけれど」


 そうは言いつつ、あのメイド長の応急処置をしてから、使用人たちのダリアに対する態度が明らかに違ってきた。今まで廊下や庭ですれ違うことがあっても、首を縮め、上目遣いで、仕方なく挨拶をしている、という雰囲気で、通りすがった後にはこそこそとなにやら話している声が聞こえてきたというのに。

 それは、バロウ家の使用人の治療を優先した、ということが好ましく捉えられたという事情もありそうだ。しかもメイド長と一悶着あったことは、皆が知るところであるだろう。それを助けたということもダリアの評価が上がった原因だと思われる。ダリアとしてはより重傷の者を優先しただけだが。


 メイド長は翌日には起き上がれるようになり、その翌日からは食事もできるようになった。そして、様子を見に行ったダリアに、丁寧に礼を述べた。ダリアは自分の命の恩人である、今までのご無礼、大変失礼いたしましたと謝られた。そんな謝罪だけで私が受けた差別的な言動は許されないわよ、と思ったが、『いいのよ、私は怪我人を差別することはしない主義だから』と澄ました顔で言っていた。

 それから、本来ならば自分よりもお客様を救護するべきだと言われた。それなのに私を優先するなんてどうかしている、と。しかしそれは咎めているのではなく、呆れつつも好ましく思っているような響きがあった。だからダリアは、それはそうね、と軽く応じておいた。


 そして怪我をした頭と腕が痛むと言うので、甘草と芍薬を煮出した薬を飲むようにとすすめた。こんな苦い薬を飲ませるなんて、やはり私のことを怒っているのですね、と、この前の勢いはどこへやら、そんな気弱なことを言われたので、命の恩人がすすめているのだから騙されたと思って飲んでみてと言って飲ませた。その夕方には、薬を飲んでしばらくしたらすうっと痛みが引きました。あんなものが効くとは思いませんでしたと言われた。あんなもの、というところには引っかかったが、怪我人だから手加減しようと敢えてそこには触れずにいると、また痛み始めたので薬をいただけませんか、と丁寧に頼まれたので、同じように薬を煮出して飲ませた。


 そして部屋を立ち去るときに、


「私はすっかりダリア様のことを誤解しておりました。情け深くて素晴らしい方だと、他の使用人にも、大奥様に伝えておきます」


 そう言って穏やかな微笑みを浮かべてきた。

 そのおかげなのか、使用人達の態度が軟化し、朝食にベーコンが出てくることもなくなった。それどころか、料理長がわざわざ食堂までやって来て、今日の朝食はいかがですかと聞いてくるほどだった。そして充分な朝食がとれて、朝から気分がいいわ、と言うと満足そうに微笑んで厨房に戻っていった。掌返しが怖いくらいである。


 イレーヌには怪我人の手当をしたことについて、一応、客人の前では『素晴らしい妻』扱いされた。

 客人の孫達のせいで死ぬところだったバロウ家のメイド長の命を救い、息子の手当もしたのだ。彼女の前ではそう言わざるを得なかったのだろう。


 後になってから『侯爵家の嫁らしからぬ行動です、血まみれになりながら怪我人を介抱するなんて。あなたのお国ではどうだったか知らないけれど、それは使用人か、医師の仕事です。余計なことはしないように』とみっともない妻扱いをされ、更に『あなたが翠蓮国では医師の仕事をしていたとは聞いています。しかし、そんな民間医療のような、効くか効かないか分からない治療など、それはこの国では通じません。二度と医師のまねごとなんてしないように』と釘を刺された。


 どうやらダリアの行為はイレーヌが望むバロウ家の妻としては失格だったらしい。それとも、なにか言わないと気が済まない性格なのだろうか。


 リュシアンはあの後すぐに王宮に戻ってしまい会っていない。少しはこちらに敬意を払うようになったのか。……いや、あのイレーヌの反応からして分かるように、余計なことをして、と思っている可能性が高い。期待していると裏切られたときに受ける衝撃が大きい。またムカムカして眠れなくなるかもしれない。バロウ一家には一切の期待をしない方がいい、と心に言い聞かせた。

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