1-10
「ええ、見ておりました。私たちはなにもできずにただ見ていただけですが、奥様はすぐに怪我人の状態を確かめて、他の方達に素早く指示してこちらの部屋まで運んでくださって。素晴らしいドレスが血だらけで……」
「赤だからそんなに目立たないわよ。それに、洗えば落ちるわ」
そうダリアが言うと、リュシアンがぷっと噴き出した。なにがおかしいのか分からないが、澄まし顔で微笑んでおいた。
「お気遣いありがとうございます。なんて優しい奥様でしょう、旦那様は幸せ者ですね。こんな頼もしい上に、優しい奥様をお迎えできて」
「ああ、そうだなあ」
リュシアンは白々しくそう言ってダリアへと視線を向けた。ダリアが得意げに微笑むと、視線でそれを制した。
「あの……僕たち……」
男性の背後から幼児がふたり顔を覗かせた。真っ青な顔をして、気ぜわしげに横たわる女性の方を見ている。
「僕たち……とんでもないことをしちゃって」
「僕たちが像を倒したせいで……」
そう言ってきゅっと口を噤んだ。
その言葉から察するに、この屋敷に来てからというもの、三階にあるダリアの部屋まで響いてくるような大きな音を立てながら走り回っていた彼らが誤って像を倒してしまい、そのせいで彼らの叔父である男性と、メイド長に大怪我を負わせてしまったのだろう。現場にいたとしたら、彼女が倒れて大量に出血したのを見たはずだ。かなりのショックを受けたことだろう。
リュシアンは彼らの元まで歩き、しゃがみ込んでその大きな手で彼らの頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「大丈夫だ。血がいっぱい出たからびっくりしたと思うが、頭を怪我すると血がいっぱい出てしまうんだ。だけど、人の身体はずいぶんと丈夫にできていてね。あのくらい血が出たくらいで死んだりはしない」
彼らは顔を見合わせて、うなずき合ったが、それでも泣きそうな顔は変わらない。小さいなりに、自分たちがとんでもないことをしてしまったことを理解しているのだろう。
「でも、僕たちのせいで……」
「これは事故だ。あの像を、あんな玄関ホールに置いていた当家にも責任がある。君たちが来ることは知っていたのだから、撤去しておくべきだった。だから、君たちのせいじゃない」
「うん……」
「でも、それでも責任を感じているのならば、慣れない場所にきて興奮しているのは分かるが、お母様たちの言うことを聞いて、もっと行儀よくすることだ。分かったか?」
リュシアンが微笑むと、子供達はリュシアンに抱きついた。彼はその背中を優しく撫でた。
「あの……それから、どうやらその女性は若旦那様を庇って像の直撃を受けてしまったようでして」
「ああ、そうだったのか?」
「ですのに、若旦那様と来たら……その女性よりも先に自分を治療しろなんて。大変失礼いたしました。奥様もそのことを聞いて、かなり憤慨しておりました。後で正式に謝罪があると思いますが」
そう言って深々と頭を下げた。
どうやらイレーヌの友人であるその奥様も、そのような思慮がある人物のようで安心した。
「では、坊ちゃん達、治療の邪魔になりますからもう行きましょう。侍女が迎えに来ていますよ」
そうして扉の向こうに控えているらしき侍女たちの元へと彼らは走って行った。
扉が閉められたのを確かめてから、男性が再び語り出す。
「若旦那様も、痛みで興奮していたようですが、今はだいぶ落ち着かれて部屋で休んでおります。なにもかもありがとうございます、手際のいい手当てのおかげて助かりました」
「礼ならば我が妻に。すぐに怪我の状態を確かめて、腫れた箇所を冷やすようにと指示したのは妻です。俺は添え木を当てただけだ」
「いえ。あなたがすぐに帰ると分かっていれば手出ししませんでした。差し出がましいことをしました」
「この通り、奥ゆかしい妻を持って俺は幸せ者だ。さあ、晩餐会を続けるように伝えて下さい。君は着替えて来たらどうだ? 彼女は俺が見てるから」
確かに、リュシアンがいるならばダリアはもうこの場に不要なように思えた。
「ええ、お言葉に甘えて」
「ああ、よくやってくれた。感謝する」
リュシアンはこちらを見ずにそう言って、大きく手を振った。ダリアはそれを一瞥してから部屋を出て、まっすぐ自室へと向かった。
★気に入ってくださったら、評価、ブックマーク、いいね、いただけると励みになります。