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ダリアに悲劇は似合わない  作者: 伊月十和
第一章 ダリアの結婚
11/78

1-9

「玄関ホールにある像が倒れてきて、それに巻き込まれて頭と腕を傷つけたの。出血は酷いけれど、止血したからもうほとんど止まっている。脈拍が弱いけれど、ショック状態ではないわ。たぶん大丈夫、だけれど、心配だからあなたが診て」


 そう早口で告げると、リュシアンはすぐに了解したとばかりにダリアと場所をとって変わった。

 リュシアンが怪我人を診ている間に、ダリアは使用人に指示して別の部屋から燭台を持ってくるように言い、そこに火を灯して周囲を明るくした。それから、先ほど指示したお湯を使用人が持ってきたので、それをテーブルの上に置いた。さらにたらいを持ってくるように指示をすると、彼女はすぐに応じて求めるものを持って来てくれた。


 リュシアンはメイド長の瞼を開けた。恐らくは瞳孔の様子を確かめるのだろうと察しだダリアは燭台の火を彼女へと近づけた。リュシアンがこちらを振り向いて、一瞬だけ怪訝な表情を向けてから、再び怪我人に目を向けた。


「清潔な布で血を拭ってから包帯で巻きたい」

「お湯なら沸かせているわ。煮沸消毒が必要なら頼んで来るけれど」

「いや、とりあえずこの布を湯でかたく絞ってくれ」

「ええ」


 言われた通りにしてリュシアンに渡す。リュシアンは慎重な手つきで傷口の血を拭って、ガーゼで傷口を押さえ、包帯で巻いていった。その手つきはさすがに手慣れたもので、本当にこの人は医者なのかと疑っていたが、間違いなく医者であり、しかも手際がよく、かなり優秀であることは見ているだけで分かった。


(……なんだか悔しいわ)


 しかしそんなことを思っているうちにもリュシアンはてきぱきと手当をしていった。そのうち、メイド長は意識を取り戻した。酷く頭が痛む、と訴えるとリュシアンは恐らく気付け薬のようなものを彼女に飲ませた。それで落ち着いたのか、彼女は目を閉じた。寝てしまったようだ。


「とりあえずは問題ないようだ。頭を打ったのでしばらくは急変しないか気をつけてみていく必要があるが」

「ええ、そうね、よかったわ。ところでもうひとり怪我人がいるのだけれど」

「そうなのか? それを早く言え」


 リュシアンはそう言うと、彼女のことを見ておくようにとダリアに言い置いて部屋を出て行った。

 そうしてしばらくしてから戻ってきたリュシアンは、なんだかすっかり疲れ切ったような表情となっていた。


「大したことがない単純骨折だった。冷やしたおかげで腫れもだいぶ引いていた。添え木をして安静にしておけば治る。本人は痛い痛い、このまま死ぬかもしれないと喚いていて、なぜあんな使用人の女よりも前にこっちを治療しないんだと声高に言っていたので……」


 それをリュシアンに責められるだろうか、とダリアは心の中でため息を吐き出した。

 それが普通なのだ。目前にふたりが倒れていて、ひとりが貴族、ひとりが使用人だったら、状態がどうあれ貴族の方を先に助ける。使用人はいくらでも替えがきく、貴族は選ばれた者であり、庶民とは違うという身分差別が色濃くある現状なのだ。


「……とりあえず添え木を当てるときに、渾身の力を込めて包帯を巻いておいた。凄まじい叫び声を上げたので、ああ、すまんすまん強く絞めすぎたと言って緩めておいたが。ああいう奴は好かん」


 リュシアンははっきりと言い捨てた。

 それを聞いたダリアは、ああ、自分と同じ感覚を持った医師がいるのだと好ましく思った。リュシアンは王宮医ということもあり、当然身分が高い者を優先するものだと思っていたが、そうではなかった。それが余計に好ましく思えたが、それを口に出すことはしなかった。


「……そう、それだけ元気があるならば、安心ね」

「そうだな。ところで彼女は変わりないようだな。当家に長く仕えてくれている者だ、万が一のことがあってはいけない」


 その言葉もダリアには好ましく響く。この身分差の厳しい社会では、使用人を物のように扱う者が多い。しかしどうやらリュシアンはそうではないようだった。


「そうね。執事には、今夜のところは別の部屋で寝て貰うのがいいわね。彼女はこのまま動かさない方がいいわ。あなたから言ってくれる? 私よりもいいでしょう」

「ああ、そうだな」


 そんなことを話していると、遠慮がちに扉が開かれた。


「あの、よろしいでしょうか?」


 入ってきたのは見覚えのない、年嵩の男性だった。恐らくは客の侍従であろう。


「どうでしょう? もう命の心配はないだろう、と聞きましたが」

「ああ、血は止まっているし、意識もある。今は寝ているだけだ。頭に大きな怪我を負ったが、すぐに処置できたから問題はない。しばらく安静は必要で、急変の可能性もないとは言えないが、恐らくは大丈夫だろう」


 リュシアンが端的に説明すると、彼はほぅっと胸をなで下ろした。


「おかげで助かりました! とんでもない事故でしたが、不幸中の幸いというべきか……。全てリュシアン様のおかげです、この事故が他の屋敷で起きたら、そこの女性の命はなかったかもしれません! 訪問先の使用人をそのようなことになったら、と当家の奥様も心配されていたのですが、とりあえずは安堵いたしました」

「……いや、ほとんどは俺ではなくそこの女が……」


 そう言いかけて、リュシアンは咳払いをして、苦虫を噛み潰したような表情となった。


「いや、俺の妻が」

(あら、悔しいけれど、俺の妻って少しいい響きね)


 そう思いながらゆるく微笑んでおいた。

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