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第4章 第14話

「しかしまぁ……あんなのが本当にいるとはなぁ。都市伝説くらいに思ってたけど」

「私も自分があんな目に遭うとは思っていませんでした」


修也たちは一休みするために飲み物を買って備え付けのベンチに座っていた。


(いや……蒼芽ちゃんだったらいずれこういう場面には遭遇することになってた気がする)


呟く蒼芽に対して修也は声に出さずそう思う。

修也から見て蒼芽は美少女と言っても差し支えない容姿をしている。

修也の『力』を知っても全く動じない心の広さを持ち合わせるなど、性格も申し分ない。

さらに水着姿を見たことでスタイルも悪くないと知った。

まぁ修也的にはスタイル云々はあまり関係無いが、第三者からするとそうでもない奴も少なくないだろう。

そんな非の打ちどころが見つからない蒼芽だ。

むしろ今までそういう場面に遭遇しなかったことの方が不思議なくらいだ。


「でもおねーさんを助けに行くおにーさん、カッコ良かったよー!」


そんなことを考えている修也をよそに、由衣は目をキラキラさせながら修也に詰め寄る。


「あ、それは私も思いました。やっぱり修也さんは頼りになりますね」

「そ、そうか……? 結局アイツらを追い払ったのは俺じゃないけど」

「修也さんが私を助けに来てくれたのは紛れもない事実じゃないですか」

「まぁ、それは」

「おにーさん凄いよねー! あんな怖そうな人にも気にせず向かっていけるんだもん」

「蒼芽ちゃんがピンチに見えたからな。それに……」


修也はそう言いながら今までの事件を思い返す。

ナイフや拳銃を持った不法侵入者や大きなハンマーを振り回す男。

集団で暴行を加えようとしてきたガラの悪い男たち。

そんな悪意や狂気に溢れた奴らと対峙してきた修也にとって、ただチャラいだけで敵意も無いあの程度なら怖くも何ともない。

敵意があっただけ猪瀬の方がまだマシなレベルだ。


「……うん、順調に感覚が麻痺してんな」

「え?」

「どう考えたって俺の身の回りで起きてることは普通じゃないだろ」

「あ、あはは……」


修也の言葉に苦笑いする蒼芽。


「やっぱりおにーさんは癒し系なんだよー! 側にいたら安心できるしー」

「うんうん、分かるよ由衣ちゃん。修也さんの頼もしさはハンパじゃないよね」

「それは癒し系とはちょっと違う気がするんだが……」


癒されるのと頼もしいのとではジャンルが違うのではないかと修也は思う。


「てか由衣ちゃん、君はどうしても俺を癒し系にしたいのか」

「うんっ! だっておにーさんなんだもん!」

「いや意味が分からん」

「私は分かる気がします。……だって修也さんの事を悪く言われるのは嫌ですから」


由衣の謎理論に頭を抱える修也の横で蒼芽にしては珍しく顔を歪めてそう言う。

さっきのナンパ男たちの言ったことを思い出しているのだろう。


「……うん、まぁその気持ちはありがたいし嬉しいけど、だからってアイドルだとか英雄だとか神だとか必要以上に持ち上げられるのはそれはそれで落ち着かないからな?」

「あ、あはは……」


修也の言葉に蒼芽は再び苦笑いを浮かべるのであった。



「さて、休憩もそろそろ終わりにして次何しようか?」


空になった紙コップをゴミ箱に捨てる為にベンチから立ち上がりながら尋ねる。


「それだったらこのゴムボートを使って流れるプールに行ってみませんか?」


蒼芽がスライダーに乗る時にレンタルしたゴムボートを持ってそう提案する。


「あっ! 行きたーい!」


それを聞いた由衣が瞳を輝かせる。


「それじゃ行こうか。ゴムボートは俺が持つよ」

「あ、ありがとうございます」


修也は蒼芽からゴムボートを受け取り、『流れるプールはこちら』と書かれた案内板を頼りに歩きだした。

蒼芽と由衣もそれに続く。

程なくして修也たちは流れるプールがある場所にやってきた。

のだが……


「……何か俺の想像してた流れるプールと違う」

「私の想像とも違いますね……」


修也と蒼芽は目の前の光景を見て唖然としている。

2人はループ状になっていてその中をゆっくりと水が流れているプールを想像していた。

だが実際は幅が広く傾斜が緩やかな坂を水が勢いよく流れているプールだったのだ。


「これ、流れるプールというより急流下りじゃあ……?」

「一応流れてるしプールでもありますけどね……」

「この施設、スリルを追求する傾向でもあるのか……?」


遊園地ゾーンの最恐ジェットコースターや直滑降ウォータースライダーを思い出しながら修也は呟く。


「と言うか俺のイメージする流れるプールもあったはずだ。それを探そう」


このプールに足を踏み入れた時に見かけたような気がした修也はそう言ってUターンしようとしたのだが……


「えー、せっかくだったらこれもやっていこうよー」


由衣が不満そうに口をとがらせて異を唱えた。


「……由衣ちゃんはこれやってみたいのか?」

「うんっ! だって面白そうだもん!」

「いやしかし……」


期待に目を輝かせている由衣を前にして修也は悩む。

ここで蒼芽を置いていくとさっきの二の舞になりかねない。

しかしこの類のアトラクションがあまり得意でないという蒼芽に無理をさせるわけにはいかない。

だからと言って由衣1人で行かせるのもそれはそれで心配だ。


「良いよ由衣ちゃん。じゃあ列に並ぼっか」

「うんっ!」

「え」


葛藤する修也をよそに蒼芽は由衣と話を纏めてしまった。


「……大丈夫なのか蒼芽ちゃん?」

「まぁきっと何とかなりますよ。でも……」


小声で耳打ちする修也に対して静かに頷く蒼芽。

だがその後少し言葉を濁して蒼芽が1歩修也に近づく。


「……滑ってる間は修也さんの腕をつかませて貰ってて良いですか?」


そして少し表情を引きつらせながらそう言った。


「やっぱ無理してんじゃねぇか!」

「だ、大丈夫ですよ、修也さんが側にいれば。それに由衣ちゃんがあれだけ楽しそうにしてるのに水を差す訳にもいかないですから」

「まぁその気持ちは分からんでもないが……」


確かに由衣は先に滑り降りていく人たちを楽しそうに見ている。

そんな由衣に『やっぱりやめよう』とは言い辛い。


「おにーさんおねーさん、順番が来たよー!」


前に並んでいた人がいなくなり、由衣が一足先にスタート地点へ駆け出していく。


「……じゃあ行くか」

「は、はいっ!」


修也の言葉に緊張気味に頷いた蒼芽は修也の左腕をつかむ。


「ようこそー。何名でご利用ですか?」

「3にーん!」


スタート地点に控えていたスタッフのお姉さんの質問に由衣が指を3本立てて答える。


「ゴムボートなどの乗り物は……今持ってるそれで良いですか?」

「あ、はい。参考までに聞きたいんですがゴムボート以外にもあるんですか?」


スタッフのお姉さんの口振りから他の選択肢もあるのだろうかと気になった修也は聞いてみる。


「ありますよ。ビート板を抱えていく人もいますし、何も使わない人もいますね」

「マジか……何というチャレンジャー」

「ではゴムボートをここに置いて乗ってください」


そう言ってスタッフのお姉さんは仕切りに囲まれているため池状のスペースに手を向ける。

どうやら準備完了したところで前の部分が開き滑り落ちる仕組みになっているようだ。


「よいしょっと」


お姉さんに指定された場所にゴムボートを置き、まず由衣が飛び乗った。

続いて修也が乗り、最後に蒼芽が修也に手を引かれて乗り込む。


「それでは行きますよー! 振り落とされないように気を付けてくださいね」

「振り落とされる可能性があるんですか!?」

「彼女さん、彼氏さんにしっかりつかまっててくださいねー」

「あ、はいっ」


修也の突っ込みをスルーして蒼芽に注意を促すお姉さん。

蒼芽は頷いて修也の腕をつかむ手に力を入れる。


「では行ってらっしゃい!」


そう言うと同時にお姉さんが手元にあるボタンを押す。

すると修也の想像通りスペースの前方がパカっと開き、修也たちを乗せたゴムボートは滑り落ちていった。


「うおおおお!? 結構勢いあるな!?」


想像以上のスピードに修也は少し焦る。

本来なら左腕につかまっている蒼芽の柔らかい感触が気になるところではあるが、そちらに気を回す余裕は無い。


「でも面白いよー!」


一方の由衣はゴムボートの先頭につかまりながら楽しそうに笑っている。


「あっ! 見ておにーさん、道が分かれてるよー!」

「あ、ホントだ」


由衣に言われて前方に目を向けてみると、確かに道が左右2つに分かれている。

当然だがゴムボートにハンドルはついていないので操作はできない。

どちらに行くかは運任せだ。


「おにーさん、右に行ってみようよー」

「いや操作できないんだから水流に任せるしかないだろ」

「と言うかどうして修也さんも由衣ちゃんも普通に会話できるんですかぁぁぁ!?」


割と余裕がある修也と由衣に対し、蒼芽は必死の形相だ。

まぁ制御の効かないゴムボートに乗って高速で滑り降りているのだから無理も無い。


「いや、何か慣れた」

「早すぎですよぉぉぉ!?」


最初こそ少し焦った修也ではあるが、スピードが安定すればなんて事は無い。

元々動体視力がずば抜けて高い修也はこれくらいのスピードなら十分脳内の処理が追いつく。

そうこうしているうちにゴムボートは分岐を右に進む。

進んでいるうちに道は少し狭くなり、階段状になっているのか少し揺れる。


「あはははは! 楽しいねーおにーさん! ……あれー?」


ゴムボートに合わせて体を弾ませながら由衣は笑っていたが、何か気になるものを見つけたのか疑問顔になる。


「ねーねーおにーさん、道が無くなってるよー?」

「え?」


確かに由衣の言う通り、先の道が途中でぷっつりと途切れて崖になっている。

もちろんただのゴムボートにブレーキなどついているわけ無いので、修也たちはそのまま崖から飛び出した。

その勢いでゴムボートから投げ出される修也たち。

ただ落差は2メートルも無かったのですぐ下のプールに着水した。


「……ぷはぁっ! いやぁ中々スリリングだったなぁ」


すぐに水面から顔を出した修也はゴムボートを回収しつつ水深の浅い場所へ移動する。


「ねー、面白かったねおにーさん!」


由衣もにこにこと笑いながら修也の側にまでやってきた。


「私は生きた心地がしませんでした……」

「あー……途中から何も喋らなくなってたもんなぁ」


一方の蒼芽は少しぐったりしている。

流石に修也にくっついていたからとは言え限度があるようだ。


「ところで蒼芽ちゃん、大丈夫か?」

「え? 何がですか?」


修也の質問の意図が読めず首を傾げる蒼芽。


「いやこういう時のお約束でさ、そういう水着着てると水に飛び込んだ時の衝撃とかで水着が外れてしまうってハプニングがあったりするだろ?」

「えっ!? ……うん、大丈夫みたいです」


修也の言葉にハッとなった蒼芽が自分の体を見回すが、特に問題はなさそうだったので安堵のため息を吐く。


「ところで前から思ってたんですけど、修也さんってそういうお約束系の例をよく出してきますよね。そういうお話が好きなんですか?」

「いやぁ引っ越す前は」

「はい次行きましょう! そろそろお昼ご飯の時間ですね!!」

「えぇー……」


修也が引っ越してくる前の話をしようとした瞬間に話を強引に打ち切る蒼芽。

修也の引っ越し前のエピソードはロクなものが無いからという判断なのだろう。

そして実際にその判断は間違っていない。


「うん、私もお腹空いたー」


蒼芽の意図を読んだわけではないだろうが、由衣も蒼芽に同意する。


「じゃあ昼食べに行くか」

「はいっ」

「うんっ!」


蒼芽と由衣が頷いたので修也も立ち上がり、飲食できるスペースへ向かい歩き始めた。



飲食スペースは建物の隅の方に設置されていた。

そこには縁日で見るような屋台がいくつも並んでいる。

座って食べる為の椅子と机もいくつか用意されていた。


「由衣ちゃんは何食べるの?」

「えっとねー、かき氷ー!」

「……それ昼食になるのか? せめてちゃんとしたもの食べた後にデザート的な位置で食べた方がよくないか?」

「あ、そっかー。んーとねー……じゃあ焼きそばー!」


最初はかき氷を食べようとした由衣だが、修也に指摘されて焼きそばに変更する由衣。


「蒼芽ちゃんは?」

「そうですね……じゃあたこ焼きで。修也さんはどうしますか?」

「俺も焼きそばとたこ焼きにしようかな」

「おにーさんすごーい! 2つも食べられるんだー!」


修也が焼きそばとたこ焼き両方を食べると聞いて目を輝かせる由衣。


「まぁそれくらいは。でも……これ以上に食べる人を俺は2人知っている……」

「ほえ?」

「あはは……」


遠い目をしながら呟く修也に疑問顔の由衣と苦笑する蒼芽。


「霧生と美穂さんならここの屋台全制覇くらいやってのけるかもしれん」

「それは…………なくもなさそうですね……」


2人の食事量を知っている蒼芽が修也に同調する。


「まぁそれはどうでも良いや。早いとこ買って食べようか」

「そうですね」

「うんっ!」


修也の言葉に2人は頷き、まずは近くにあった焼きそばを確保するために列に並ぶことにするのであった。

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