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第4章 第13話

「おぉ……結構しっかりした作りになってんだなぁ」


更衣室前で蒼芽と由衣と別れて水着に着替えた修也は一足先にプールにやってきた。

中は想像以上に広く、プールも普通のプールだけでなく波の出るものや流れるもの、幼児向けの水深の浅いものなどもある。

中でも一際目を引くのが大きなウォータースライダーだ。

子供から大人まで皆が楽しめるような施設となっている。

屋内なので空調もしっかり整備されているし、全面ガラス張りなので明るさも申し分ない。

プールサイドには屋台風の飲食店も建っており、水着のまま食事を楽しめるようにもなっている。

それゆえか季節的にはまだ泳ぐには少し早い時期であるのにも関わらず、そこそこの人が遊びに来ていた。


「……なるほど、それでこのシステムなのか……」


修也は自分の左手首に巻いているロッカーのカギを見ながら言う。

このカギを受け取った時にスタッフからプール内での買い物は全てカギにプリントされているQRコードで行うと説明されていた。

そしてカギを返却する時に纏めて清算するとのことだ。

プール内に財布を持ち込む訳にもいかないのでこういう方式が取られているのだろう。


「……ということはさっきオーナーに貰ったチケットはその時渡せば良いのか?」


オーナーは1回分の会計が無料になると言っていた。

しかし最後に纏めて会計するということはプール内でどれだけ買い物しようが会計は1回だけだ。

つまりどれだけ飲み食いしようが費用はかからないということになる。


「……意図せずまた豪華すぎるお礼になってしまった気が……」


そのことに気づいた修也が呆然としていると……


「おにーーーさーーーんっ!!」

「ぐへぇっ!!?」


修也の背後から声と衝撃が同時にやってきた。


「おにーさんお待たせー!」


背中から由衣の声が聞こえる。

そして修也の腰に由衣の物と思われる腕が巻き付いてきた。


「……いやホントいつの間に俺の背後に回り込んでんだ由衣ちゃん……」


相変わらずの由衣のステルス性能に感心半分呆れ半分の修也。

自分の気配察知能力にはそれなりの自信があったのだが、こうもあっさりと背後を取られるとその自信も揺らぐというものだ。


「お待たせしました修也さん」

「っ!」


由衣から遅れること数分、蒼芽も修也の所にやってきた。

当然と言えば当然だが、蒼芽は先日買った水着を着ている。

幾分か見慣れはしたものの、やはり目のやり場に困る。


「い、いや大丈夫。そんな大して待ってないから」

「やっぱりおねーさんのあの水着可愛いよねー、おにーさん」

「あ、あぁそうだな……って、ん?」


由衣の問いかけに多少ドギマギしながら相槌を打つ修也だが、ひとつ気になることが出てきたので、意識をそちらに向ける。


「……由衣ちゃん、結局君は新しい水着を買わなかったのか?」


修也の気になること。

それは、由衣がモールの特設コーナーで試着していた水着を着ていなかったことだ。


「あー、うん。買おうか迷ったんだけどー、あれ買ったらお小遣い無くなっちゃうからー」

「あ、そうなの?」


修也は値札をちゃんと見ていなかったが、中学生には少々厳しい値段だったのだろう。


「それに水着だったら学校で使ってるのがあるしー」

「あ……それやっぱり学校の水着なのか」


今由衣が着ているのは、紺一色のいわゆるスクール水着というやつだ。

確かに以前蒼芽が言っていたように機能性重視でデザインは地味で装飾は全く無い。


「でも由衣ちゃんも蒼芽ちゃんみたいな水着着てみたいと思ったりしないのか?」

「んー……でもおねーさんの水着を私が着たらおっぱいの所がぶかぶかになっちゃうからー……」

「いや別に蒼芽ちゃんの水着を着ろとは言ってないよ?」

「おにーさんはおねーさんが着てるような水着の方が良いのー?」

「いやそうじゃなくて、本人が気に入ってるんならそれで良いと思うぞ。蒼芽ちゃんはそれが気に入って買ったんだろ?」

「あ、はい。それはもちろん」

「だから由衣ちゃんがああいうのを着てみたいと思うならそれでよし。思わなくてもそれはそれでよしってところだ」

「ほえー……」


修也の言葉に由衣は分かったような分からないような、そんな曖昧な相槌を打つ。


「ま、それはさておいて早速遊ぶか」

「あ、うんっ!」

「はいっ!」


場の空気を切り替える修也の言葉に大きく頷く2人。


「で、まずは何やる?」

「あれ! あれが良いー!」


そう言って由衣が指さしたのはウォータースライダーだ。


「おぉ……いきなりか」


修也はかなりの存在感を放っているそれを見上げる。

先日詩歌たちと行った時に見た最凶ジェットコースターに比べればかなりマイルドではあるが、それでも中々迫力がある。


(……というかアレに比べりゃどれもマイルドに見えるな……)


あのジェットコースターのインパクトと絶叫にも近い悲鳴は未だに修也の脳裏にこびりついている。


「ほらほら行こーよ、おにーさんおねーさん!」


急かす様に修也と蒼芽の腕を掴んで引っ張る由衣。

そのままスライダーの入り口まで駆け足で進んでいたが、入り口でその足を止めた。


「ん? どうした由衣ちゃん」

「ねーねーおにーさん、これ2つコースがあるみたいだよー?」


そう言って由衣が指さした先には、確かに入り口が2つある。


「あれホントだ。えーっと……『スピードコース』と『エンタメコース』……何だそりゃ?」


修也が入り口にかけられている看板を読む。


「何々……? スピードコースはとにかくスピードとスリルを追及したい人向けで、エンタメコースはわいわいと楽しみたい人向け……だってさ」


つまり目的によってスライダーのコース概要が違うのだろう。


「……あっ! こっちのコースはおっきなゴムボートに乗ってみんなで滑れるみたいだよー!」


由衣が看板の一点を指さしながら言う。

確かに由衣の言う通りゴムボートの貸し出しを行っていて、複数人が同時に滑ることができるようになっているようだ。


「へぇー……だったら借りて3人で滑ってみるか?」

「良いですね、やりましょう!」

「うんっ! やってみたーい!」


修也の提案に笑顔で頷く蒼芽と由衣。


「えーっと、ゴムボートは上で借りられるのか」


どうやら上った先に貸し出し所があるらしい。


「じゃあ行くか。滑らないように気をつけてな」


そう言いながら修也はエンタメコースの入り口をくぐった。

蒼芽と由衣もそれに続く。

入り口からしばらく歩くと突き当たりにエレベーターの扉が姿を見せた。

どうやらこれで一気に上に行くようだ。


「……俺てっきり階段使うもんだと思ってたよ」

「流石にあの高さでそれは……」


エレベーターに乗って上に向かう途中、ぽつりと呟く修也に蒼芽が応える。

確かにスライダーは中々高い位置から始まっていた。

修也は別に気にしていなかったが、小さな子供とかが繰り返し利用したりすると馬鹿にできない高さになる。


「見て見ておにーさん! このエレベーターガラス張りだよー!」


由衣の指摘する通り、エレベーターはガラス張りで外の様子がうかがえるようになっている。


「……なるほど、そういう細かいところでも楽しめるようになってるのか」

「確かにこういうのって外が見えるとなんだかワクワクしますよね」


施設の細かい気配りに関心する修也と蒼芽。

エレベーターに乗り込んだ3人はスライダー入り口があるフロアまで上がった。


「いらっしゃいませー。ゴムボートのレンタルはこちらですよー」


エレベーターから降りてすぐのカウンターには水着姿のスタッフのお姉さんが控えていた。

お姉さんは修也たちの存在に気付いて手を大きく振る。


「お客様は3人ですね? だったら1番小さいサイズをどうぞ」


そう言ってお姉さんはカウンター内に並べられていたゴムボートの内一番小さなものを修也に渡してくれた。


「ありがとうございます。これ、返却は……」

「近くにいるスタッフに渡してくれれば結構です。そのままプールに持ち込んでも良いですよー」

「分かりました」


修也はお姉さんに礼を言い、早速ゴムボートをセットする。


「よし……蒼芽ちゃん由衣ちゃん、乗ってくれ」

「あ、はい」

「はーい」


修也の言葉に頷いて2人はゴムボートに乗り込む。


「よろしかったら押しましょうか?」


そして修也が押しながら乗り込もうとしたら、カウンターにいたスタッフのお姉さんが声をかけてきた。


「あ、良いんですか? じゃあお願いします」


押すのはお姉さんに任せ、修也はゴムボートに乗り込む。


「ではしっかりつかまっていてくださいねー」

「はい」

「うんっ!」


スタッフのお姉さんの言葉に蒼芽と由衣は頷きそれぞれ修也の腕をしっかりとつかむ。


「……いや何で俺? こういう時ってゴムボートにつかまるもんじゃないの?」

「だって修也さんにつかまってた方が安心できるんですもん」

「そーだよねー。おにーさん癒し系だもん」

「いやいやおかしいって」

「はっ! でもこれだと安心しすぎてスリルが味わえません!」

「知らん知らん」

「準備はできましたか? ではいってらっしゃーい!」


そう言ってお姉さんはゴムボートをスライダーに押し込んだ。


「え、いやこれは準備できたとは言わなああああぁぁぁぁ」


修也はまだ心の準備ができてなかったがそんなことお構いなしでゴムボートはスライダーを滑り落ちていった。


「……あーあ、私もあんな彼氏が欲しいなぁー……」


修也たちが滑り落ちたスライダーをぼんやりと見つめながらぽつりと呟くスタッフのお姉さん。

お姉さんは顔もスタイルも悪くない。

そして万が一のトラブルに備えられるようにプールで働くスタッフは水着の着用を義務付けられている。

ただどんな水着を着るかは自由なので、このお姉さんに限らず女性スタッフは皆結構露出の多い水着を着ている。

開放的な場所なのであわよくば良い出会いを……という願望が込められているらしい。

しかしこのお姉さんの担当範囲にやってくるのは大体子供かカップルなので出会いの機会が全くと言って良いほど無い。

だから楽しそうな修也たちが羨ましくてゴムボートを押す手にちょっと力が入ったのはお姉さんだけが知る秘密である。



右に左に曲がりくねるスライダーの中を修也たちを乗せたゴムボートは滑り降りていく。

楽しむこと重視の設計だけあってかスピードは大したことは無く、辺りを見回す余裕もある。

それは蒼芽と由衣も同じのようで、ゴムボートが大きく曲がるたびに楽しそうにはしゃいでいた。

そうしてしばらく滑り降りた後、ゴールであるプールにまで降りてきた。


「楽しかったねー、おにーさんおねーさん」

「そうだね、スピードもちょうどいい感じだったしね」

「ねーねー、もう一つの方も行ってみようよー」

「え……」


由衣の提案に少し蒼芽の表情が固くなる。


「わ、私はちょっとスピードとスリルは……ここで待ってるから由衣ちゃんと修也さんで行って来たら?」

「分かったー。じゃあ行こ、おにーさん!」


蒼芽の言葉に頷いた由衣は修也の手を取り、再びスライダー入り口に向かって駆けていった。

そして数分後……


「あー楽しかったー! さっきと比べて凄く速かったねおにーさん!」

「……というかほぼ直滑降じゃないか。角度も大分きつかったし」


楽しそうな表情の由衣と怪訝な表情の修也が戻ってきた。

しかし蒼芽はそこにはいなかった。


「……あれ? 蒼芽ちゃんはどこ行った?」


蒼芽の姿が見当たらないことに気付いた修也が辺りを見回す。


「あっ! あそこにいたよおにーさん!」

「良かった、遠くには行ってなかっ……ん?」


すぐに由衣が見つけたことで安心しかけた修也だが、今の蒼芽の状況を見て眉を顰める。


「ねぇねぇキミ可愛いねー。良かったらオレたちと遊ばない?」

「すみません、一緒に来てる人がいるので……」

「だったらその子も一緒に遊べばいーじゃん。キミの友達ならきっと可愛いだろうし」


蒼芽は2人組の大学生くらいのチャラい男たちに絡まれていたのだ。


「何という典型的なナンパ……あんなのまだいたんだ」

「おにーさん、あれは何をしているのー?」

「えーと……蒼芽ちゃんをどこか遊びに連れて行こうとしてるんだな」

「えー? おねーさんは私たちと遊んでるんだよー?」

「うん、だから由衣ちゃん、ちょっと待ってて」


由衣をその場に残して修也は蒼芽の元に歩いて行く。


「おーい蒼芽ちゃん」

「あっ修也さん!」


修也の存在に気付いた蒼芽が駆け寄ってきた。

そして隠れるように修也の背後に回り込む。


「え、何? 一緒に来てるのって男なわけ?」


修也の登場で気分を害されたのか、男たちの表情が不機嫌なものに変わる。


「はい。そういう訳なので……」

「でもさ、そんな奴よりオレらの方がよっぽどいい男じゃね?」

「それな!」

「は?」


修也が出張れば諦めて引き下がるかと思ったがそれは甘い考えだったらしい。

男たちのリアクションに今度は修也が不機嫌になる。


「キミもそんな男捨てちゃってオレたちと一緒に遊ぼうぜ?」

「そうそう、オレらが大人の遊びを教えちゃうよ~?」


修也を無視してニヤニヤしながら再び蒼芽に絡みだす男たち。


(コイツら……)


これは多少手荒なことにせざるを得ないかと修也が思い始めたその時……


「オラァそこっ! 施設内で迷惑行為やってんじゃねぇ!!」

「!?」


突然横から怒声が響いてきた。

声のした方を見てみると、物凄くいかつい男が鬼のような形相で男たちを睨んでこちらに迫ってきていた。


「ひっ!? な、何だアンタは!?」

「俺はこの施設の警備員だ! そんな事よりこれ以上迷惑行為を続けるなら……」

「わ、分かった分かった! もう何もしないから!!」


乱入してきた男の勢いに恐れおののいてナンパしてきた男たちは一目散に逃げだした。


「フン、腰抜けが……あっ土神さん、お疲れ様ッス!」


男たちがいなくなった後、割り込んできたいかつい男が急に表情を緩めて修也に向かって腰を折り頭を下げる。


「え……誰?」


向こうは修也の事を知っているようだが、修也には覚えが無い。

ましてやこんな風に頭を下げられるようなことをした覚えなどさらに無い。


「先日土神さんの下に付かせていただくことになったモンの内の1人ッス!」

「あぁ……猪瀬の元部下か」

「そッス! 今はここで警備員のボランティアをさせてもらってるッス!」

「あ、そうなんだ……」


修也の問いかけに直立不動で答える男。


「こうして土神さんのお役に立てて光栄ッス」

「あ、うん。ありがとう……」

「いえとんでもないッス! 困ったことがあったらいつでも呼んでくださいッス。すぐに駆け付けますんで!」


そう言って再び深々と頭を下げて男は走り去っていった。

その後ろ姿を唖然とした表情で見送る修也。


「……俺もあれくらいの威圧感というか迫力というかを持ち合わせた方が良いのかなぁ……?」

「えっ!? いえいえ修也さんは今のままで十分素敵ですよ!?」


ぽつりと呟く修也を蒼芽は慌てて止めるのであった。

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