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第4章 第8話

由衣のお菓子のついでに自分たちもいくつかお菓子を買った修也と蒼芽。

その後は特に用事も目的も無いので家路につく。


「……あ、そう言えば俺の夏用の服買うの忘れてたや」


しかし途中で自分の買い物をしていなかったことに修也は気づいた。


「あ、そう言えば……どうします? 戻りますか?」

「良いよ良いよ。ついでだったし買わなくて困るもんでもない」

「えー、おにーさんの水着姿も見たかったなー」

「いや俺は水着買いに行ったんじゃないぞ? 蒼芽ちゃんのついででTシャツとか買おうかなって思ったくらいで」

「でもせっかくおねーさんが水着買ったんだから、おにーさんも買って遊びに行けば良いのにー」

「……そう言えばさ、この辺に泳げるところってあるのか? 海は遠いけど」


修也はふと気になったことを聞いてみる。

今住んでいる町は割と内陸の方にある。

海に行こうと思えば行けなくもないが少々遠い。


「そうですね、海は遠いです。でも泳げるところはありますよ」

「え、どこ?」

「先日修也さんが行ったアミューズメントパークですよ。あそこにはプールもありますから」

「ああ、あそこ……」


蒼芽に言われて、修也は先日詩歌たちと行ったアミューズメントパークを思い出す。

確かに遊園地以外にも様々なアクティビティがあると彰彦たちは言っていた。


「てかもう営業再開してるのかあそこ」


あの付近で大型トラックが暴走し、中から出てきた男がハンマーを振り回す事件が起きたのは記憶に新しい。

それなのにもう通常営業になっているのだろうか。


「まぁ実際の被害は街路樹1本だけですからねぇ……」

「そういやパークそのものは被害ゼロか……」


大型トラックの暴走からの男が狂乱して武器を振り回すというとかなり凄惨な事件が連想されるが、実際の被害は街路樹1本だけだ。

犯人の男は逮捕されているし人的被害やパークの損害は皆無である。


「それも全部修也さんのおかげですよ!」

「いや、成り行き上巻き込まれただけで……」

「ねーねーおねーさん、おにーさんのおかげってどーゆーことー?」


修也と蒼芽の話を聞いていた由衣が口を挟む。


「この前ね、アミューズメントパークの近くで大きなトラックが暴走して乗ってた人が暴れるって事件があったの」

「あっ! そー言えば学校の友達がそんなこと言ってたー!」


蒼芽の説明に由衣が思い出したかのように大声を出す。


「本当だったら色んな物が壊れてたくさんの人が怪我してたかもしれないっていう怖い事件だったんだよ」

「そーだよねー、おっきなトラックが突っ込んだんだもんねー」

「でもね、修也さんのおかげでそうはならないで木が1本折れただけで終わったの」

「えぇー! おにーさんすごーい!!」


蒼芽の説明を聞いて、由衣はキラキラと瞳を輝かせて修也を見る。


「いや、さっきも言ったけど成り行きで巻き込まれただけだからな?」

「それでも凄いよー! それじゃあ、おにーさんのおかげでおねーさんはおにーさんとプールに遊びに行けるんだねー?」

「いやそれは話がすっ飛んでないか? 遊びに行けるのは合ってるけど」

「えっ? 修也さん、私とプールに遊びに行ってくれるんですか!?」


由衣の途中が抜け落ちた論理に修也が突っ込んでいると、蒼芽が期待に満ちた目で修也に詰め寄ってきた。


「え? あぁ……せっかく水着買ったんだしな」

「やったっ! 楽しみにしてますね修也さん!」


修也の言葉に蒼芽は本当に嬉しそうに笑ってそう言うのであった。



「………………で、だ」


その日の晩、夕食を終えて風呂に入るまでの空き時間に修也は自分の部屋の床に胡坐をかいて座っていた。

蒼芽と由衣も修也の部屋にやってきていて、円を描くように座っている。

3人の真ん中には昼間買ったお菓子が置かれている。

その中で変な存在感を放っているのは、やはり『めんたいこの港』だ。


「……本当に美味いのか、これ?」


修也がめんたいこの港のパッケージを指さしながら蒼芽に尋ねる。


「さ、さぁ……でも商品化されている以上不味くはないと思うんですけど」

「でもさぁ、時々ウケ狙いでとんでもない物が発売されてたりするだろ?」

「まぁそういうものもありますけど……」


神妙な面持ちで見つめ合う修也と蒼芽。


「おにーさんもおねーさんも、難しいこと考えないで食べてみれば良いんだよー」

「あっ」


そう言って由衣はパッケージを開けた。

中には明太子を模したような形のチョコの塊が入っていた。

由衣はそのうちの1つを口に放り込む。


「……ん? んんんー?」


しばらく味わっていた由衣だが、何やら不思議そうな顔をしている。


「どうしたの由衣ちゃん?」


由衣のリアクションを疑問に思った蒼芽が尋ねる。


「……おねーさん、これチョコなのに甘くないよー?」

「そうなの?」

「まぁ甘くないチョコってのは珍しいものではないけど……」


配合されているカカオの割合が多いとむしろ苦かったりする。

なので修也が自分で言った通り甘くないチョコと言ってもさして珍しいものではない。


「おねーさんも食べてみてよー」

「あ、うん。じゃあ1個……」


由衣に促され、蒼芽は1つ摘まんで口に入れる。


「はい、おにーさんもー」


そう言って由衣は修也にも食べるように促す。


「それじゃあ貰うな」


修也も1つ口に放り込んだ。

どうやらこれは全てがチョコなのではなく、ビスケットにチョコをコーティングしたもののようだ。

そして由衣の指摘通り、チョコの部分に甘さは無い。


「…………うん、確かに甘くない。これは……塩味か?」

「やっぱり塩チョコだったみたいですね」


修也の言葉に頷きながら蒼芽が言う。


「『チョコは甘いもの』という先入観を持って食べると由衣ちゃんみたいに変な感じになるんだろうな。見た目と味が一致しないというか」

「でもこれはこれで美味しいですよ?」


そう言って蒼芽は2つ目を口に入れる。


「そうだな。初めから塩チョコって分かってたらなんて事は無い」

「うん。甘くはないけどこれはこれでおいしいねー」


由衣も最初は違和感に戸惑ったものの、別に不味いと感じたわけではなさそうだ。


「でもせっかくだったら甘いお菓子も食べたいよー! だから違うのも開けるよー」


そう言って由衣は別のお菓子の封も開ける。

そっちは修也もよく知る定番のチョコ菓子だ。

細長いビスケットの表面にチョコがコーティングされたものである。


「あっ、そーだおにーさん。このお菓子を使ったゲームを友達に教えてもらったんだー」


1本つまみ出した由衣がそんなことを口走る。


「ゲーム? どんな?」

「2人で端をくわえてー、そして手を使わないで少しずつ食べていってー、どれだけ折らずに食べていけるかを競うゲームだよー」

「いやちょい待て由衣ちゃん、どこで教わったそんな遊び!?」


にこにこと笑いながらとんでもないことを言い出した由衣に修也は突っ込む。


「だから学校の友達だよー」

「……え? 最近の中学校ってそんな合コンでやるような遊びやってんの? それが普通なの?」

「いやいやそんなわけないですよ!?」

「あ、良かった……」


あまりにも由衣が迷い無く言うのでもしかしてそれが普通なのかと修也は思い始めたが、蒼芽に突っ込まれて安堵のため息を吐く。


「と言うか修也さん、そういうことを合コンではやるってどうして知ってるんですか? 行ったことあるんですか?」


そう尋ねる蒼芽の表情は少し不機嫌に見える。


「いや、俺の勝手なイメージ。縁が無さ過ぎてひねくれたイメージになってるのは自覚してる」

「……あ、そうだったんですね」


だが修也のその言葉を聞いて蒼芽の表情は緩む。


「そもそも高校生で合コンとかやらないだろ……やらないよな?」


修也のイメージとしては合コンとは居酒屋などでアルコールが入るものなので高校生には縁の無いものと考えていた。

しかし実は高校生でも合コンは頻繁にやっているが自分に声がかからなかっただけなのでは……という考えが浮かんできた。

ちょっと心配になってきた修也は蒼芽に尋ねてみる。


「どうなんでしょう……? それは流石に私も分かりません」

「良かった、蒼芽ちゃんで分からないってことはそんなことやってないってことだな」


修也とは違い蒼芽はコミュ力の塊だ。

しかも容姿も性格も悪くないので、もし合コンをやっているのなら間違いなく声がかかるだろう。

そんな蒼芽に声がかからないってことは少なくともこの町でそういうことは行われていないという事になる。


「まぁどのみち俺には縁の無い話か」

「今の修也さんだったら声をかけられそうですけど」


引っ越す前ならともかく、今の修也はとんでもない人気者だ。

高校生同士での合コンを開きたいから参加してほしいという声が掛かってきても全く不思議ではない。


「……ねーねーおねーさん、合コンって何ー?」


そんな修也と蒼芽の会話に割り込んでくる由衣。

聞いたことの無い単語に関心を持ったらしい。


「え? うーん……簡単に言えば男の人と女の人で一緒にご飯を食べながら楽しくお話することかな……?」

「そっかー、じゃあこれも合コンだねー」

「えっ?」


何か納得したかのような顔でそう言う由衣に蒼芽は虚を突かれた。


「だって私とおねーさんは女の人でおにーさんは男の人でしょー? それに一緒にお菓子食べて楽しくお話してるしー」

「いや、確かにそうだけどこれは合コンとは言わないような……」

「あっ! だったらさっき言ったゲームもできるねー!」

「それはやらなくて良い!」


嬉しそうに言う由衣を修也は止める。


「えー、せっかくだったらやってみたいなー。ほら、いっぱいあるしー」

「やらなくても人生何も困らないから!」

「ほらほらおにーさん、んー」

「しかも俺とやるのかよ!?」

「ゆ、由衣ちゃんがやるなら私も……!」

「いや止めてよ蒼芽ちゃん!」


何故か蒼芽まで乗り気になってしまったのを修也は必死になって止めるのであった。



「じゃーねー、おにーさんおねーさん。また明日ー!」

「うん、また明日ね由衣ちゃん」

「ちゃんと歯磨くんだぞー」


それからしばらくお菓子を囲んでわいわい騒いだ後、由衣は窓から自分の部屋に帰っていった。


「……にしても、意外とまともなお菓子だったな、めんたいこの港」

「そうでしたねぇ……」


修也の呟きに苦笑する蒼芽。


「ところで修也さん、さっきの合コンの話ですけど……」

「ん?」

「さっきも言いましたけど、今の修也さんならお誘いの言葉がかかってきてもおかしくないと思うんです」

「そうか? 何か逆に声かけ辛い気もするけど。不本意ながら」


修也的にはここまで祭り上げられているような人物を合コンになんて恐れ多くて誘えないのでは? という考えだ。


「それに今の俺にそう言う話を気軽にできるのって仁敷と霧生と氷室くらいしかいないし、その面子だとそもそも合コンに行こうなんて考えにすら至らんだろ」


彰彦には既に爽香という彼女がいる。

それなのに合コンに行こうものなら爽香からのどぎつい制裁が下されかねない。

戒も先日美穂が彼女になったばかりだし、それを抜きにしても食事と筋トレしか頭に無いような奴だ。

合コンに行くくらいならその金で行きつけのラーメン屋に行くに違いない。

塔次はそういう世俗的なことには興味を持たなさそうだ。

むしろ合コンを開きたくなる人間心理について研究を始めそうである。


「ではそう言う背景を考えないで、修也さん個人としては興味ありますか?」


そう蒼芽が修也に尋ねる。

その瞳には若干の不安が見え隠れしている……ような気がした。


「んー…………いや、興味無いなぁ」


修也は少し考えた後そう言って首を横に振った。


「……そうなんですか?」

「これもまた俺の勝手なイメージなんだが、合コンって新しい出会いを求める場だと思うんだ」

「まぁそうですね」

「今の俺にそれ必要か?」


修也は今の町に引っ越してきて、蒼芽をはじめとして男女問わずたくさんの人と出会い知り合ってきた。

修也としてはそれで充分である。

そこからさらに新しい出会いを敢えて自分から求めようという気にはなれない。


「と言うよりは分不相応だよ。俺にはそういうリア充御用達のイベントは似合わない。行ったところで場に馴染めず出された料理を黙々と食うだけで終わりそうだ」


修也としては自分がそういった場に馴染んで楽しく騒ぐ姿を想像することがどうしてもできない。

長年爪弾きにされ続けたせいで、寧ろその手合いのイベントには苦手意識すらあるのだ。

そんな苦痛しか生まないような場所へわざわざ出向いて引き立て役や置物になるような趣味は持ち合わせていない。


「…………そうですか」


修也の言葉を聞いて蒼芽は内心安堵のため息を吐く。

普段は修也の引っ越してくる前の灰色エピソードが出てくるたびに話を無理やり遮ってきた。

蒼芽としては修也に辛い過去を思い出してほしくない。

修也が人々から恐れられ除け者にされてきた過去なんて無かったことにしたいくらいだ。

しかし今回に限ってはそのことに起因する修也のぼっち気質に感謝している。

もしそれが無かったら修也が合コンに対して前向きになってたかもしれない。

そしてその結果新しい出会いに恵まれ、自分は見向きもされなくなってしまうかもしれない。

そんな考えが蒼芽の脳裏をよぎったからだ。


「……それにさ、今の俺は側に蒼芽ちゃんがいてくれてるからな」

「え」

「以前言ってくれただろ? 何があっても俺の味方でいてくれるって」

「あ……はいっ! もちろんです!!」


修也のその言葉を聞いて蒼芽の表情が華やぐ。


「これからも私はずっと、必要とされている限り修也さんの側にいますから!」

「嫌になったら離れても良いんだぞ?」

「大丈夫です、そんな時は絶対に来ません!」

「……そっか、ありがとう」


自信満々でそう言う蒼芽を見て、修也もまた安堵のため息を吐くのであった。

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