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第4章 第6話

「ねーねーおねーさん! こんなのはどーかなー?」

「あっ可愛い色だね。それに裾のフリルも可愛い」


由衣が手に取ったピンク色のワンピース型の水着を見て蒼芽がそう言う。


「おねーさんもそう思うー? でも今日はお菓子買うお金しか持ってないから買えないんだよー……」


蒼芽に褒められて嬉しそうな由衣ではあるが、所持金が足りないことにしょんぼりとする。


「足りないなら貸そうか? 家に帰ってから返してくれればいいし」

「うぅん、お金の貸し借りは仲の良い友達でもやっちゃいけないっておかーさんが言ってたからやめとくー」


蒼芽の提案に対して首を横に振る由衣。

意外と言ったら失礼かもしれないが、由衣の金銭感覚はしっかりとしているようだ。


「おねーさんはどんな水着が良いのー?」

「うーん……こういうのとか良いと思うんだけど……」


そう言って蒼芽が手に取ったのは青と白のストライプ柄のセパレート型の水着だ。


「わぁすごーい! おなか出しちゃってるよー! 流石おねーさん、高校生だとこんな水着も着れちゃうんだねー!」


それを見た由衣がキラキラと目を輝かせる。


「似合うかどうかは分からないけど着てみたいんだよね。由衣ちゃんの言う通り高校生になったし」

「おねーさんなら似合うよー!」


蒼芽と由衣で楽しそうに水着を見て回っている傍らで……


(俺は空気……俺は空気……俺は今存在感ゼロ……)


修也は必死に自分の気配を消していた。


「おにーさんもそう思うよねー?」


しかし由衣には通用しなかった。

修也の努力も空しく普通に声をかけてくる由衣。


「俺は空気……俺は……え、何?」

「もー、ちゃんと聞いててよおにーさん! この水着おねーさんに似合うよねーって話をしてたんだよー」


そう言って由衣は蒼芽の持っている水着を指さす。


「……やっぱ青なのね……」

「まぁそこは好きな色を選ぶものでしょう」

「しかしそんな水着が普通に売られてんのか……テレビの向こうの世界だけにあると思ってたなぁ」


修也は夏に海に遊びに行くといった経験が殆ど無い。

なので女性の水着姿などせいぜい学校の授業でのクラスメイトのスクール水着程度しか見たことが無い。

テレビなどでは流石に目にしたこともあるが、画面越しで見るのではリアリティが全く無くどこか遠い世界の出来事のように思っていた。

それなのに急にそんな水着を目の前に付きつけられてもリアクションに困るというのが本音だ。


(……そういや引っ越す前はクラスメイトが写真集とか持ちこんでわいわい騒いでたっけなぁ……)


教室の片隅で男子生徒が固まってグラビアアイドルの写真集を皆で見てはしゃいでいたのを思い出す修也。

当然だが修也はその輪に入れてもらったことは無い。


(ああいうのに混ぜてくれてれば目も慣れて対応も変わってたのかもな……)


今更過去は変えようもないが修也はそう思わずにはいられない。


「あ、あのー……修也さん? どうしてそんな遠い目をしてるんですか?」


想定していたものと全く違うリアクションをとる修也に蒼芽は狼狽えながら尋ねる。


「いや……引っ越してくる前の俺の学生生活はとことん彩りが無かったんだなぁって」

「し、修也さん! 昔は昔、今は今です! 今を全力で楽しみましょうよ!!」


何やら哀愁が漂いだした修也を蒼芽が慌ててフォローする。


「そーだよーおにーさん。今を楽しむのが一番だよー」


由衣は修也の事情を知らないが、それでも蒼芽に続いてフォローを入れてくれるのであった。


「お客様、良ければ試着してみますか?」


そんな修也たちのやり取りを見ていた女性店員が声をかけてくる。


「え、試着できるの? 肌に直接触れるものは試着できないイメージがあったけど」


店員の言葉に意外そうな顔で聞き返す修也。


「はい。いくら肌に直接触れる物でも実際に着ないとサイズが合ってるか分かりませんからね」

「んー……そういうものなのか? 確かにサイズが小さければ着ることはできないけど、多少大きいくらいなら着れそうな気も……」

「修也さん、水着でそれは……」

「あ」


蒼芽に指摘されて修也は気づいた。

男の水着の場合はそれでも問題ない。

腰回りに付けられている紐を縛って結んでおけば良いからだ。

しかし女性用水着の場合はそうはいかない。

今蒼芽が持っている水着にもウエストを絞る様な紐はついていない。

サイズが合ってないと簡単にずり落ちてしまう可能性がある。

下だけでなく上もそうだ。

波に水着がさらわれて外れてしまうなんてハプニングはラブコメの定番である。

作り話の中なら笑い話で終わるかもしれないが、実際に起こってしまったら笑えない。


「ゴメン……配慮が足りなかったな……」

「あ、いえ、そんな謝っていただくようなことでは……」


頭を下げて謝る修也に慌てる蒼芽。


「試着室はあちらにありますのでどうぞご利用くださいね」


話に区切りがついたのを見計らって店員が試着室の場所を教えてくれる。


「あ、はい。じゃあちょっと行ってきますね」


そう言って蒼芽は水着を持って試着室へ歩いていった。


「あなたも気に入ったのがあれば試着しても良いですよ?」


店員はこの場に残った由衣にも声をかける。


「んー……でも私今日はお金持ってないしー」

「今日買わなくても着てみて気に入ったものがあれば後日買いに来るというのもアリかと」

「え……良いのー?」

「はい、もちろんです」

「じゃあ行ってくるー! おにーさん、ここで待っててねー!」


そう言って由衣は先程の水着を持って蒼芽と同じ所へ駆け出して行った。

その場には修也と女性店員だけが残る。


「彼女さんと妹さんですか?」


場を繋ぐ為なのか店員が修也に話しかける。


「え? あ、いやそういう訳では……」

「あらそうなのですか?」


修也の答えに意外そうな顔をする店員。


「お二人の雰囲気的に付き合って3年目くらいの間柄かと思ってました」

「いやまだ知り合って半年も経ってないです。もう片方の子に至っては1週間も経ってません」

「えぇっ!?」


続ける修也の言葉に店員はさらに驚く。


「それであれだけ好かれるなんて凄いですね?」

「好かれてる……んですかね?」


店員の問いかけに疑問で返す修也。


「え?」


修也の返答が予想外だったのか、店員は素で聞き返した。

蒼芽をはじめとした今の町の人たちはほぼ全員修也に対して好意的である。

始めは敵対していた猪瀬やその部下たちも今は改心している。

……まぁ猪瀬は洗脳に近いものがあるが。

だが修也は未だにその状態が落ち着かない。

長い間爪弾きにされてきたせいでそれがデフォルトとして定着してしまっているのだ。


(……いや、それを抜きにしたってあの持ち上げようはおかしいだろ)


蒼芽の話では1-Cでは宗教が興りかけていたという。

流石にそれはいくら何でも行き過ぎだ。

修也の価値観云々は関係無い。

それはさておき、蒼芽や由衣があそこまで好意的なのは元々本人たちが持ち合わせている気質だと修也は思っている。

蒼芽は誰とでも打ち解ける驚異のコミュ力の持ち主だし、由衣はその蒼芽すらも上回る。

このデートだってそれの延長線上の物だという考えがどうしてもくっついてきてしまうのだ。


「あ、すみません。関係無い店員さんにこんな込み入ったこと話して」


こんな身の上話を全く関係の無いこの店員に話したって仕方がない。

そう思い修也は考えを打ち切って店員に謝る。


「……差し出がましいですが一言だけ、店員ではなく1人の女性としてアドバイスさせていただきます」


そんな修也に対し、女性店員は口を開く。


「何とも思っていない男性と水着売り場に来るような女性はいませんよ」

「え?」

「水着を買うのに付き合わせるということは少なからずあなたを特別に思っているということです」

「……」


女性店員の言葉に修也は押し黙る。


「と言うかさっさと付き合っちゃえばいいんですよ。逆にまだ付き合ってないという方が驚きです」

「何か急に砕けてきましたね!?」


ビジネスライクな口調が砕けてきた女性店員に突っ込む修也。

この町の人たちは必ず話にオチをつける習慣でもあるのだろうか……?

そう思わずにはいられない修也であった。



「……そろそろ着替え終わったか?」


蒼芽たちが試着室に行って十分弱経過した頃合いで修也も試着室へ向かった。

時間を置いたのは着替え中に試着室の前で待機するのは居心地が悪すぎるからだ。


「あっ! おにーさーん! 見て見てー、可愛いでしょー?」


修也が試着室についたのとほぼ同時に試着室の1つが開いて中から水着に着替えた由衣が出てきた。

修也を見つけるとパッと笑顔になり、手をぶんぶんと振ってくる。


「おっ、確かに良いな。似合ってるぞ由衣ちゃん」

「えへへー」


修也に褒められて由衣はご機嫌だ。


「ところで蒼芽ちゃんは? 由衣ちゃんより先に行っただろ」

「あ、ここですー」


修也の問いかけに対し由衣の隣の試着室のカーテンの向こう側から返答が聞こえてきた。


「あれ、まだ着替え終わってなかったのか」

「すみません、もうすぐ終わりますので」

「別に慌てなくても良いぞー」


それからしばらくして試着室のカーテンが開いた。


「!」

「ど、どうでしょうか修也さん」


中から出てきた蒼芽の姿に修也はドキリとする。

ただでさえ水着は体の線がハッキリとするものなのに蒼芽が選んだのはセパレート型の水着だ。

布面積も由衣の水着と比べてかなり少なく、露出が多い。

いつもの服装では分からなかったが蒼芽はスタイルも悪くなく、そのような水着もバッチリ着こなせている。

ただ修也的には非常に刺激が強く目のやりどころに困るというのが本音だ。


「あ……あぁ、凄く似合ってると思うぞ」

「うんうん! おねーさんすっごく可愛いよー!」


微妙に視線を外す修也とは対照的に、由衣は目を輝かせて蒼芽に詰め寄る。


「……ん? んむむむー?」


……と思ったら、何かに気付いた様子の由衣が半眼で蒼芽を凝視する。


「……由衣ちゃん? どうしたの?」

「……じーーー……じろじろじー……」


蒼芽の言葉にも耳を貸さず、自分でじろじろ言いながらじっと蒼芽を観察する由衣。

いや、厳密に言うと由衣は蒼芽の胸元を観察している。


「おねーさん……おっぱいおっきくなったー?」

「……え?」


由衣の突然の質問に蒼芽は言葉が詰まる。


「絶対おっきくなってるよねー? 前見た時よりも間違いなくおっきいもん!」

「前って……何年前の話? そりゃ成長期だし……」

「うー……私だっておっきくなりたいのにー……」


そう言って唇を尖らせて自分の胸を両手で寄せようとする由衣。

しかし寄せられるだけの十分な余裕は無い。


「あのー……そういう話は俺のいない所でやってくれる?」


ただでさえ居心地が悪いのにそんな話をされると非常にいたたまれない気持ちになる修也。

どこぞの体育教師が相手の時と違って容赦なくズバズバと切り込むようなことは流石にできない。


「そーだおにーさん! おにーさんはおっぱいはおっきい方が好きー?」

「だからそういう話は俺のいない所でやってって言ったよな!?」

「おにーさんが好きかどうか聞きたいのにおにーさんがいなかったらどうしようもないでしょー?」

「俺は外観で人の良し悪しは決めません!」


尚も食い下がってくる由衣に修也はきっぱりと断言する。


「うー……こーなったらおねーさん、テレビの人がやってるようなポーズでおにーさんをのーさつ……あっ、やっぱりダメー!」


何やらとんでもないことを言いかけた由衣だが、途中で首を振って自分の言ったことを否定した。


「えっなんだどうした由衣ちゃん?」

「のーさつなんかしたらおにーさんが死んじゃうよー!」

「え、俺が死んでしまうようなポーズができるの蒼芽ちゃん?」

「できませんよ!? どんなポーズですかそれ!」


驚いて蒼芽を見る修也と、大きく首を横に振る蒼芽。


「でものーさつだよー? 脳を殺すって書くんだよー?」

「……ん? いやちょっと待て由衣ちゃん。それ字が違う」


必死に訴えかけてくる由衣に修也は待ったをかける。


「ほえー?」

「……ほれ見てみな由衣ちゃん。この字を使うんだよ」


修也は自分のスマホを取り出し、メモ帳アプリを開いて『悩殺』と書いて見せる。


「……あ、ホントだー。少し字が違うねー」

「な? だから別に脳が死んだりはしないから」

「だったら安心だねおねーさん!」

「……何に安心したら良いのかサッパリ分からないんだけど……」


由衣の言葉に苦笑する蒼芽。


(……いや、ありがとう由衣ちゃん)


一方で修也は由衣に対して心の中で礼を言う。

実は修也は内心かなり動揺していた。

普段は見えない蒼芽の胸元や太ももを直視したせいなのは間違いないだろう。

その結果何とも言えない雰囲気が漂う恐れもあった。

しかし由衣が適度に場をかき乱してくれたおかげでその事態は防げた。


(……あ、前に白峰さんと黒沢さんが言ってた、普段見えない所が見えることによる色気ってそういう……)


転校初日に2人が何やら盛り上がっていた話を思い出す修也。

まさかこんな所で実体験するとは修也は夢にも思わなかった。


「と……とりあえずさぁ、気に入ったならそれ買うか?」

「そうですね……サイズも問題ないですし、買っちゃおうかな」

「ありがとうございます。それではお包みいたしますので着替えてお持ちになってください」

「あ、はい」


店員の言葉に蒼芽は頷いて再び試着室に戻る。


「私も着替えよーっと」


由衣も試着室へ戻っていった。


「ふぅー…………いや、目の毒というか保養というか……」


2人が視界から消えたことで一気に息を吐く修也。

まるで呼吸すらも忘れていたかのような錯覚に陥る。

普段見ない蒼芽の一面を見たような気がして、蒼芽のことを強く意識せずにはいられなくなった修也であった。

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