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第4章 第5話

「……ってなことが授業前にあったんだ」

「へぇー、土神くんのクラスにしては比較的普通だね」


昼休み、今日もまた修也たちはそれぞれの昼食を持って屋上にまでやってきていた。

そして朝あったことを華穂に話したのだが、今回はいつものように大笑いすることはなかった。


「うん、まぁ……ここまでは普通だったんだけど……」

「うん? ここから先があるの?」


何やら神妙な顔をする修也に首を傾げる華穂。


「話の途中でオーロラソースって出てきただろ?」

「あ、はい。出てきましたね」

「俺、物は知ってたんだけど名前は知らなくてさ。ケチャップとマヨネーズを混ぜたやつをそう呼ぶんだな」

「あ……それは日本のオーロラソース独自の物でして、よく使われるフランスではまた違うんです」

「え、そうなの?」


詩歌の言葉に蒼芽が意外そうな顔をして尋ねる。


「うん。フランスでは熱した牛乳に小麦粉とバターを少しずつ入れて濾したベシャメルソースっていうものに裏漉ししたトマトを混ぜて作るの」

「へぇー、そうなんだ! 流石詩歌ちゃん、料理のことは詳しいね!」


詩歌の説明に華穂が感心して頷く。


「あっ……す、すみません……でしゃばる様な真似をして……」

「え? 別に良いじゃん。そう言うのは自慢して良いと思うよ。ね? 土神くん、蒼芽ちゃん」

「そうだな。今のは素直にスゲェと思ったぞ」

「私も。詩歌の料理にかける情熱が伝わってきたよ」

「えっと…………あ、ありがとう……」


修也と蒼芽に褒められて、詩歌は赤くなって俯きながらも嬉しそうだ。


「で、そのオーロラソースがどうしたの?」


華穂が修也の方を見ながら話を戻してくる。


「さっきも言ったけど、オーロラソースは日本式だとケチャップとマヨネーズを混ぜるわけだ」

「うん」

「そこでケチャップとマヨネーズを擬人化させてテンション上がりだした奴がいてな」

「うん?」


最初の修也の言葉には頷いた華穂だが、次の言葉には首を傾げる。


「『ケチャップさんとマヨネーズさんが激しく絡み合いながら一つになる……テンション上がってきましたわぁぁぁぁ!!』とか言い出して」

「す、ストップストップ土神くん! 今その先を聞いたらさっき食べたご飯吹き出しちゃうから!!」


とあるコンビの白い方の物真似を交えた修也の説明に華穂が待ったをかける。

修也としても華穂が言うような絵面は見たくないので話を止める。


「…………ふぅ、流石は土神くんのクラス。一筋縄ではいかないね」


冷や汗をかきながらも不敵な笑顔で華穂はそう言う。


「……いや、そういう顔するような話かこれ?」

「あ、あはは……」

「え、えっと……」


修也の問いかけに困り顔で言葉を濁す蒼芽と詩歌。


「という訳だから、ご飯食べ終わって落ち着いた後教えてね」

「いや結局聞くのかよ!」


しれっと言う華穂に修也が突っ込むことで話のオチがついたのであった。



その後『ケチャップとマヨネーズではどちらが攻めか』という内容で白峰さんと黒沢さんがガチ討論を始めたという話で華穂の大爆笑を誘ったところで昼休み終了の予鈴が鳴ったので解散となった。


「何があの2人をああも掻き立てるんだろうか……」


非常にくだらない内容でテンションが上がる2人に呆れつつも、そこまで情熱を持てるものがあることが少し羨ましくも感じる修也。


「……俺も何か熱中できるものがあれば生活にメリハリが出るのかなぁ」


廊下を歩きながら修也はそっと呟く。

白峰さんと黒沢さんは毎日とても楽しそうだ。

内容はアレだがとてもイキイキしているように感じる。

あの2人以外でも、戒は部活に精を出しているし詩歌も料理に並大抵ではない情熱を注いでいる。


「俺も何か打ち込めるものを探してみようかな」


そんなことを考えながら修也は2-Cの扉を開ける。


「やはりごま塩の主役はお塩ですわ! 食すものである以上最優先は味覚! お塩はそれを一手に引き受けているのですから!!」

「否! 主役はごまですぞ! 味覚も大事なのは否定しませぬが風味も大事! 塩にその役割は果たせますまい!!」

「……」


修也は今開けた扉をそっと閉じた。


「あ、そう言えば華穂先輩や詩歌に目玉焼きに何かけるか聞いてなかったや。今から聞いてくるか」

「……現実逃避しても目の前の事実は変わらないわよ。ちなみに詩歌は塩コショウよ」


閉めた扉が再び開き、中から爽香が顔を覗かせてそう言う。


「……いや何アレ? 何であんなことになってんの?」


修也が白峰さんと黒沢さんを横目で見ながら爽香に尋ねる。


「簡単な話よ。今朝のオーロラソースがごま塩に変わっただけ」

「それで大体察せるのが悲しいな……」


爽香の説明にため息を吐いて修也は自分の席に座る。


「そもそもお塩は……あ、少々お待ちになってくださいます?」

「おや? どうされたのですか白峰殿」


さらにヒートアップしかけた白峰さんだが、ふと我に返ったようでテンションが元に戻る。

それに合わせて黒沢さんの口調も元に戻った。


「先程は味覚最優先と言いましたが、確かに黒沢さんの仰る通り風味も大事ですわ」

「お、おぉう……押してダメなら引いてみろとはよく言ったものですな。何か拍子抜けですぞ」


あっさりと引いた白峰さんを見て黒沢さんは肩透かしを食らったようだ。


「料理とは五感を使って楽しむものです。ただ今回の話とは関係無いので触覚と視覚と聴覚は置いておきましょう」

「確かにごま塩にそれらを求めるのは酷ですな」

「味覚も嗅覚も料理においては欠かせないもの。お塩は味覚を、そしてごまは嗅覚を担当していると考えれば納まりがつきませんか?」

「……確かにそれは言えてますな。担当範囲が違うのに優劣を決めるなど愚の骨頂であります」

「ええ。野球に例えるなら『ピッチャーとセンターどちらが凄いのか』を言い争っていたようなものです」

「おぅふ……不毛にも程がありますな。どちらも必要不可欠なものでありましょうに」

「その通りですわ。どちらが欠けても機能しなくなってしまいます」

「構図としてはお互いがお互いを支えているようなものですかな」

「そう、そしてそれはごま塩にも言えること! ごま塩におけるお塩とごまは、お互いがお互いに作用して高め合ういわばライバル同士であり仲間の関係なのです!!」

「な、なんですとおおおぉぉぉ!!?」


『ババーン!』と効果音が付きそうな白峰さんの宣言に衝撃を受けて仰け反る黒沢さん。


「よ……よもやそのような発想に至るとは……白峰殿、貴女も悟りを開いたのでありますか?」

「うふふ、必要なのは発想の転換……ですわよね、黒沢さん」


先日黒沢さんが言っていたことをそのまま返す白峰さん。


「これはまた想像が捗りますぞどぅふふふふ」

「お塩さんとごまさんのアツい友情物語……ペンを握る手に力が入りそうですわうふふふふ」


何やら怪しげなことを呟きながら笑う2人。


「ふっ……白峰さんも到達したようだね。『夢想の境地』に」

「アンタはとっとと自分の授業に行け」


恐らく授業の為にグラウンドへ行く途中だったのだろう。

教室の窓から顔を覗かせながらそんなことを言うブルマ姿の陽菜を修也は一言でシャットアウトしたのであった。



「あっ修也さん! お待ちしてました」


授業を終えて校舎出入口まで行くと、そこに蒼芽が立っていた。

修也の姿を見つけたことで蒼芽の表情が綻ぶ。


「あれ、蒼芽ちゃん? ここで待ってたのか」

「はい。放課後デートは学校を出る瞬間から始まるんですよ」


そう言って靴を履き替えた修也の横に並ぶ蒼芽。


「そういうもんなのか。よく分からんけど」

「そういうものです。では行きましょう!」


そう言って校舎を並んで出る修也と蒼芽。


「で、モールで夏服だったっけ? せっかくだし俺もTシャツくらい買うかな」

「あ、良いですね! 私も可愛いのがあったら買おうっと」

「よほどの高額でなければ買ってあげられるぞ?」

「え、良いんですか!? あ……でも、修也さんのお財布が……」


修也の提案に一瞬嬉しそうな顔をした蒼芽だが、修也の財布事情を懸念してすぐに心配げな表情に変わる。

以前のデートで色々と費用を出して貰っているのでその懸念ももっともだ。


「ああ大丈夫。と言うのも学校生活にかかる費用が完全免除になっちゃってむしろ使い道が無いんだわ」

「あ、あぁー……そう言えばそんなことになってましたね……」

「両親も一応学費と生活費ってことで仕送りしてくれてるんだけど、使わないから増える一方だ」

「贅沢な悩みですね……」


本来学費として使われるお金が丸々手元に残るのだ。

高校生のお小遣いとしては多すぎるだろう。


「でも9割免除の時点で事情を話して親に返そうとしたら突き返されたんだよな」

「え、どうしてですか?」


修也の言葉に疑問を感じた蒼芽が尋ねてくる。


「『それはお前自身の力で勝ち取った功績だ。だから受け取っとけ』……ってな」

「なるほど、そういうことですか」


理由を聞いて納得する蒼芽。


「それならってんで生活費として紅音さんに渡そうとしたらこれも断られた」

「あ、それは分かります」

「え、分かるの?」


今度は普通に頷いた蒼芽に逆に修也が疑問を感じる。


「修也さんにはうちに居候していただいているんですからお金を取るなんてできませんよ」

「いやだからその『居候していただいている』というよく分からん表現は何なんだ……」


前々から蒼芽は修也のことを紹介する際そのような表現をする。

現在の修也は両親の都合で無理を言って舞原家にいさせてもらっている状態だ。

なのにこれでは舞原家がお願いして修也を引き取っているような構図になってしまう。


「でも修也さんのおかげで色々助かっているのは事実ですよ?」

「例えば?」

「安心感が段違いです」

「えらく抽象的だな……」

「守りが鉄壁どころかタングステンの壁です」

「いやそこを具体的にされても」


そんな雑談をしながら修也と蒼芽はモールへと足を進めていった。



「あっ! 今は夏イベントのセールをやってるみたいですよ!」


モールに入ってすぐの広場では夏関連の商品が所狭しと並べられていた。

夏服はもちろんのこと、水着や浴衣にキャンプ用品なども陳列されている。


「そうか、夏って海で泳ぐだけじゃなくて山でキャンプとかもやるのか」

「それも楽しそうですよね。でもキャンプ用品ってちょっとハードル高い気もしますね」

「まぁ一式揃えようと思ったらなぁ……」


最低限テントは必要だろうが、それだけでも結構値段が張るイメージが修也にはある。


「まぁキャンプはまたの機会にしましょう。今日のメインは水着ですよ!」

「う……やっぱりそうなのか……」


これだけ雑多に夏関連の商品が置かれているならば、以前の女性用下着売り場よりはハードルが低い気もする。

しかしそれでも居心地が良いものではない。


「……じゃあ蒼芽ちゃんが水着を選んでる間俺は別の物を」

「あー! おにーさんだー!」

「へごぉっ!!?」


ここで別行動をとろうとした修也だが、次の瞬間背中に衝撃が走った。

修也に気配を悟られず衝撃を与えられる人物など今の所1人しかいない。


「ゆ、由衣ちゃん!?」

「うんっ! 私だよー」


そう言って由衣は笑顔で修也の腰にしがみついていた。


「やはり気配が読めん……いつの間に来たんだ?」

「お菓子買うつもりだったんだけどー、おにーさんとおねーさんがいたからこっちに来たんだよー」


修也の問いに対して微妙にズレた答えを返す由衣。


「おにーさんとおねーさんは何してるのー?」

「私たちはね、夏の新しい服とか水着とかを買いに来たのよ」

「えー、それってデート? 良いなー」


蒼芽の言葉を聞いて由衣は羨ましそうな顔をする。


「そーだ! ねーねーおにーさん、私ともデートしてー」

「えぇ?」


突然の由衣の提案に修也は戸惑う。


「私、今までデートとかしたことないんだよねー。だからどんなのか気になるんだよー」


そう言って今度は修也の腕にしがみつく由衣。


(ああなるほど、つまりデートそのものに興味があるってだけか)


修也はそう自分の中で結論付ける。

これくらいの年頃なら別におかしいことでもないのだろう。

むしろそれが普通なんだ、と修也は自分を納得させる。


「分かった分かった。でもまた今度な。今日は蒼芽ちゃんとデートだから」

「ホント!? 約束だよー?」


修也の言葉に目を輝かせる由衣。


「……ところでさ、デートしてる子の前で別の子とデートの約束するって、俺とんでもなくクズ野郎なんじゃあ……?」

「そ、そんなことないですよ! 由衣ちゃんの気持ちも分かりますし」


自分のやっていることを客観的に見て自己嫌悪に陥る修也を蒼芽が慌ててフォローする。


「そ、それにほら! 『デートはお互いを知る手段』でしょう? だったら別に問題ないですよ!」

「まぁ……蒼芽ちゃんが良いって言うなら……」


蒼芽の目の前で由衣とデートの約束をするなど蒼芽の気分を害さないか心配だった修也だが、当の蒼芽が問題ないと言うのであればこれ以上言及しても仕方ない。


(まぁ別に……蒼芽ちゃんとは付き合ってるわけじゃないから気に病むのも烏滸がましいというか変な話なんだが……)


それでもやはり気になってしまう修也。


「ねーねーおねーさん、私も水着見に行っても良いー?」

「あ、由衣ちゃんも気になる? 良いよ一緒に見に行こうか」

「うんっ!」


修也の葛藤をよそに、由衣と蒼芽は話を進めていく。


「ほら、おにーさんも行くよー」


そう言ってぐいぐいと修也の手を引っ張る由衣。


(あっしまった! 別行動にするタイミングを失った!!)


由衣の割り込みにより修也は別行動をとるチャンスを逃してしまった。

結局上手い言い訳が見つからず、修也は水着売り場に引っ張られていくのであった。

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