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第4章 第4話

翌朝。

修也はいつも通りの時間に目を覚まし、いつもとほぼ同じ時間に起こしに来てくれた蒼芽と共に朝食の席につく。


「……うん、やっぱり何事もないってのが平和で一番良いな」

「修也さんが言うと何か凄く実感が籠ってますね……」

「まぁ色々ありすぎたからな……」


修也は引っ越してきてから今までの間で起きたことを思い返す。


「……よく生きてられたな俺……」

「そ、それは大げさ……でも無いんですかね……?」


修也の呟きに表情を引きつらせる蒼芽。

思えば今までの事件は普通なら命に関わるものばかりだ。

校舎の不法侵入者を相手にしたときは拳銃で撃たれている。

狂気のハンマー男と対峙した時は大型トラックに撥ね飛ばされた。

猪瀬の件では多数の男に袋叩きに遭ってもおかしくない状況だった。

『力』のおかげで全て無傷で切り抜けられているが、それでも命の危険に晒されていることに変わりは無い。


「……普通の学生生活は遠いなぁ……」

「あ、あはは……」


遠い目をする修也に蒼芽は苦笑いしかできない。


「これ以上変な事件が起きなきゃいいけど」

「さ、流石にそう何度も起きませんよ!」

「修也さん、それはフリですか?」


修也の呟きに対して蒼芽が賢明に励ます中、紅音がそんなことを言い出す。


「いやそんなわけないでしょ。確かにフラグくさいこと言いましたけど」

「でも気の持ちようですよ、修也さん」

「と言いますと?」

「修也さんのおかげで変な事件が起きても被害者ゼロで片付いている、と考えることもできるんですよ?」

「え? あ……」


紅音に言われて修也は気づく。

不法侵入事件の時は扉に銃弾の痕が付いたものの、誰も傷ついていない。

トラック暴走事件でも街路樹が1本折れたものの、それ以外は被害ゼロだ。

猪瀬の時は猪瀬の元部下を修也が返り討ちでボコボコにしたが、これを被害者に入れるのは違うだろう。


「……なるほど、そう考えると幾分か気が楽ですね」

「そうですよ! 修也さんのおかげで私たちは平和な毎日を過ごせるんですよ!」

「そっか……俺も人の役に立てるんだな……」


そう言いながら修也は自分の右手を見る。

引っ越す前はこの『力』のせいで散々な目に遭ってきたが、引っ越してきてからはこの『力』が良い方向に作用している。

もちろんただの結果論なので今後も上手くいくとは限らない。

『力』のことを知られた途端引っ越す前の状況と同じになる可能性も否定できない。


(……いや、同じではないか……)


少なくとも蒼芽と紅音には『力』のことを打ち明けたが何も変わらなかった。

それだけでも十二分に修也の心の支えになっていることは紛れもない事実だ。


「それにしても修也さん、ついに学校レベルで人気者になりましたね」

「……かなり不本意ですがね」


修也が猪瀬を更生させた(ということになってしまった)事実は既に学校中に広まっていた。

1人で出歩いていると大体囲まれてしまうので、日中は彰彦や戒や塔次が同行してくれる。

しかし男同士だけだと女子生徒に囲まれる場合もあるので、都合が合えば蒼芽と詩歌や爽香や華穂も協力してくれる。


「ゴメンな蒼芽ちゃん。面倒ごとに付き合わせて」

「いえいえ、私はこれを面倒だとは思ってませんよ」


申し訳なさそうに謝る修也に対して蒼芽は笑顔で首を振る。


「修也さん、そのうち学外でも人気者になるんじゃないですか?」

「紅音さんが言うとなんだか現実になりそうで怖いんですけど」


笑顔でそう言う紅音に対し、修也は重い溜息を吐くのであった。



「それじゃあ行ってきます」

「行ってきます」

「はい行ってらっしゃい」


紅音に見送られて修也と蒼芽は玄関を出る。


「さて今日も1日頑張って……」

「おにーさーん!!」

「ごっふぅ!?」


玄関を出て気持ちを切り替えようとした修也の背中に急に衝撃が走った。


「な、何だ何だ!?」

「えへへー、私だよー」

「え、由衣ちゃん?」


声の主は由衣だった。

由衣はにこにこと笑顔で修也の背中に飛び乗っていたのだ。


「えぇ……全く気配を感じなかったんだけど……」


その事実に唖然とする修也。

修也は護身術を我流ではあるがそれなりに身に付けているからか、周りにいる他人の気配をある程度感知できる。

特に敵意や悪意には敏感で、たとえ背後からであろうとも察知できるのだ。

敵意や悪意が無くとも『後ろに誰かいる』くらいなら分かる。

だが今の由衣の気配は全く察知できなかった。

由衣は小柄で軽量なので全速力でぶつかってこられても痛くはないが、驚くには十分だ。


「えっ? 由衣ちゃんが来るのが分かっててでも避けたら危ないからあえて受けたんじゃないんですか?」


修也の呟きを聞いて蒼芽が少し驚いた顔をして尋ねる。


「いや違う。本気で全く気配が読めなかった……」

「えぇ……」


蒼芽も修也同様唖然とする。

蒼芽は修也が銃弾を見切ったり多数の男に囲まれて同時に襲われても無傷で返り討ちにしているところを近くで見ている。

その修也がただの女子中学生である由衣の飛びつきを見切れなかったという事実に驚きを隠せない。


「おにーさんとおねーさん、どーしたのー?」


当の由衣はそんな2人の心境など露知らず、不思議そうな顔をしている。


「あ、いや……由衣ちゃんは凄いなって話をしてたんだ」

「そっかー、えへへー」


修也の言葉に由衣は嬉しそうに笑う。

多分よく分かってはいないだろうが、修也に褒められたということだけはしっかりと理解したようだ。


「それじゃそろそろ学校へ行くか。そういや由衣ちゃんは学校どこなんだ?」

「学校? おねーさんと同じところだよー」

「……ん?」


由衣の回答に修也は首を傾げる。

今蒼芽は高1で由衣は中3だ。

学年どころか高校と中学で学校も違う。


(……それなのに同じところというのはどういうことだ?)


由衣の言葉の真意を探る修也。


「あ、由衣ちゃんは中等部なんですよ」


修也の疑問を察した蒼芽が補足してくれる。


「あ、そういうこと……そう言えば私立だったなうちの学校」


蒼芽の補足で修也は納得した。

ついつい失念しそうになるが今修也が通っている高校は私立である。

私立だと中には幼稚園から大学まで一貫しているという所もあるくらいだ。

中高一貫くらいは別に珍しい話でも何でもない。

それに修也の背中から降りて正面に回り込んできた由衣の制服を見ると、蒼芽の制服とかなり似ている。

違う所と言えば、蒼芽は胸元がスカーフなのに対して由衣はリボンであるということだ。

それで見分けを付けられるようにしているのだろう。


「おにーさんはどこの学校なのー?」

「蒼芽ちゃんと同じだよ。学年は俺の方が1つ上だけどな」

「そっかー、えへへー」


蒼芽と同じと聞いて由衣は嬉しそうに笑う。


「嬉しそうだな由衣ちゃん」

「うんっ! だって来年になったらおにーさんとおねーさんと同じ学校に通えるんだもん!」


屈託のない笑顔でそう言う由衣。


「あぁ……純粋で邪気の無い笑顔って良いなぁ……」


そんな由衣の笑顔を受けて遠い目をする修也。


「な、何でそんな遠い目をするんですか修也さん……」

「だってさぁ、普段俺が相手してるのってどこまでも癖が強すぎる奴ばっかなんだもん。誰とは言わんが」

「あ、あはは……」


修也の呟きに苦笑する蒼芽。

修也のクラスは担任を筆頭にして個性が強すぎる人が多い。

エピソードを聞いた華穂が笑いすぎて呼吸困難になるレベルでだ。


「普通のクラスはな、始業前とか放課後にきのことたけのこを擬人化させた漫画とか描いたりしないんだよ」

「た、確かに……」

「きのことたけのこって、あのお菓子のことー? あれおいしいよねー」


きのことたけのこという単語を聞いて由衣も会話に混ざってくる。


「あぁうんそうだな。あのお菓子はおいしいよな。由衣ちゃんはどっちが好きなんだ?」

「えっとねー……えーっと……うーん……どっちもおいしいから迷うよー」

「そうだよなぁ、迷うよなー……うん、これが普通の会話なんだ」


ごく普通の何でもない会話ができて満足げな修也。


「まぁそれはさておいてそろそろ学校に向かいましょう。由衣ちゃんも途中までは同じ道だし一緒に行こっか」

「うんっ!」


蒼芽の言葉に由衣は大きく頷いて修也の横についた。


「そういや中等部ってどこにあるんだ?」

「高等部から歩いて5分程度の所ですね。ちなみに学費は一切かかりません」

「え? 私立なのに?」

「はい。『義務教育なのに学費を取るのはおかしい!』という理事長の言葉で……」

「なるほど……中等部の理事長もあの人なのか……」


修也は理事長の顔を思い浮かべる。

確かに中等部と高等部の違いはあれど同じ学校であるならば不自然な話ではない。

そしてあの理事長なら普通にそんなことを言いそうである。


「しかしここまでくると本当に運営大丈夫なのかな……?」

「大丈夫じゃなかったら学校無くなってますよ」

「まぁそうなんだけど」

「おにーさんとおねーさん、何のお話してるのー? 難しくてよく分かんないよー」


修也と蒼芽で話していたら由衣が割り込んできた。

どうやら自分が話に入れないことが不服らしい。


「あぁゴメンゴメン。俺らが気にしても仕方が無いな。この話はもうやめよう」

「そうですね。じゃあ由衣ちゃん、今日は朝ごはん何食べた?」

「えっとねー、トーストと目玉焼きー!」

「由衣ちゃんは目玉焼きに何かける?」

「塩だねー」

「やっぱそうだよな。塩が一番おいしいよな」

「ふふ、みんな一緒ですね」

「えへへー」


そんな他愛もない話をしながら修也たちは登校していくのであった。



「おはよう土神」

「おはよう土神君」

「おはよう仁敷、爽香」


修也は教室の自分の席に鞄を置きながら先に来ていた彰彦と爽香に挨拶する。


「なぁ、仁敷と爽香は目玉焼きに何かける?」


登校中の由衣との話題の延長で修也は2人にも聞いてみることにした。


「俺は醤油だな。何か日本の朝って感じがする」

「あー、醤油もアリか」

「私はドレッシングね。まぁ一緒に出てくるサラダのついでだけど。土神君は?」

「俺は塩だよ」

「あぁ、塩もうまいよな」


そんな話を3人でしていると……


「おっ、目玉焼きにかける調味料の話か?」

「定番の話題ではあるが選択肢が多岐に渡り中々興味深い話題でもあるな」


戒と塔次も話に混ざってきた。


「霧生と氷室は何かけるんだ?」

「俺は何もかけん! 素材の味をそのまま味わう!」


戒は胸を張ってそう言う。


「……霧生らしいというか何と言うか……」

「俺は岩塩だな。普通の塩とは違う趣がある」

「へぇー、ここまでバラバラなのも珍しいな」


人の数だけ嗜好があるということかと修也は感心する。


「その話、私たちも混ぜていただけませんか?」

「自分も語らせていただきたいですぞ!」


さらに白峰さんと黒沢さんまでやってきた。


「あれ珍しいな、2人がこっちの話題に入ってくるなんて」

「何を仰りますか土神殿。我ら同じ教室で勉学を共にする仲ではありませぬか」

「そうですわ。こういう他愛もない話題で盛り上がれるのもクラスメイトの醍醐味ですわよ」

「それもそうか。じゃあ2人は目玉焼きには何をかける?」


修也は彰彦たちにもした質問を2人に投げかける。


「私はオーロラソースですわ」

「……? オーロラ……?」


白峰さんの口から出た聞き慣れない言葉に首を傾げる修也。


「あらご存じありませんの? オーロラソースとは簡単に言えばケチャップとマヨネーズを混ぜ合わせたものですわ」

「ああ、あれオーロラソースって言うのか」


物自体は知っていたが名前を知らなかった修也は白峰さんの説明でようやく納得した。


「自分はゴマですぞ!」

「……ゴマ?」


しかし黒沢さんの言葉に修也は再び首を傾げる。


「おやゴマを知らないでありますか? ゴマとは……」

「いやいやいや流石にゴマは知ってる。予想がつかなかっただけで」


ゴマの説明を始めようとした黒沢さんを修也は止める。


「俺はソースかな」

「私はブラックペッパーかけるよ」

「ポン酢も結構イケるぞ」


修也たちの話を聞いたからか、教室のあちこちから色々な声が上がってくる。


「おーおー何か盛り上がってるねぇ」


そこに陽菜がやってきた。


「あ、もうホームルームの時間か」

「いーよいーよ今朝は特に重要な連絡事項は無いし」


陽菜がやってきたので話は打ち切られ解散の流れになりかけたが、それを陽菜が止める。


「目玉焼きに調味料何かけるって話でしょ? 私も混ぜてくれよぅ!」

「はぁ……じゃあ先生は目玉焼きに何をかけるんです?」

「私はねぇ……タバスコだよっ!」


修也の問いかけに陽菜は胸を張りドヤ顔で答えた。


「た、タバスコ!?」


全くの想定外の答えに修也は驚いて聞き返す。


「あれ、タバスコ知らない? タバスコってのは」

「知ってるから! この流れもう3回目!!」

「……流石は陽菜先生ですわ。私たちのやり取りをネタとして利用するとは……」

「ですな。それに間髪入れない土神殿のツッコミのキレ味もやはり素晴らしいであります」


陽菜と修也のやり取りを見て感心しながら呟く白峰さんと黒沢さん。


「まぁちょっとしたアクセントに振りかける程度だけどね。でもおいしいよ?」

「う、うーん……まぁ好みは人それぞれってことなのかなぁ……」


驚きはしたもののタバスコも調味料なのだからそこまでおかしいものではない。

十分好みの違いで片付けられる範疇だ。


「逆に考えればこれだけの調味料に合わせられる目玉焼きが凄いということでは……!?」

「おおっ! 言われてみれば確かにそうですな!」


ハッとした表情でそう言う白峰さんと黒沢さん。


「つまり目玉焼きは総受け……」

「言葉の意味は分からんが多分違うと思う」


何やらよく分からないことを呟く白峰さんに修也が突っ込みを入れたところで予鈴が鳴り、今日の授業が始まるのであった。

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