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第4章 第1話

「しかしどうしてこうなった……」


週明けの昼休み、修也は購買で買ったパンをかじりながら難しい顔で呟く。


「あ、あはは……」


その横では蒼芽が苦笑いしながらパックのお茶を飲んでいる。


「わ、私は話で聞いただけ、ですけど……凄いことに、なってますね……」

「今土神くんは時の人だからねぇ。私のクラスでも土神くんの話題で持ちきりだよ」

「先輩のクラスでもそうなったか……」


華穂からの情報に修也は溜息を吐く。

今日修也は初めは学食で昼食を済ませようとしていた。


『あっ! あれってもしかして土神さんじゃない!?』

『ホントだ! 直接会えるとかラッキー!!』

『……ん?』

『えっ? 土神君!? どこどこ? 見てみたい!』

『あっ! いた、あそこだ!!』


しかし学食に行く途中で顔も名前も知らない女子生徒2人組が駆け寄ってきたことが発端でどんどん修也の元に人が集まってきたのだ。


『あの、握手してもらっても良いですか?』

『え?』

『サイン貰っても良いですか!?』

『さ、サイン!?』

『写真撮らせてくれませんか? 待ち受けにしたいので!』

『写真!!?』

『今度新聞部で特集組みたいから是非とも取材を!!』

『特集!? 取材!!?』


次々と押し寄せてくる人の波に焦る修也。


『……と、とりあえず今は昼食にしたいからまた今度!』


そう言って修也は一目散にその場を脱出した。

これは学食に行くと同じような騒ぎになりかねない。

なので修也は予定を切り替えて購買で手早くパンを買って屋上で食べることにした。

その道中で同じく購買に来た蒼芽と会い、屋上に向かう途中で華穂と会った。

詩歌は蒼芽と一緒に食べる為に先に屋上に行って場所を確保していた。

そんな経緯があって4人で屋上で昼食をとることになったのだ。


「それにこれ……理事長……」


購買でパンを買った時のレシートを見て修也はまた溜息を吐く。

そのレシートの合計金額の欄には『0円 特別割引 -100%』と印字されていた。


「とうとう完全免除になっちまったよ……」

「流石おじいちゃん。仕事早いなぁ」


修也の持っているレシートを覗き込みながら華穂が呟く。


「うーん……なんと言うか落ち着かないなぁ、この特別扱い。そんな大したことしてないのに」

「そんなことないですよ。修也さんはそれに見合う功績をあげたと思いますよ」

「うんうん」

「わ、私も……それは舞原さんと同意見です」


蒼芽の言葉に同意する華穂と詩歌。


「ひったくり犯とかから私を守ってくれましたし」

「暴走したトラックから……私を守ってくれましたし……」

「猪瀬さんの執拗な魔の手から私を守ってくれたしね」

「むぅ……そう言われると大したことしてないと切り捨てるのも何か違う気がしてきたな」


身近な女の子を様々な危険から守ったのだ。

守られた側からすればそれはもう大事なイベントなのだろう。

それを大したことないと評するのは逆に失礼なのかもしれない。


「でも第三者から神扱いされるのは絶対違うだろ」

「あー、まぁそれは……」


そこに関しては修也の言い分が正しい。


「しつこいようだけど俺は普通が良いんだよ、普通が」

「あ、あはは……」


パンをかじりながらブツブツと呟く修也を見て蒼芽は苦笑いをするのであった。



「白峰殿白峰殿」

「何ですの、黒沢さん?」


放課後ホームルームも終わったので帰宅したり部活に行ったりする生徒が教室から出ていく中、黒沢さんが白峰さんに話しかける。


「白峰殿は某配管工の双子の兄弟のことはご存じですかな?」

「もちろんですわ。彼らのことを知らないという人は世界中でもごく少数ではありませんの?」

「ならば彼らの敵役である亀の大魔王のことも知っておられるかと」

「当然存じております」


黒沢さんの問いに迷わず頷く白峰さん。


「では、その大魔王が毎度王国の姫を攫う理由についてはどうですかな?」

「それは……作品ごとに理由が違いますし、攫わない場合や時には協力する場合もあるので何とも……」

「そう、理由はその時によりまちまちであります。それに最近はやたら家族思いだったり子煩悩だったりと初期のイメージとは大分様変わりしましたなぁ」

「でも私、アレはアレで良いものだと思いますわよ」

「然り。悪の大魔王が家族を大切にする……そんなギャップにコロリとやられたご婦人も少なくないと思われますぞ」

「どこぞの悪の帝王が実は上司としては最高というものと似通ったものを感じますわね」

「そちらについてはまたの機会に語りましょうぞ。今回の話からは脱線してしまいます故」

「ああそうですわね。それで黒沢さんは何を仰りたいのです?」


白峰さんは黒沢さんの話の真意を問いただす。


「先程白峰殿は姫を攫う理由がまちまちと仰いましたな」

「ええ。それが何か……?」

「……実は自分、とある仮説を立てたのです。するとあら不思議、全て1つの理由で説明がついてしまうのです」

「な、なんですって!?」


黒沢さんの言葉に声を荒げて勢いよく席を立つ白峰さん。


「それで黒沢さん、その仮説とは!?」

「……自分はこのような仮説を立てました。『実は大魔王は姫が目的ではないとしたら?』というものです」

「? どういうことですの? 姫が目的でないのに姫を攫うとか、意味が分かりませんわよ」


白峰さんは黒沢さんの仮説に首を傾げる。


「白峰殿。姫を攫った場合、次にどのような事態が想定されますかな?」

「それはもちろん、姫を助けるために……っ! ま、まさか……!?」


途中で何かに気づいたらしく白峰さんの表情は驚愕に染まっていく。


「……気づかれましたかな? そう、姫を攫えばあの兄弟が助けにやってくる! 姫を助けるという名目で自分に会いに来るのです!!」

「そ、それでは……!」

「その通り! あの大魔王の本命はあの兄弟! しかしそれを公にするのは憚られるので姫を攫うという行動に出ていると考えられるのです!!」

「そ、それは盲点でしたわあああぁぁぁ!!」


黒沢さんの出した結論に体を大きく仰け反らせる白峰さん。


「黒沢さん……あなた、よくもまぁそのような発想が出ますわね?」

「どぅふふふふ……スカートを短くしてからというものの頭が冴えて仕方ありませんぞ。この仮説が立証された暁にはコロリとやられるご腐人もきっと少なくないでしょうな」

「ですわね。妄想が捗りますわ。うふふふふ……」

「さて、帰ろ帰ろ」


白峰さんと黒沢さんが非公式部活で盛り上がっているのを尻目に修也は帰り支度を整えて席を立つ。


「じゃあなー土神」

「土神くーん、また明日ねー」

「おーう、また明日なー」


それを見たクラスメイトが修也に声をかけ、修也もそれに応える。

転校してきて大分日も経ったので修也もクラスに慣れ、このようなやり取りを普通にできるようになった。


(このクラスは今までと何も変わらんな……)


猪瀬の騒動以降修也はどこに行ってももてはやされ注目の的になっているが、2-Cはこれまでと何も変わらない。

意図的なのか元々のクラスの気質なのかは分からないが、修也としては非常にありがたい。

そのことに修也は上機嫌で校舎の出入り口に向かう。


「あっ! 修也さーん!」


その姿を同じく帰ろうとしていた蒼芽が見つけて声をかけてくる。


「お、蒼芽ちゃん。今帰りか?」

「はい。修也さんも帰りですよね? じゃあ一緒に帰りましょうか。帰る場所は同じな訳ですし」


そう言って修也の横に並ぶ蒼芽。

そのまま校舎入り口で靴を履き替え、2人は学校を出た。



「……まぁそんなこんなで俺のクラスだけはいつも通りなんだよ」

「それがいつも通りってのも凄い話ですね……」


修也と蒼芽は雑談しながら舞原家へと足を進める。


「蒼芽ちゃんの所は……聞きたいような聞きたくないような……」

「何か宗教興しかけてましたよ」

「さらりととんでもないこと言わないで!?」


蒼芽の言葉に頭を抱える修也。


「これもう俺、普通の学生生活送るの無理なんじゃあ……?」

「だ、大丈夫ですよ。きっと一時的なものですから!」

「いや……鎮火しかけた頃に新しい燃料が投入されてくるんだが」

「あ、あはは……」


修也の呟きに乾いた笑いを浮かべる蒼芽。

そんな話をしているうちに舞原家に到着し、修也は玄関を開ける。


「ただい……ん?」


そして中に入ろうとした時、修也はいつもと違う所があることに気付く。


「修也さん? どうしました?」

「客か? 靴が1足多い」


修也が指摘する通り、玄関にはいつもの紅音のもの以外にもう1足靴があった。


「え? ああ、これは……」

「お帰りなさい修也さん、蒼芽」


修也の声を聞いたからか、紅音が奥から出てきた。


「ただいまです」

「ただいまお母さん。由衣ちゃん来てるの?」

「ええ。さっき遊びに来たわよ。もうすぐ蒼芽が帰ってくるって聞いて待ってたのよ」

「……えっと……誰?」


聞き覚えの無い名前に修也は首を傾げる。


「あ、修也さんはまだ会った事がありませんでしたね。由衣ちゃんはお隣の子なんですよ」

「あぁ……蒼芽ちゃんの話にちょくちょく出てきはしてたけど会ったことは無いな」

「隣同士で歳も近いので昔から蒼芽と仲が良かったんですよ」

「ちなみに私の1つ下です」

「ってことは、今は中学3年?」

「はい、そうなりますね」

「あっ! おねーさん! お帰りなさーい!!」


玄関で3人で話しているところに違う声が割り込んできた。

家の奥から出てきた声の主は、肩の後ろまで伸ばした水色の髪をヘアバンドで留めている女の子だった。

背は蒼芽よりも低く、白い長袖のシャツに黒いジャンパースカートを着ている。

女の子は蒼芽の姿を見つけたことでぱっと表情が明るくなりこちらに駆け寄ってきた。

その姿からとても明るくて快活な子という印象を修也は受けた。


「……んー? おにーさんは誰ー?」


途中で修也に気付き、首を傾げじっと見つめてくる女の子。

その瞳には警戒や不安などの色は全く無く、興味一色に染まっている。


「由衣ちゃん、この人は土神修也さんって言って、少し前からうちで暮らしてるの」

「ほえー……そーなんだー」


蒼芽の説明を聞きながらも女の子はじーっと修也を見つめている。


「じー……」


自分で擬音を呟きながらしばらく修也を見つめた後……


「……うんっ!」


ぱっと花が咲いたような笑顔になり頷いた。


平下由衣ひらした ゆいです! よろしくねおにーさん!」


そして笑顔全開で自己紹介を始めた。


「よろしく、えーっと……由衣ちゃん、で良いのかな」


由衣の呼び方を確認する修也。


「うんっ!」


それに対し笑顔で頷く由衣。


「うふふ……修也さん、由衣ちゃんに気に入られたみたいですね」


由衣の様子を見た紅音が微笑みながらそう言う。


「え? でもまだ1分も経ってませんよ?」

「由衣ちゃんなら1分もあれば十分ですよ」

「マジですか……」


紅音の言葉に感心しながら呟く修也。


「以前言いましたよね? 出会って1分で仲良くなれるはずって」

「そう言えばそんな事言ってたな……あれ誇張でも何でもなくマジの話だったのか」

「もちろんです。だからあれだけ自信を持って言い切れたんですよ」


自慢気に胸を張る蒼芽。

修也としては1分で仲良くなれるという言葉が信じられず、蒼芽が大袈裟に言っているだけだと思っていた。

しかしいざ由衣と会ってみると、本当に1分も経たないうちに随分と懐かれたように感じる。

コミュ力の塊である蒼芽とですら1分ではここまで親しくなっていない。


「にしたって限度があるだろう……最初から好感度がカンストに近くないかこれ?」

「ちなみに蒼芽はオーバーフローしてるので安心してくださいね」

「お母さん!?」

「ああ良かった……嫌われてはいなかったか」

「いやそれは当り前ですよ! 嫌う要素が微塵も無いじゃないですか!!」


またしても唐突に始まった紅音のぶっ飛び発言に突っ込みかけた蒼芽だが、それに続いた修也の発言に突っ込み直す。


「……やりますね修也さん。ゾルディアス流会話術の上級テクニック『逆の否定』を使ってくるとは」

「久しぶりに聞いたなぁその名前」


楽しそうに笑う紅音の言葉を軽く流す修也。


「ねーねー、おにーさんも一緒に遊ぼーよー」


そんなやり取りをしているうちに修也の腕を取りぐいぐいと引っ張ってくる由衣。


「あれ、蒼芽ちゃんと遊びに来たんじゃないのか?」

「最初はそのつもりだったけどー、おにーさんもいるならおにーさんとも遊びたーい!」

「蒼芽ちゃんはそれでも良いのか?」

「もちろんですよ。ここで修也さんを抜きにする理由がありません」

「まぁそういうことなら……でもその前に着替えさせてくれるか?」


修也と蒼芽は帰ってきたばかりなのでまだ制服だ。

何にせよまずは部屋着に着替えたい。


「あ、はーい。じゃあ私はリビングで待ってるねー」


そう言って由衣は修也の腕を掴んでいた手を離し、ぱたぱたと駆け足でリビングへ向かっていった。


「……何と言うか、元気な子だなぁ」

「あはは、そうですね」

「まさかホントに1分で仲良くなれるとは思ってなかったよ」

「由衣ちゃんの性格と修也さんの人柄を考えたら当然ですよ」

「いや俺の人柄って……」

「そう言うのは自分がどう思うかじゃなくて周りの人がどう思うか、ですよ?」

「むぅ……」


そう言われると何も反論できなくなる。


「ところで修也さん。賭けのことは覚えてますか?」


押し黙った修也に対して畳みかけるように蒼芽が言う。


「賭け?」

「はい。1分以内に由衣ちゃんと仲良くなれたらデートしてくださいってやつです」

「あれどっちだろうと結果同じだったじゃねぇか!」

「主導権の違いですよ。今回は私が勝ったので私が主導権を持つんです」


蒼芽はそう笑いながら言うが、目は確固たる意志を持っている。


(……あ、これ絶対に引かない時の目だ)


舞原家で暮らすようになってから何度か目にしたが、こういう時の蒼芽は絶対に引かないし譲らない。


「はぁ……まぁデートするのは良いんだけどなんか釈然としねぇ」


後頭部をかきながらそう呟いて着替える為に自分の部屋へ向かう修也。

蒼芽とデートできることについては全く不服は無いのだが、どうにもハメられた感があり素直に喜べないのだ。


「だったら今度は修也さんの意思でデートに誘ってくださいよ」

「ああ、次はそうするよ」


さらっと次のデートの約束を持ち出す蒼芽と、同じくさらっと返す修也。


(……ん? この前華穂先輩の家に招待された時は俺の意思で誘ったような……? まぁ良いか、また行きたいってことだろ)

(やったっ! 次のデートは修也さんから誘ってくれる!! 誘うのと誘ってもらうのとでは違うんだよねぇ。どっちも嬉しいのは変わらないけど)


修也は微妙な引っ掛かりを感じたがさして気にせず流す。

一方修也の言葉に気を良くした蒼芽は、自分も着替える為に軽い足取りで修也に続いて階段を上るのであった。

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