表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/156

第3章 第32話

「……ということが昨日朝早々にあってだな」

「あははははははははは! あっはははははっはっはははは!!」


翌日の昼休み、屋上で昼食をとった後修也は昨日の朝のエピソードを話していた。

あらかた予想はついていたが、それを聞いた華穂は大爆笑。

もう5分以上笑いっぱなしである。


「修也さん……姫本先輩ずっと笑ってますけど、息大丈夫なんでしょうか……?」

「わ、私は……どうしたら……」


その様子を見た蒼芽は心配そうに修也に尋ね、詩歌はオロオロしている。


「……だ、大丈夫大丈夫。ありがとね2人とも、心配してくれて」


そう言って笑いすぎて出てきた涙をハンカチで拭う華穂。


「ほら、やっぱり土神くんのクラスは笑いのネタの宝庫じゃない」

「いやクラス一部のがそうなのはもう否定できないけどさ……」

「修也さん、やっぱりスカートが短いと目が行っちゃいますか?」


修也の話を聞いていた蒼芽がそんな質問をしてくる。


「え? んー……スカートが云々というより、普段と違う格好に目が行ったって感じかなぁ。短いスカート自体は蒼芽ちゃんで見慣れてるし」


ここで普通に『はい』と答えたら、その気は無くても女の子を下心ありの目で見ていると捉えられかねない。

なので修也は誤解の無いようにきちんと説明する。


「それじゃあ土神くんはスカート短いのと長いのとではどっちが好きかな?」


そしたら何かおかしな方向に話が進み始めた。


「……また何か俺の嗜好が捏造されかかってないかこれ?」

「それを避けるためにも修也さんの率直な意見をお願いします!」

「いや……スカートの長さでその人の良し悪しを決めるのはどうなの」

「そうじゃなくて単なる好みのファッションの問題だよ。土神くんがどんなタイプの服装が好きなのか聞いてみたいだけ」

「えぇー……別に俺の好みなんて知っても仕方ないだろ」

「いえ、気になります!」


華穂の質問にめんどくさそうな返事をする修也だが、蒼芽が食いついてきた。

その陰で詩歌も小さく頷いている。


「いやぁ、本人に似合ってたらそれで良いと思うんだけど」

「じゃあ土神くんはどんな服装なら似合ってると思う? まずは蒼芽ちゃんの場合」


そう言って華穂は蒼芽に手を向ける。


「蒼芽ちゃんは……やっぱり青系の服かな。それと膝上スカート」

「持ってる服がそういうのばかりですからね。でも似合ってるなら良かったです」


修也の回答に蒼芽は嬉しそうに笑う。


「じゃあ詩歌ちゃんの場合は?」


今度は詩歌に手を向ける華穂。


「詩歌は……大人しい性格だから落ち着いた色とか似合うかもな。アースカラーっていうの? ああいう系」

「あ……わ、私もそういう色の方が……落ち着いてて、好きです」


修也にそう言われて詩歌もどことなく嬉しそうに見える。


「じゃあ私の場合は?」


最後に自分に手を向ける華穂。


「うーん……先輩の場合はさりげない所に気品を感じる物とか着けると良いんじゃね? アクセサリーとか」

「流石土神くん。良く人のこと観察してるね」


修也の言葉に華穂は満足そうに頷く。


「え……それ、女の子のことをジロジロ見てるキモい奴だと思われたりしない?」

「土神くんに限ってそれは無いから安心して良いと思うな」

「ですね」

「はい」


それに対する修也の懸念を秒で一蹴する華穂たちであった。

詩歌ですら迷わず即答したのである。



「…………む」


昼休みももうすぐ終わるので校舎内に戻り、それぞれの教室に向かおうとした修也たちの前に立ちはだかる人影があった。


「……また猪瀬さん?」

「昨日の今日でホント懲りない奴だな……」


修也は3人を庇う様に前に出る。

猪瀬が現れたことで華穂はあからさまに表情が無機質になる。

相変わらず男は修也と彰彦以外は苦手な詩歌は一番後ろに隠れた。


「…………って、ん?」


しかしここで修也は猪瀬の様子がおかしいことに気付いた。

いつもなら根拠の無い自信を身に纏わせて不愉快極まりない雰囲気を醸し出しているのに今はそれが全く無い。

表情もイヤミったらしくにやついているのがデフォなのに、今は何やら思い詰めているようである。

それに何やらぷるぷる震えているような気もする。


「…………こ」

「こ?」


いつもと違う猪瀬の様子を訝しんでいた修也だが、猪瀬が何かを言い始めたので耳を傾ける。


「この度は……誠に申し訳ございませんでしたぁーーーー!!!」


そう叫んで猪瀬は急に廊下に手をついて頭を下げた。

いわゆる土下座である。


「え……えぇっ!?」


全く予想していなかった猪瀬の行動に修也は面食らう。

それは華穂も同じだったようで修也の横で目を丸くしている。

たまたま通りがかった他の生徒も何事かと足を止めて様子を伺っている。


「分かっております! この度のワタクシめの一連の行動……とてもこの程度の謝罪で償えるものではありません! この場で腹を切ってお詫びを……」

「待て待て待て待て! そんなことされても困るって!!」

「はっ!? そうですよね、こんなワタクシめの汚れた血で神聖な校舎を汚すなど愚の骨頂! 危うく新たな罪を重ねる所でした!」

「いやそういう訳でも……一体どうしたってんだ?」

「そうだよねぇ……いつもは上級国民がどうのこうのと根拠の無い自信に溢れてたのに」

「上級だなんてとんでもない! ワタクシめなど底辺オブ底辺、最下級の身分でも余りある光栄です!!」

「……いや、何だこれ?」


猪瀬のあまりの変わり様に戸惑う修也たち。

中身がそっくりそのまま全くの別人に入れ替わったと言われても信じられるレベルだ。

直接面識の無かった詩歌も不思議なものを見るような目で蒼芽の後ろから猪瀬を伺っている。

一瞬これは出し抜く為の何かの罠かとも修也は思ったが、それだけの為にあの猪瀬が頭を下げるなど考えられない。

土下座なら猶更だ。

それに今の猪瀬の目はこれ以上ないというくらいに澄んでいる。

嘘偽りなく本心で言っていないとあの目はできない。


「いやこの前も言ったけどさ、もう華穂先輩や美穂さんに関わらなければそれで良いから」

「なんと!? あれほどの所業を働いたワタクシめに対してそのようなご慈悲を……! あなたは菩薩ですか!?」

「何でそうなる!?」

「やったね土神くん! 新しい二つ名ができるよ!」

「嬉しくねぇ!!」

「あの……修也さん」


新たな二つ名が増えそうなことに修也が頭を抱えていると、遠慮がちに蒼芽が声をかけてきた。


「ん? どうした蒼芽ちゃん」

「その……周りを見てください」


蒼芽に言われ修也は周囲を見回す。


「お、おい……あれ見てみろよ。あの猪瀬が土下座してるぞ」

「嘘でしょ!? あの『謝る』という言葉が頭から抜け落ちてるアイツが!?」

「あの猪瀬が土下座して謝るとか、アイツ何者なんだ?」

「あ、私知ってる! 彼、この前凶器を持って校舎に侵入して暴れてた男を素手で制圧したんだって!」

「俺も聞いた! アミューズメントパークでハンマー振り回して暴れてた狂人をこれまた素手で制圧したとか!」

「昨日の朝ガラの悪い集団を話し合いで解散させたのも確かアイツだ!」

「何それ、凄すぎない!?」

「まさしく救世主!」

「英雄!!」

「神!!!」


あちこちから修也を賞賛する声が上がってくる。


「……え、えええぇぇぇ……」


その事実に修也は呆然と呟く。

ここは校舎の4階であり、3年の教室が配置されている階層である。

当然3年生が多く、華穂と猪瀬の確執を知っている者も多いだろう。

そんな中こんな騒ぎがあれば注目の的になるのは目に見えていた。


「と、とりあえずさ、もう華穂先輩や美穂さんに言い寄らないでくれよ?」

「もちろんです! 天地神明に誓っても!! もしワタクシめの姿が視界に入った場合は容赦なく叩き斬っていただいて結構ですので!!」

「いやいやそこまではしないから!!」

「なんと……罪深きワタクシめの姿が視界に入っても罪に問わないでいただけるとは……あなたはどこまで慈悲深いお方なのですか!?」


そう呟いて感動のあまり涙を流す猪瀬。


「いや、あの……」

「はっ! 貴重なお時間をワタクシめなどの為にこれ以上浪費させるわけにはいきません! それではこれで消えさせていただきます!!」


そう言って猪瀬は土下座した体勢のまま後ずさりして去っていった。


「……何か、アレはアレで気味悪いな」

「……だねぇ」


その姿を呆然と見送る修也と華穂。

周りは未だに修也への歓声が鳴りやまず、その騒がしさに詩歌が目を回しかけていた。


「と、とりあえずこの場は退散した方が良いな! 先輩、それじゃまた!!」

「あ、うん。ここは私に任せて自分の教室に戻って。またねー」


そう言って修也は蒼芽と詩歌の手を取って一目散にその場を後にした。

修也たちに手を振って見送る華穂にクラスメイトが集まってくる。


「ねぇねぇ姫本さん! あの子たち誰?」

「あの男子生徒は知り合いなの?」

「猪瀬が土下座で謝るって、一体何があったんだ!?」

「もうアイツに悩まされなくて済むようになったってことで良いの? 良かったね!」

「と言うか一緒にいた女の子たち可愛かったなぁ。紹介してくれよ!」

「無理でしょ、アンタなんか相手にされないわよ」

「なんだとー!?」

「悔しかったらあの男子生徒と同じくらいの功績をあげてみなさいよ」

「うっ……それは……」

「………………それに、私だったら……その……相手してあげるわよ……」

「えっ……」


矢継ぎ早に質問を投げかけてくる華穂のクラスメイトたち。

一部全く関係ない人間ドラマもどきが展開されだしたが誰も突っ込まなかった。

よほど修也のことが気になったと見える。


「まぁ落ち着いてよ皆。私ならきっともう大丈夫だから安心して。さ、お昼休みももうすぐ終わるし教室に戻ろ?」


そう言ってクラスメイトを宥める華穂。

その様子を見て本当に大丈夫だと悟ったのだろう。

クラスメイトたちも次第に落ち着いていく。


「じゃあ姫本さん、これだけ教えて? あの男子生徒は誰なの?」


クラスメイトの1人に投げかけられた質問に、華穂は……


「彼は……土神修也くん。最強のボディガードだよ」


満面の笑顔でそう答えるのであった。



「いやしかし、アレは何だったんだろうなホントに……」


5限と6限の授業が終わり放課後になっても修也は席を立たずに考え込んでいた。

視界の端では白峰さんと黒沢さんがやたらハイテンションで原稿用紙に漫画を描いている。

修也はできるだけ気にしないようにしながら昼休みの猪瀬の奇行について考える。

あれだけ華穂が冷たくあしらい修也が妨害しても諦めることなく華穂に粘着し、美穂にまで魔の手を伸ばそうとしていた猪瀬。

それが急に態度を改め、金輪際関わらないと言って去っていった。

目つきも今までとは全く異なり、見た目だけ一緒の全くの別人になってしまったように感じられる。

今までが今までだっただけに、あれはあれで不気味である。


「土神ー、帰らないのか?」

「もう授業は終わったわよ?」


いつまで経っても席を立たない修也を気にして、彰彦と爽香が声をかけてくる。


「ああいや、ちょっと……」

「……ふむ、事態は好転したがあまりにも不可解で頭を悩ませている……と言ったところか?」


今の状況をどう説明したら良いか分からず言い淀んでいる修也に、塔次が声をかけてきた。


「そういう言い方をするということは……氷室、この状況はお前が作り出したものか?」

「ものにはやりようがあると言ったはずだぞ」


修也の質問に対して得意気に答える塔次。


「たった一晩でこうまで状況が変わるって……一体何やったんだよ?」

「何、大したことではない。俺は人間の可能性の果てを見る為にあらゆる活動に顔を出している」

「そういや何かそんなこと言ってたな」


初めて会った日に塔次が言っていたことを思い出す修也。


「その過程で俺の顔は広く知られている。その結果様々な方面に人脈が出来上がった。その人脈の中には奴にとって頭の上がらない人物もいるのだ」

「なるほど……その人を介して猪瀬の奴を叩いてもらったのか」


自分のことを上級国民と言って修也たちを見下してきた猪瀬だが、当然その猪瀬よりも位の高い人は存在するだろう。

自分より下に見ている修也たちの言うことには耳を貸さなくても、自分より上と認定している人なら聞かざるを得ないということか。


「しかし……親の言うことすら聞かない感じだったアイツがそれくらいで態度を改めるか?」


新たに湧いた疑問を修也は口にする。

想像でしかないが、華穂を婚約者にすると言い出したあたりで親に窘められたはずだ。

それなのに猪瀬は一切態度を改めなかった。

いくら本人にとって頭の上がらない人物から釘を刺されたからとは言えあそこまで人格が変わるのは不自然である。


「……ふむ、だとしたら……」


修也の疑問に塔次は少し考え込んだ後……


「念の為にマインドコントロールを少々仕込んでおいたのだがそれが効いたのかもしれん」


しれっとそんなことを口にした。


「いや『隠し味に塩を少々』みたいなノリで怖いこと言うなよ! と言うか絶対それが原因だって!」


塔次の発言に対して席を立ち詰め寄る修也。


「案ずるな。このような手、あいつほどの奴じゃなければ使わん。俺が思うに全ての元凶は奴の歪んだ価値観だ。それを正すためには根底から思考矯正する必要があると思ったのでな」

「いや、あれはあれで大分歪んでる気がするが……」

「少なくとも他人への迷惑度合いは段違いでマシになったであろう?」

「…………まぁ、そうかもしれんが……極端すぎやしないか?」


塔次の言うことも理解できるが、もう少し落としどころが無かったのかと修也は思う。


「む? だったら別の人脈を使いソッチの気のある人たちに教育(意味深)をしてもらった方が良かったか?」

「だから何でそんな極端なんだよ!?」


またとんでもない計画をさらりと言う塔次に突っ込む修也。


「……だから言ったでしょ? 氷室君はひときわ濃いイロモノだって」

「なるほど……確かにな……」


先日爽香が言っていたことが痛いほど理解できた修也なのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ