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第3章 第28話

「『何故だ! 何故俺たちを……俺を裏切った!?』

『裏切った? ……それは違うな。俺は真実に気づいた。それだけだ』


血を吐くかのような叫びを、目の前のアイツは振り返りもせずそう切り捨てた。


『貴様は世の大局を見ていない。目の前のことしか見ていないからそのようなことが言えるのだ』

『……確かに俺は世界を救うなんて大それたことは考えていない。だが、自分の手の届く者だけでも守りたい! それがいけないと言うのか!?』

『いいや、それが悪いとは言わん。そうしたいならそうするが良い。ただ俺とは相容れない……それだけだ』

『昔のお前はそんなじゃなかった……同じ志を持ち、共に笑い共に泣き、同じ時を共にしたじゃないか!』

『……俺も若かった。あの時は世の中のことを何も知らなかった。だからあんな甘い戯言を……』

『…………本当にそうか?』

『……何?』


その言葉に初めてアイツの肩がピクリと動いた……気がした。


『お前、自分では気づいていないかもしれないが、拳と声が震えているぞ。本当はこんなことしたくなかったんじゃないか?』

『何を……』

『お前の妹……あまり様態が芳しくないんだろ? 治療を受けるには纏まった金がいる。だから……』

『黙れっ! 貴様に何が分かるっ!!』


ここまで平静を装っていたアイツの声が、初めて感情をむき出しにする。


『妹は……このままでは長くない。治療を受けさせるには貴様の言う通り纏まった金がいる。だがうちにはそんな資金は無い。だからっ……俺は……妹の、為にっ……!』

『馬鹿野郎!!』


言葉の途中で全力でアイツの頬を殴り飛ばす。


『ぐっ……!? 何をする!』

『そんな己の信念を曲げてまで得た金で治療して、お前の妹が喜ぶと本気で思っているのか!』

『くっ……』

『それに何故1人でどうにかしようとする!? 何故俺を頼らない!? 俺とお前の絆はそんな軽いものだったのか!!?』

『これは……俺の問題だ。貴様の手を煩わせるわけには……』

『それが馬鹿だと言ってるんだこの野郎! 俺がお前のことで迷惑だと思ったことなど1度も無い! あえて挙げるなら今! 俺に何の相談も無く裏切ろうとしたことだけだ!!』

『…………』


殴られた頬を押さえたままアイツは微動だにしない。


『なぁ……今からでも遅くはない。何があったのか話してくれ。そして2人で乗り越えていこうじゃないか』

『何故……何故貴様はそこまでして……』

『何を言っている。友として当然のこと……だろう?』

『……っ! き……きのこーーーーーー!!』

『たけのこーーーーーーー!!』


またひとつ困難を乗り越えて熱い抱擁で絆を深めたきのことたけのこ。この2人の友情はもう誰にも壊すことはできない! ……これが私の考えたお話だよっ!」


週明けの放課後の教室の隅にて、そう言って陽菜は広げていた原稿用紙を纏めてクリアファイルに仕舞った。


「………………はっ!? あまりの尊さに意識が飛んでしまっておりましたぞ!」

「陽菜先生、あなたは私たちを尊死させるおつもりですか!?」


陽菜に向かい合うように座っていた黒沢さんと白峰さんが陽菜に詰め寄る。


「ふふんっ、どうだい私の小説も捨てたもんじゃないでしょう?」

「悔しいですが流石ですぞ陽菜教諭! 自分の未熟さを痛感したであります」

「私も……目指すべき目標はまだまだ高みにあるのだと思い知らされましたわ!」


ドヤ顔で胸を張る陽菜に尊敬の眼差しを向ける白峰さんと黒沢さん。


「と言う訳でこの勝負は私の勝ち! 負けた2人は前に決めた罰ゲーム決行だよ!!」

「えぇっ!? 先日決めた罰ゲームと言えば……」

「スカートの丈を10センチ短くして……というアレですの?」

「もっちろん! それしか無いでしょ!」


満面の笑みでそう言ってのける陽菜。


「し、しかし陽菜教諭。そもそもあの勝負はきのことたけのこのどちらが人気があるのかという勝負ではなかったですかな?」

「ええ、私もそのように記憶しておりますが」

「お黙りっ!! そんな正論は求めちゃいないっ! 私が君たちのスカートから覗く太ももの普段は見えない部分を見たいだけだ! そしてあわよくばパンチラも拝みたい! 文句あるかぁっ!!」


どストレートに自分の欲望を曝け出す陽菜。

変態発言もここまで堂々としているとむしろ清々しい。


「しかし陽菜教諭、太ももなら体育の時間に見放題ではありませんか。それを今更……」

「黒沢さんっ! 君は過去から何も学んでいないのかっ!? 確かにブルマから伸びる生足も魅力的だよ? でもスカートから見える太ももにはまた違った趣があるんだよ! 前にも熱弁したでしょうがっ!!」

「ああ、確か『普段見えない所が見えることの魅力』について語った時のことですわね」

「その通りっ! 白峰さんは覚えてたようだね!」


白峰さんの言葉に満足そうに頷く陽菜。


「はっ……! そ、そうでした……陽菜教諭の教えを忘れるとは、一生の不覚……!」

「分かったかい黒沢さん! 罰として黒沢さんは更にスカートを10センチ短くすること!」

「あの……陽菜教諭? そこまでするともう何もしなくても下着がはみ出してしまいますぞ? 流石に下着を常に晒して歩き回れるほど自分の肝は座っておりませぬ」

「あー……確かにそれはそうだね……ゴメン、やっぱ今のはナシ」


下着を衆目に晒すという自身のトラウマを刺激してしまった陽菜はテンションを落として黒沢さんに謝って発言を撤回する。


「……と言うことは某国民的アニメのあの少女は実はとんでもない豪胆と言うことでは……!?」

「!? 確かにあの少女は常に下着を晒しているというのに恥じらう素振りすら見せておりませんな!」

「なんてこった! ここに来てまさか新説が生まれるとは! 早速学会に発表しなきゃ!」


……と思ったら即元に戻って騒ぎまくる3人。


「仁敷ー、帰ろうぜー」


そんな3人を完全スルーして修也は彰彦に声をかける。


「……そうだな。今日は爽香もまた1人で町巡りしてるみたいだし」


彰彦も変に首を突っ込んで絡まれたくないのだろう。

修也に同意して席を立つ。


「おぅ、今日は俺も良いか?」


そんな2人に戒が声をかけてきた。


「あれ? 霧生、今日は部活は?」

「今日は休みなんだよ」

「へぇー、運動部って平日はもちろん土日も休みなくやってるもんだと思ってたけど」

「体を鍛える為には休養も必要なんだとさ。俺はそれこそ毎日休みなく部活でも良いんだがなぁ」


彰彦の言葉に戒がそう呟いて答える。


「そこに俺も加えてもらっても良いか?」


そこにさらに塔次が加わってきた。


「んぉ? 珍しいな、氷室がこういうのに加わってくるとか」

「俺とて学友と肩を並べて下校したいと思う時くらいある」


戒の問いかけにそう答える塔次。


「……まぁそうだな。じゃあ4人で適当に町をぶらついてみるか」


この町に引っ越してきてからというものの、女の子とどうのこうのと言うことは色々あった修也だが男同士で遊ぶということは殆ど無かった。

もちろん引っ越す前もそんなことは無かったので新鮮な感覚に心躍りながら教室を後にする。


「……やはり殿方同士の友情というものは見ていて美しい物がありますわね」

「そうですなぁ。清々しさと言うか爽やかさが堪りませんな」

「そうだねぇ。男同士や女同士ならではの青春ってのも良いもんだね」

「さぁ、良いものを見て気力を補充できたところで先日の漫画の続きを描きますわよ黒沢さん!」

「承知しましたぞ! 先日は確かきのこ殿とたけのこ殿の濃厚な絡みシーンの5ページ目まで書きましたな!!」

「えぇ、この後も濃厚で綿密かつ繊細で大胆な絡みを12ページに渡って描き綴りますわよ!!」

「おぉっ! 凄く壮大だね! これは完成が楽しみだ!!」

「ふむぅ…………」


強く意気込む白峰さんを激励する陽菜。

一方で黒沢さんは黙り込んでしまった。


「黒沢さん? どうなさいましたの?」


そんな黒沢さんの様子に気付いた白峰さんが声をかける。


「…………白峰殿、実は自分……ちょっと自信が無いのであります」

「あらどうしましたの? 黒沢さんらしくもない……」

「……12ページで抑えられる自信が無いのであります!!」

「それでこそ黒沢さんですわ!! 私も負けていられませんわね!」


今の黒沢さんは非常にやる気に満ち溢れていた。

それを見て白峰さんも負けじと己を鼓舞させる。

ただ、お互いの瞳は欲望で濁っている。


(……俺は何も聞いてない。聞いてないんだ……)


背後で見た目だけは美少女の2人でそんな会話が繰り広げてられているが修也は根性でそれを黙殺するのであった。



「いやあの時は驚いたよ。まさかあの霧生が? ……ってな」

「ヒデェよな。俺がスマホ使いこなしているのに驚いてるのかと思ったら使えることそのものに驚いてんだから」

「えっ? 霧生お前スマホ使えたの?」

「お前もかよ仁敷!」

「ほほぅ、やるではないか霧生」

「褒められてる気が全くしねぇ!!」


修也たち4人は揃って校舎を出て話しながら校門へ向かう。


「だってさぁ、霧生って筋トレと飯のことしか頭に無さそうだし」

「んなことねぇよ。スマホのアプリを使えば食事量とか筋トレの管理も簡単にできるし」

「やっぱ筋トレと飯のことじゃねぇか」

「あ、あれ? ……いや、それだけじゃ……」

「ふむ、ならば問題だ霧生。QRコードの『QR』とは何の略だ?」

「え……? く……クォ…………クォ……」


塔次の急な質問に変な生き物の鳴き声みたいな声を出す戒。


「Quick Responceの略だ。読み取りが早いことからこの名がつけられた。従来のバーコードよりも保存できる情報量が桁違いでその差は約200倍に及ぶ」


戒からは正解が出ないと早々に見切りをつけた塔次が正解を解説と共に述べる。


「……何で読み取りが早いからってその名前なんだ?」


しかし戒は理解していなかったようだ。


「いや、流石に分かれよ霧生」

「百歩譲ってレスポンスが分からないのはまだ良いとしてクイックくらい分かるだろ」


そんな戒に修也と彰彦が呆れながら呟く。


「じゃあ土神と仁敷は分かるのかよ?」

「クイックは『早い』」

「レスポンスは『返事・反応・応答』あたりだな」

「分かるのかよ……」


即答した修也と彰彦を見てがっくりと肩を落とす戒。


「まぁここで意味を知れてひとつ賢くなったと思うが良い。何事も小さなことの積み重ねだ」


そんな戒に塔次がねぎらい(?)の言葉をかけたところで校門を通り過ぎる4人。


「……あっ」


そこで修也の視界に校門の側で停車しているリムジンが入ってきた。

それで修也はひとつ思い出したことがあった。


「どうした土神。忘れ物か?」

「ああ悪い。ちょっとだけ待っててくれ」


彰彦の問いに修也はそう答えてスマホを取り出す。

今日は彰彦たちと町をぶらつくなら華穂のボディガードはできない。

華穂からは別に用事があるならそっちを優先してもらっても良いとは言われているが、連絡は必要だろう。

修也はアドレス帳から華穂の連絡先を呼び出し電話をかける。


『もしもし、どうしたの土神くん?』


数コールした後華穂が通話に出る。


「いや、今日はクラスメイトと町をぶらつこうって話になって」

『ああ、だから今日はボディガード的なことはできないって連絡? 良いよ良いよ、気にせずそっち優先して』

「ありがとう先輩。それで今校門まで来てるんだけど迎えのリムジンが来てるからさ」

『あ、そうなの? 分かったすぐ行くよ。教えてくれてありがとねー』


そこで通話は切れた。


「これでよし、と……」

「ありがとうございます土神さん、姉さんへわざわざ連絡していただいて」

「うぉっ!? ……美穂さん?」


通話を切ったところに急に背後から声をかけられて修也は驚く。

振り返るとそこには美穂が静かに立っていた。


「あれ、もしかしてリムジンに乗ってました?」

「はい。姉さんの迎えのついでに今日は私も乗せてもらっていたんです」

「ああそうだったんですね」

「なぁ土神……この人、お前の知り合い?」


修也が美穂と話していると、彰彦が横から声をかけてきた。


「ああ、先日ちょっと縁があって知り合った」

「ふむ……容姿から察するに3年の姫本先輩の妹さんと推察しますが相違ありませんか?」

「え……氷室何でお前先輩のこと知ってんの」


華穂のことを知っているかのような塔次の口振りに修也は疑問を持つ。

学年が違えばよほどの事情が無い限り接点など生まれないはずである。


「先日言ったであろう、俺は3日で同学年全員の顔と名前を覚えたと。ならば進級して1ヶ月以上経った今、他の学年の生徒全員の顔と名前を覚えていても不自然ではあるまい?」

「覚えられることが不自然な気もするがな……お前の頭の中はどうなってんだ」


当たり前のように言ってのける塔次に呆れる修也。


「お二方は土神さんと霧生さんのお友達ですか?」

「あ、はいっ。仁敷と言います」

「俺は氷室と申します。どうぞお見知りおきを」


美穂に話しかけられ彰彦はやや緊張しながら、塔次は芝居がかった仕草で名乗る。


「ご丁寧にありがとうございます。私は姫本美穂と申します」


そう言って丁寧にお辞儀する美穂。

その仕草はやはり気品の溢れる上品なものであった。


「な、なぁ……土神はともかく、何で霧生がこんな美人さんと知り合いなんだ?」

「いや俺はともかくって何だよ」

「と言うか俺に美人の知り合いがいたらいけないのかよ」


彰彦の質問に苦言を呈する修也と戒。


「いやだって、土神には舞原さんがいるじゃん」

「え……あー、まぁ……」


彰彦に蒼芽を引き合いに出され、修也は言葉が詰まる。

確かに蒼芽も美少女と言っても全くもって差し支えがない。

ならば彰彦の言い分も納得できてしまう。


「……って、いやいや……それだと俺が容姿で付き合う相手を選んでるみたいじゃないか」

「でも土神の周りにはそういう子が多いってのは事実だろ? ……どこのラノベ主人公だよっ!」

「それを蒸し返すな!」


唐突に詰め寄ってきた彰彦を適当にいなす修也。


「……おやおや、これはこれは。思わぬところに幸運の来客がいましたね」


……と、そこに聞くだけで不快になる声が修也たちの間に割り込んできた。


(げ……この声は……)


その声を聞いてテンションだだ下がりの修也。

なぜなら……声の発生源は今回の騒動の元凶である猪瀬だったからだ。

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