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第3章 第26話

「よし、誰も使ってないな」


戒は誰も使っていないことを確認してから舞台に上がる。

舞台とは言ってもコンクリートでそれっぽく形作っているだけでそこまで本格的なものではない。

広さもせいぜい教室2つ分くらいだろうか。

まぁ演劇の練習として使うならこれでも十分すぎるくらいだろう。

その舞台を中心として半円状に観客席代わりのベンチが数列設置されている。

修也と戒以外の面子はそこの最前列に座った。

修也も舞台に上がり、戒と2メートル程離れて向かい合って立つ。


「で、ルールは? 勝ち負け付けないっつったってそれくらいはいるだろ」

「そうだな……時間制限3分間の立ち合いでどうだ? あと、怪我しかねない危険行為は禁止で」

「そりゃまあそうだな」


ただの軽い手合わせで怪我なんてしたら笑えない。

互いにそんなつもりは無いだろうが認識合わせは大事だ。


「あとは自由で。あまり細かくあれこれ決めてもめんどくさいだけだろ」

「お前が覚えきれないだけじゃあ……?」

「まぁそれもあるな! 試合の時はそこまで考えてないし!」


修也の指摘を笑い飛ばす戒。


「それじゃあ時間は私が測りますね」


そう言って蒼芽がスマホのタイマーアプリを起動させる。


「それでは…………はじめっ!!」


蒼芽がタイマーを起動させる。

それと同時に戒の目つきが真剣なものに変わった。

とは言えすぐに突っ込んでくるようなことはせず、足の裏全てを地面につけ肘を軽く曲げて腕を前に出し、手を軽く握る様な姿勢で修也の方を見る。


「………………」


修也も修也で不用意に飛び込まず、戒の様子を伺う。

元々修也は相手の出方を見て、それに対応していくスタイルだ。

自分から仕掛けることはあまり無い。


(うーん……これはもしかしたら今までで一番やりづらい相手かもしれん……)


不法侵入者やハンマー男の場合は敵意をこれでもかというほど露わにしていた。

だから思考が荒く、どこを狙っているのかが手に取る様に分かった。

しかし今目の前にいる戒には敵意など存在しない。

せいぜい観客となっている蒼芽たちに『良い所を見せられたらいいなぁ』程度のものだ。

それに加えて使い慣れていない武器を振り回していたあの男たちとは違い、戒はきちんと武術を身に付けている。

それゆえに行動の先読みが比較的難しい。

武術熟練者の素手は武器を持った素人よりも厄介なのである。


(まぁ比較的難しいってだけで、できない訳じゃないからこれは何とでも……それよりも……)


もうひとつ修也が懸念しているのは単純な体格差だ。

戒は修也よりも背が高い。

さらに毎日鍛えてるだけあって筋肉量も段違いで、当然体重差も大きい。

そこから与えられる威圧感も並大抵ではない。


「そろそろ……いくぞっ!」


そう言うと共に戒が修也に向かって一足飛びで接近してくる。

一瞬で修也との距離を詰める戒。

そしてその勢いのまま右手を修也に向けて伸ばしてきた!


(もらっ……!?)


修也を捕らえたと思った戒だが、いつの間にか修也は体ひとつ分右にずれていた。

つまり修也は今、戒の伸ばした右腕のさらに右側にいることになる。

人体の関節はそちらの方向に曲がるようにはできていない。

当然そこは死角となり、隙だらけになる。


「っ!」


戒は反射的に右腕を引く。

それは自然と肘鉄でカウンターを決めようとした修也を迎撃する形となった。


「っと……」


それを察知した修也は動きを止めて距離を取り直す。


「……スゲェな土神。いつの間に右にずれてたんだ?」

「お前が俺に向けて右手を伸ばそうとした瞬間、かな」


事も無げに言う修也だが、それがどれだけ凄いことなのか戒には分かる。

修也は狙いを定めて動き始めようとしたその一瞬をついて動いたと言う。

これが早すぎると動いたと認知でき、狙いを変更する余裕が生まれるので意味がなくなる。

だからと言って遅すぎると今度は回避が間に合わない。

つまり修也はその一瞬を見切れる洞察力を持っているということだ。


「霧生、お前こそ反応速度がハンパねぇぞ。カウンターを迎撃されたのは初めてだ」


修也も驚きを隠せない。

人間にはリアクションタイムというものがある。

刺激を与えてから反応が起こるまでの時間のことを言い、これはどれだけ鍛えてもゼロになることはない。

これが一般的に『隙』と言われるものだ。

修也はその並外れた動体視力で動きを先読みして攻撃の空振りを誘い、そこで発生した隙を狙ってカウンターを放つ。

だが戒の反応速度が尋常では無くリアクションタイムが極端に短かったためカウンターは間に合わず、仕切り直しとなった。


「いや本能的にヤバいと察知して腕を引いたのがうまくいったって感じだな。じゃあ仕切り直して……!」


そう言って戒は今度はフック気味に腕を伸ばし修也の側面を狙う。


(うおっ!? また……!?)


しかしまたしてもいつの間にか修也は今度は体を低く沈み込ませていてこれを回避。

その姿勢のまま右側にステップを踏んで回り込む。


(くっ!)


戒は強引に姿勢を戻し、修也の右からのカウンターに備える。


「……いやさ、あの体勢から持ち直すってどういう身体能力してるんだよ」


今度は確実に隙を突けたと思ったのだが、予想以上の身体能力で持ち直した戒に修也は半ば呆れ気味で呟く。


「体鍛えてるからな!」

「鍛えてどうこうできる問題じゃないような……」


その後も戒が仕掛けて修也がカウンターで返そうとするが阻まれるという応酬が続く。

同じような動きが何度も繰り返されると戒も慣れてきたようで、動きに無駄が無くなっていく。


(流石の運動神経だな……)


伊達に彰彦や爽香たちに脳筋と言われてはいないということか。

修也は戒の身体能力と適応能力に素直に感心した。

しかし感心してばかりもいられない。


「残り30秒でーす」


スマホのタイマーを見ていた蒼芽からそんな声が上がる。

そう、もう時間が無いのだ。


「次あたりで最後か……」

「勝ち負けは付けないって話だけど……引き分けは何か締まらないな」

「同感だっ!」


そう言って戒が再び攻撃を仕掛ける。

右腕を修也に向けて伸ばすが修也はこれを回避。


「これはもう覚えた! ここから……!」


戒の攻撃を回避してからのカウンターが来る。

3分弱の応酬で戒はその感覚を掴んでいた。


(今度こそカウンターを逆に迎撃する!)


戒は姿勢を右に向けて修也を迎え撃つ。

だが……


「なっ……いない!?」


準備万端の姿勢で待ち受けた戒の前に修也の姿は無かった。


「……こっちだ」

「っ!?」


驚く戒の耳に修也の声が聞こえてきた。

その方向は……後ろ。

やられた! ……と戒は後悔するがもう遅い。

回避も防御も間に合わない。

戎は修也のカウンターの直撃を覚悟する。

当然修也がこの隙を見逃すわけが無い。

無防備な戒の腰に修也の掌底が…………とん、と軽く当てられた。


「…………え?」


予想していたよりも遥かに軽い衝撃に戎は戸惑う。

これでは打撃と言うよりただ手を置いただけだ。

もちろんこの程度の衝撃ではダメージなど受けない。


「怪我に繋がりそうな行為は禁止……だろ?」


そう言って疑問の残る戒の背中を軽く叩く修也。

そこで戎は先程自分で言ったルールを思い出した。


「…………ははっ、そうだったな」


そう言って戒は軽く笑う。


「…………はいっ! タイムアップです!」


その時、蒼芽が3分経ったことを知らせる。


「…………ふぅっ! いやー楽しかった! またいつかやろうぜ土神!」


そう言って大きく息を吐き、実に晴れ晴れとした笑顔で修也に向き直る戒。

そして修也に向けて右手を差し出す。


「俺も楽しかったよ。たまには悪くないなこういうのも」


それに対して修也はそう言いながら差し出された戒の右手を握る。

その光景を見た蒼芽たち観客から拍手が巻き起こる。

がっちりと握手をして修也と戒の3分の組手は幕を下ろした。



「そういや腹減ったな。そろそろ昼飯にするか」

「え、霧生昼まだだったのか? ……ああずっとランニングしてたんだもんなお前」


昼食がまだだったことを思い出してそんなことを言い出す戒。

それに対して修也はやや呆れ気味に返す。


「……あの、実は僕たちもまだでして……」

「え、陣野君たちも?」


陣野君の申し出に修也は意外に思って聞き返した。


「それが……佐々木さんと何食べようか話してたんですけど決まらなくて、とりあえず公園で一休みしようかと思って来たら土神先輩たちがいたので……」

「ああ、そう言う流れだったのか」

「舞原さんたちはもう食べたの?」

「あ、うん。私たちは姫本先輩の招待でクレープをご馳走になったの」

「うーん、でももうちょい食べればよかったかなぁ?」

「あれ、足りなかった? 遠慮せずもっと食べて良かったのに」

「いや、流石にそれはちょっと図々しいと言うか……それにどうしてもクレープってデザート感があるから……」

「あ、土神さんもですか? 実は私もそう思っていたところでして」

「え?」


あくまでもクレープはデザートという感覚が抜けない修也としては、クレープだけで昼食が終わりというのはどうも物足りない。

そういうつもりでの発言だったのだが、美穂が賛同してきたことに思わず聞き返す。


(確か美穂さん、俺と同じものに加えて蒼芽ちゃんや華穂先輩と同じものも食べてたような……?)


単純に量だけで言うなら美穂は修也よりも食べているのだが……


「そ、そうですよねー。何か腹持ちがあまり良くなかったと言うかー……」


修也は頭に浮かんだ疑問を押し込んで深く考えないことにした。


(甘いものは別腹……そう、別腹なんだよ、うん)


そうやって何とか自分を納得させる修也。


「だったら皆でどっか食べに行くか?」

「いやでもそれだと……」


まだ食べてない戒・陣野君・佐々木さんや食べ足りない修也・美穂とは違い蒼芽と華穂はもう十分だろう。

それなのに連れて行くのもどうなのかと思い修也は戒の提案に待ったをかけようとした。


「あ、私のことは気にしなくてもいいですよ」

「うんうん。ドリンクバーだけ頼むとかやりようはいくらでもあるしね」


だが蒼芽と華穂は特に気にしないようだ。


「よし、じゃあ行こうぜ!」

「どっか当てはあるのか?」


今修也たちは7人いる。

それだけの人数ともなると行ける店は限られてくる。


(ファミレスとかが妥当かな……?)


以前不破警部に連れられたり陽菜たちのプチ女子会に巻き込まれたファミレスにアタリをつける修也。


「俺が良く行くラーメン屋が近くにあるんだ。この時間ならこの人数でも大丈夫だろ」

「いやちょっと待て」


自分の行きつけのラーメン屋に行こうとした戒を修也は止める。


「ん? どうした?」

「半分以上が女の子のこの面子でラーメン屋ってチョイスはどうなんだ」


前にも思ったことだが、修也としては女の子がいるならもうちょっと洒落た店にするべきではないかという考えがある。

ファミレスがお洒落かどうかは疑問が残るところではあるが、ラーメン屋よりはマシだろう。

そう思って意見したのだが……


「いえ、別に私は構いませんよ?」

「あれ、そうなの?」


蒼芽は特に気にしていないようだ。


「前にも言ったじゃないですか。私はどこに行くかよりも誰と行くかを重視してるって」

「ああ、そう言えば……」


さっきも自分と一緒なら何でも楽しいと言っていたことを思い出す修也。

加えて修也がラーメン屋へ行くならお供すると言っていたことも思い出した。


「わ、私は陣野君が行きたいのなら……」


佐々木さんは陣野君に任せるつもりらしい。


「ぼ、僕は……食べられるなら何でも……」

「陣野君、その回答は良くない」

「……え?」


何でも良いと言う陣野君に修也は注意する。


「一見彼女の言うことに合わせてあげられる優しい彼氏に見えるけど、見方によっては自分で物事を決められない優柔不断な男に映るぞ」

「な、なるほど……流石は土神先輩。深いお言葉です!」

「あ、いや、これは……」

「ゴメン佐々木さん! これからはしっかり自分の意見を持って主張できる男になるよ!」

「う、うんっ! 頑張って陣野君! 応援してるからねっ」


修也の言葉に感動した陣野君と、その陣野君の宣言にこれまた感動している佐々木さん。

修也は今更『これどっかの誰かが言ってたこと』とは言えなくなり言葉に詰まる。

困惑する修也をよそに絆を深める陣野君と佐々木さん。

また意図しないところで自分の評価が変な上がり方しないか懸念する修也であった。


「私はむしろラーメン屋に行きたいね! ついにあの呪文を使う時が来たよ!」

「いや普通に食べる気なのかよ先輩」


華穂に至っては乗り気である。

クレープを食べに行った時に口走っていた呪文を使う気らしい。


「いやー……食べるのは美穂ちゃんにやってもらおうかなーって」

「……自分で注文した分は自分で食べてね、姉さん」

「あ、やっぱりダメ? じゃあ仕方ないか。蒼芽ちゃん、二人で何かシェアして食べよ」


美穂にやんわりと釘を刺された華穂は早々に諦めて蒼芽とシェアすることにしたようだ。


「美穂さんは良いんですか? ラーメン屋に行くこと自体は」


修也は美穂に尋ねる。

美穂の様にお嬢様オーラがとめどなく溢れ出ている人に庶民の行く店の代表格みたいなラーメン屋が似合うのか甚だ疑問だったからだ。


「はい、問題ありません。ラーメンは好きですよ」

「あ、食べたことあるんですね」


修也はてっきり美穂はラーメンとは無縁の生活を送っているものだと思っていたが、それは勝手な思い込みだったらしい。


「ええ。うちでも結構な頻度で食卓にあがりますよ」

「……ホント庶民派ですねぇ姫本家って」

「お嫌ですか?」

「いいえ全く。むしろこの方が良いです」

「ふふ、それは良かったです」


修也が抱いていた金持ちのイメージと姫本家がどんどんかけ離れていってるが、修也としてはそちらの方が親しみやすくて好感が持てる。

その修也の回答を聞いて美穂は優しく微笑むのであった。

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