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第3章 第25話

「お疲れ様ですお嬢様方。公園に到着いたしました」


十数分後、リムジンは再び公園の駐車場まで戻ってきた。

運転席を降りた御堂が後部座席のドアを開ける。


「ありがとね、御堂さん」

「御堂さんもお疲れ様です」


華穂と美穂は御堂にねぎらいの言葉をかけてリムジンから降りる。


「どうもありがとうございました」

「ありがとうございました。移動中とても快適でした」


修也と蒼芽も礼を言って降りる。


「御堂さんはこのまま帰るんですか?」

「いえ、私は何かあった時にすぐ対応できるようここで待機しております」

「え、良いよ? 御堂さんも帰ってクレープパーティーに参加しても」

「いえ、お嬢様方を残して帰るなどしてもし万が一のことがあったら……」

「土神くんがいるんだから大丈夫だよ!」

「……そうでしたな。今のお嬢様には『最強のボディガード』がいらっしゃるんでしたね」

「え、その通り名浸透しちゃってるんですか?」


ごく自然にその単語を口にする御堂に尋ねる修也。


「事実じゃん」

「事実ですね」

「いや、ちょい、何蒼芽ちゃんまで賛同してんの」


深々と頷く華穂と蒼芽に修也は待ったをかける。


「姉さんはともかく蒼芽さんもそう仰るということは事実なんでしょうね」

「美穂さんまで……」


美穂も同意しだしたことにがっくりと肩を落とす修也。


「えー? でも男の子って『最強』とかそう言う肩書に憧れたりするものじゃないの?」

「……少なくとも俺にそれは当てはまらねぇ」

「でも修也さんがいるということが安心材料になることは間違いないですよ。実績がありますし」

「う、うーん……」


最強かどうかはさておいて、蒼芽の言う通り確かに実績はあるのでそれ以上は何も言えない修也。


「……でもやはり私はここで待機しておきます。恐らく今から戻ってもクレープは無くなっているでしょうし」

「あ、それは確かにそうかも」


姫本家からこの公園までは往復で30分程度かかる。

修也たちが出発した時点で食堂には結構な数の使用人がいた。

その人たちが全員参加していたとなると生地も具材も全て無くなっていてもおかしくはない。


「なのでどうぞ私のことは気にせず楽しんできてくださいませ」


そう言って恭しく頭を下げる御堂。


「うん、じゃあ行ってくるよ」

「行ってきます、御堂さん」


華穂と美穂はそんな御堂に声をかけて歩き出した。

修也と蒼芽もその横に並んで歩く。


「……で、なにをやりましょうか?」

「まぁとりあえず公園内をのんびり1周しない? 何か面白い物があるかもしれないよ」

「仮に何も無くてもそうやって公園を巡って季節を楽しむというのも良いものですよ」

「美穂さんが言うと一気に趣がある様に聞こえるなぁ……」


そんなことをわいわいと話しながら公園内部に向かう4人。

御堂はその背中が見えなくなるまで頭を下げて見送っていた。



「うーん、こうやって公園を歩き回るだけでも友達とやるなら楽しいものだねぇ」


華穂は公園の整備された道を歩きながら言う。


「何の気兼ねも無く歩けるというのも楽だしね。ありがとうございます土神さん」

「え? 何で俺今お礼を言われたんですかね?」


突然美穂に礼を言われて戸惑う修也。


「私たちは立場上どうしてもそこまで気楽に町中を歩くということができません」

「最近はちょっと色々と物騒だし」

「あ、姫本先輩は特に……」

「うん、まぁね」


蒼芽の言葉に複雑な表情で頷く華穂。


「送り迎えをしてもらうにしても、私たちの都合で家の人の時間を割いてもらうのも申し訳ないですし」

「いやそこは仕事ですし……」

「先輩も美穂さんも苦労してるんだなぁ……」


恐らく幼少期も悪意のある人間による誘拐などに気を付けなくてはならず、気軽に遊びに行くことなどもできなかったはずだ。

資産家ならではの悩みがあることに修也はそう呟く。


「でも土神くんが一緒なら護衛もいらないし一緒に遊んでるわけだから気遣いも無用だし」

「まぁ先輩たちの役に立てたってなら引き受けた甲斐があったってもんだ」

「やっぱり修也さんは凄いですよ!」

「え、何急にどうしたの蒼芽ちゃん」


唐突にそんなことを言い出す蒼芽に疑問顔の修也。


「いえ、こうやって修也さんの自己肯定感を高めようかと」

「あぁー……そうだね。土神くん、君はもう少し自分に自信を持つべきだよ」

「そう言われてもなぁ……」


蒼芽と華穂にそう指摘されてもイマイチピンとこない修也。


「……あれ、土神じゃないか。どうしたんだこんな所で」


その時、横から修也たち4人の誰でもない声がかけられてきた。


「ん? ……あれ、霧生?」


声をかけられた方を見てみると、そこには戒が立っていた。

戒はランニングウェアを着ており、額にはうっすらと汗が浮かんでいた。


「ロードワーク中か?」

「おうよ。この公園はランニングするのにちょうどいいからな。毎週末こうやって走りこんでるんだ」

「そうなのか。邪魔しちゃったか?」

「んなことねぇよ。そろそろ一旦休憩挟んでも良いかなって思ってたところだ」


そう言って軽く屈伸する戎。

恐らくクールダウンの為だろう。

ランニング後に急に足を止めるのは良くないというのは修也も聞いたことがある。

その辺のケアに抜かりは無いのは流石である。


「ふーっ……流石に朝からずっと走りっぱなしだと少し疲れるな」

「……ん? 朝から?」


額の汗をぬぐいながら言う戎の言葉に引っかかりを感じた修也。


「……お前一体いつから走ってんの?」

「朝からって言っただろ?」

「具体的な時間だよ」

「えっと……確か8時前に家を出てからずっと走ってたな」

「……あの、修也さん……今お昼過ぎですよ?」


スマホで現在時刻を確認した蒼芽が修也にそっと呟く。


「……途中で休憩は?」

「いや、これが初めての休憩だ」

「それで少し疲れただけってどうなってんだお前の体力は」


しれっと言ってのける戒に修也は呆れてそう返す。


「あっ、ところで土神、その人たちは誰だ?」


今になって修也1人だけでないことに気づいたらしい。

戒が蒼芽たちを見ながら尋ねてくる。


「あぁえっと……この子は舞原蒼芽ちゃん。俺の引っ越し先でお世話になってる家の子で、同じ学校の1年生だ」


修也は隣に立っている蒼芽を紹介する。


「初めまして、舞原蒼芽です。修也さんには先々週からうちでお世話になっていただいているんです」


修也に紹介されて、頭を下げて挨拶する蒼芽。


「蒼芽ちゃん、またよく分からん表現を……」

「そっか、そういや引っ越してきたんだったな土神は」

「え、そこかよ?」


やたら親しげだとか下の名前で呼び合ってるとかそういうことを一切気にせず、修也が先日引っ越してきたことを再認識する戒に突っ込む修也。


「……まぁ良いや。続きは明日以降改めて紹介するよ」

「え、何でわざわざ……今紹介してくれれば良いだろ?」


蒼芽を紹介しただけで終わらせようとする修也に疑問を呈する戎。


「え? だって霧生お前……1日に1人しか名前を覚えられないだろ?」

「いくら何でもそこまで馬鹿じゃねぇよ!?」


戒は真顔でそう言う修也に突っ込む。


「そこまで……ってことはある程度馬鹿なのは自覚してんのか」

「まぁそりゃあ……テストの成績という目で見て分かる形で出されたら……」


修也の指摘に言い淀む戒。


「ねぇねぇ土神くん、じゃあ逆に私たちに紹介してよ」

「ああ確かにそっちは問題無いな」


華穂の提案に修也は頷く。


「コイツは俺のクラスメイトの霧生戒。身体能力と運動神経だけはハンパねぇ奴だ」

「おう、よろしくな!」


修也の雑な紹介も別に気にした様子を見せない戒。

さっきの蒼芽の紹介でもそうだったが、これは戒が小さなことは気にしないおおらかな性格だからなのか、ただの馬鹿だからなのか。

……恐らく後者だろう。


「霧生くんだね。私は姫本華穂。そしてこっちが妹の美穂ちゃんだよ」


華穂の紹介に合わせて美穂は丁寧にお辞儀する。


「あ、ちなみに蒼芽ちゃんは1年だけど華穂先輩は3年だからな?」

「え? でも土神、お前はタメ口で……」

「それは先輩にそうしてくれって頼まれてるだけだ」

「そ、それは失礼しました!」


華穂が先輩と聞いて戒は慌てて頭を下げて言葉遣いを直す。


「え、別に良いのに。敬語使わなくても私は気にしないよ?」

「そう言う訳には行きません! 先輩なんですから!」

「うーん……流石体育会系……」


頑なに敬語遣いをやめない戒に修也はある意味感心したように呟く。

そう言う世界では上下関係というのは絶対なのだろう。


「先輩、これは俺の時みたいに敬語を使わないのを強要するのはやめた方が良い」

「……まぁそうだね。確かにこれは無理強いしない方が良さそうかな」


修也の提案に納得した華穂はおとなしく引き下がる。


「では私は問題ないですね。同じ2年生ですので」


美穂が柔らかく微笑みながら戒に話しかける。


「えっ……あ……で、でも……」


それに対し何故か言葉が詰まる戒。


「どうした霧生?」

「いや、何か……この人には丁寧に接した方が良いと本能が訴えかけてきてる気が……」

「んな大袈裟な。分かる気もするけど」


実際修也も美穂に対しては敬語で話している。

決して話しかけにくいわけではないのだが、フランクに話すのは何故か抵抗感があるのだ。


「…………あれ? 舞原さん?」


その時、別の方向から声がかかってきた。


「え? ……あ、佐々木さん」


呼ばれた蒼芽が振り返ると、そこには蒼芽のクラスメイトの小柄な少女、佐々木さんが立っていた。


「……あっ! そ、それに土神先輩も!? お、おはようございますっ!」


修也もいることに気付いた佐々木さんが全身を硬直させ、綺麗に90°体を折って挨拶する。


「いやもう昼……まぁそれは置いといて、佐々木さんがいるってことは陣野君もいるのか?」

「は、はいっ! 陣野君は今自販機を探してるところです。もうすぐ来ると思いますけど……」

「あ、いたいた佐々木さん……って、土神先輩!? 今週も会えるなんて感激です!」


缶ジュースを2つ持って佐々木さんの所にやってきた陣野君が修也の姿を見つけたことで表情を輝かせて駆け寄ってきた。


「いやだから大袈裟だって……」

「ねぇねぇ土神くん、今佐々木さんと陣野くんって言ったよね? ということは……この2人が唐揚げ定食が発端で付き合うことになったっていう、あの?」

「うん、まぁ……でも改めて言われるとホントに意味分からん付き合いだし方してるよなぁ……」


華穂の言葉に頷きながら陣野君と佐々木さんを見やる修也。


「うわぁ、凄い……! 土神先輩よりも大きい……!」

「凄い綺麗な人……! 素敵……」


その2人はそれぞれ戒と美穂を見てぽつりと感想を漏らしていた。


「あ、あのっ! 僕、1年の陣野と言います。名前を聞いても良いですか?」

「え、俺? 霧生だけど……」

「霧生先輩! どうやったらそんなに大きくなれるんですか!?」


陣野君が戒に尋ねる。

日頃『大きくなりたい』と言っている陣野君からすれば、身長が190センチに届きかねない戒はまさに憧れの姿なのだろう。


「そんなのたくさん食ってたくさん体を鍛えれば大きくなれるぞ!」


陣野君の質問に対し、戒は実にシンプルな回答を返す。


「なるほど分かりました! いっぱい食べていっぱい鍛えます!」

「それで良いのか陣野君……そんな単純な話でもないと思うんだが……」


先週もそうだったが陣野君はどうも話を真に受けやすい傾向がある。

素直なのは良いことだが変な奴に騙されないか修也は少し心配になった。


「あ、あの……私、佐々木と言います。お名前を伺っても良いですか?」


佐々木さんは佐々木さんで美穂に話しかけている。


「私ですか? 姫本美穂と申します。どうぞお見知りおきください」


年下で小柄な佐々木さんに対しても美穂は丁寧な口調で柔らかく微笑んで話しかける。


「あの……どうすればそんなに綺麗になれるんですか?」

「ふふ、綺麗と言っていただけて嬉しいです。私が心掛けているのは心を綺麗にすることです。そうすればおのずと表面も綺麗になる。私はそう信じています」


佐々木さんの質問に対し、美穂はそう答える。


(確かに美穂さん、小さい頃からそう言う訓練を自主的にしてきたって言ってたもんなぁ)


修也は先程美穂がそう言っていたことを思い出す。

美穂は幼い頃からマナーや作法をみっちりと学んでいたと言う。

しかも自主的にだ。

やらされるのと自ら進んでやるのとでは身に付き方が段違いだ。

内面を磨き続けた結果が今というのであれば、説得力は限りなく高い。


「それと、ご飯をたくさん食べることです。もちろん食べるだけでなく適度に鍛えることも大事ですよ」

「あれ何かそれついさっき同じこと言ってる奴がいたような気がするんですけど」


付け加えられた美穂の言葉にツッコミを入れる修也。


「そうですよね! 腹いっぱい食うことは大事ですよね!」

「はい。食事は生きる活力を得るものです。先程土神さんにも言いましたが、人間健康が一番です」


変な所で意気投合する戒と美穂。


「あ、そうだ。せっかくこうやって会えたんだし土神に少し頼みがあるんだ」


突然戒が何かを思い出したようで修也に話しかける。


「俺に頼み? 何だ?」

「ちょっと手合わせしてくんね?」

「手合わせ? 組み手的なアレか?」

「そうそう、別に勝ち負けとかは付けずに軽くな。この前のアミューズメントパークでの話を聞いてどれだけ腕が立つか単純に興味あるんだ」

「あっ! 私も見たい見たい!」

「私も興味あります」


戒の提案に華穂と美穂が同調してくる。


「あの、僕たちも見せてもらっても良いですか?」

「土神先輩のあの立ち回りがまた見られるなんて……!」


陣野君と佐々木さんも乗り気だ。


(蒼芽ちゃんは……聞くまでも無いなあれは)


ちらりと見た蒼芽の目は期待一色に染まっている。


「んーまぁ……霧生相手なら大丈夫か……」


以前華穂を相手にした時は下手したら華穂が怪我しかねないのでタッチゲームで妥協してもらったが、戒ならその心配はなさそうだ。


「よっしゃ決まりだ! 確かこの公園舞台があったよな? そこでやろうぜ!」


そう楽しそうに言う戒を先頭にして、いつの間にか大所帯になった一行は公園にある舞台に向かって歩き出すのであった。

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