第3章 第24話
「……ごちそうさまでした。どれも美味しかったです」
手を合わせながらそう言う美穂。
その所作も優雅で気品の溢れるものだ。
しかし修也と蒼芽はそこよりも気になるところがあった。
「……本当に全部食べましたね……」
「あの後俺は追加で作ったけど、その分も食べるとは思わなかった……」
それは美穂の食べる量だ。
最初に修也たちがそれぞれ作ったクレープと同じものを食べた。
流石に昼食としては修也は足りなかったので追加で作ったのだが、それもまた美穂は同じものを食べたのだ。
「土神さん、次は何にいたしますか?」
「え? えっと……せっかくだから華穂先輩みたいに食事になり得るような具材を入れてみるか……」
「では私も同じものを」
「えっ!? 美穂さん、まだ食べられるんですか?」
修也と同じものを作って食べようとする美穂に驚く蒼芽。
「甘いものは別腹ですから」
「それはさっきも聞きましたけどそう言う問題ではないような……」
「それに今から食べようとしているのは甘くないんですが……」
「甘いものとそうでないものでは入る場所が違うんですよ」
「え、えぇ……そう言う解釈なの……?」
にこやかに言う美穂に蒼芽は言葉が出ない。
「美穂ちゃんは昔からよく食べる子だったからねぇ」
一方の華穂はいつもの事なのか大して驚いていない。
「それでそのスタイルを維持できるとか……羨ましすぎます」
蒼芽が美穂の体をじっと見つめながら言う。
「そう思いませんか修也さん?」
「いや俺に振るな。下手な発言はセクハラ案件に繋がるから回答は差し控える」
「えー、男の子の目線でどう思うか気になったんだけどなー」
修也の回答に対して不満そうに唇を尖らせる華穂。
「では土神さん、これだけはお聞かせ願えませんか? 男性から見てたくさん食べる女性は一般的にどう思われるかを」
「え? うーん……そうですねぇ……」
美穂の質問に対し、それくらいマイルドなら問題無いだろうと踏んで修也は考える。
美穂は確かに華穂や蒼芽と比べるならたくさん食べる方だ。
しかし自分のような育ち盛りの男子高校生と比べたらそうでもない。
さらに言うなら戎のようにとんでもない量を食べる奴だっているのだ。
美穂はあくまでも『女子高生としては割と食べる方』程度だ。
それならどうということはないだろう。
「……うん、美穂さんくらいなら別に騒ぎ立てるようなものじゃないと思いますよ」
「あら、そうなんですか?」
「まぁ俺が食べる量で良し悪しを判断しないってのもありますけど」
「ふふ、そうですか。それが聞けて良かったです」
修也の回答を聞いて微笑む美穂。
「むしろ極端な食事制限をして無理のあるダイエットをする方がどうかと思います。健康が一番ですよ」
「確かに、健康が一番ですね」
修也の意見に同調する美穂。
(……良かった、修也さんがそう言うのを気にする人じゃなくて)
その修也の後ろで人知れず胸を撫で下ろす蒼芽。
やはり年頃の女の子としてはそういうことは気になるものなのだ。
「良かったね蒼芽ちゃん。気兼ねせず好きなだけご飯が食べられるよ!」
「いえ……だからと言って食べすぎるのはどうかと思いますけど」
横からかけられた華穂の言葉に苦笑いしながら蒼芽はそう返事をするのであった。
「あ、美穂ちゃん。そう言えばお父さんとかお母さんは? 土神くんたちを紹介しようと思ったんだけど」
華穂が自分の両親の所在を美穂に尋ねる。
「2人とも急な仕事の用事が入って、姉さんが土神さんたちを迎えに行っている間に外出したけど」
「えぇー……タイミング悪いなぁ」
「流石資産家。忙しいんだなぁ……」
修也はお金を稼いでいる人こそあちこちに動き回って働いているイメージがある。
ましてや姫本家では稼ぎを周りの生活を豊かにすることに優先して使っているという。
その為に稼げるだけ稼いでおきたいということなのだろう。
動機が非常に健全なので、修也はそこに悪い印象は持たない。
「じゃあおじいちゃんとおばあちゃんは?」
「水曜日に全国のB級グルメ食べ歩きツアーをするって言って出かけたじゃない」
「あぁー……そう言えばそんなこと言ってたねぇ」
「いや何故わざわざB級……」
「同じだけお金をかけるなら高いものを少しだけよりも安くてたくさん食べるのが今回のテーマとのことです」
「何ですかその資産家らしからぬ発言は……それに誰か言ってたな似たようなこと」
どこかで聞いたような言葉に首を傾げる修也。
「土神くんでしょ」
「あ、そうだった」
つい先日自分で言った言葉だったことを思い出した修也。
「え、でも待てよ? その話したのって確か今週の水曜日……」
「そうなんだよ。その話を家でしたら『そうか最近の若者のトレンドは安くてたくさん食べることなのか』とか言ってツアーの計画立ててその日のうちにおばあちゃんと一緒に出発しちゃったんだよね」
「えええぇぇぇ……フットワーク軽すぎる……というか俺の何気ない発言が資産家のトップを動かしちゃったの……?」
その事実に責任を感じげんなりとする修也。
「と言うか俺が若者代表みたいな扱いになってるのはどうなのよ」
「良いじゃん、ヒーローでアイドルで現人神なんだから」
「どれも容認した覚えはねぇ!!」
「でも祖父も祖母も土神さんのことをとても気に入ってましたよ?」
「いや何で……」
「いえ、修也さんがしてきたことを考えたらそれは当然だと思いますよ?」
美穂の言葉に疑問を呈しようとしたら蒼芽が横から口を挟んできた。
「端的に言えば修也さんはこの町を何度も守ってるんです。だったらこの町を発展させてきた資産家の方々の目に留まるのも自然な話かと」
「いや……とは言え、俺の知らない所で俺が評価されているってのはなんだか落ち着かない」
「陰口叩かれるよりは良いじゃない。そんな深く悩む必要も無いと思うよ?」
「そうそう、気楽にいきましょうよ修也さん」
「気楽に……ねぇ?」
確かに周りの評価は本人の思惑は関係無しに動くものである。
そんなことにいちいち気を揉んでいても仕方がない。
「まぁ……そうだな。それにもうしばらくしたらこの変なフィーバー状態も落ち着いて普通になるだろ」
「いえ、それは難しいかと。特に私のクラスでは」
「……あぁー……唐揚げ定食頼んだだけで俺の評価が上がる謎のクラスだもんな……」
「ああ、その話ね。……蒼芽ちゃんのクラスもっ……ふふっ……土神くんの所と負けず劣らず……ユニークだよねっ……」
以前蒼芽から聞いた陣野君と佐々木さんの馴れ初め話を思い出した華穂が笑いをこらえながら言う。
「だ、ダメッ……! 思い出したらまた笑いが……! あっははははははは!!」
いや、こらえられてなかった。
「あの……一体何があったのですか? 姉さんが笑いの沸点が極端に低いのは知っていますが、それにしても笑いすぎのような……」
事情を知らない美穂が首を傾げながら蒼芽に問いかける。
「実は……」
「ちょっと待って蒼芽ちゃん! 話すなら私の聞こえない所で話して!! でないと本気で私の腹筋がヤバいことになるから!」
話そうとした蒼芽を手で制し、食堂の隅にまで退避する華穂。
「えぇ……そこまでしないとダメですか……」
「と言うかそれだけ距離が取れるってのがスゲェ。今更感あるけど」
流石に学校の食堂程ではないがここの食堂も大分広い。
使用人たちもここで食事をとるらしいのでその為に広く作ったのだろう。
「それで蒼芽さん、何があったのかお聞かせ願えますか?」
「あ、はい。実は……」
蒼芽は先日華穂にした時と同じ説明を美穂にもする。
「……なるほど。ふふ、確かに面白いお話ですね」
蒼芽の話を聞いた美穂が柔らかく微笑む。
「……うん、まぁこれくらいが普通の反応だよなぁ」
「あはは……」
華穂のリアクションを思い出し、苦笑いする修也と蒼芽。
姫本家の人は全員笑いの沸点が低いのかと思ったが、どうやらそれは華穂だけのようだ。
「おーい、もう終わったー? 戻っても大丈夫ー?」
食堂の隅から華穂が大声で呼びかけてくる。
「ああ、もう終わったから戻ってきてもいいぞー」
「オッケー!」
修也の返事を聞いて華穂が戻ってきた。
「いやー、土神くんたちの話は面白いんだけど聞きすぎるとお腹が痛くなるんだよね。用法容量は適正にしないとダメだね!」
「そんな薬みたいな言い方……」
「ある意味薬だよ。暗い気分を吹き飛ばす特効薬」
「先輩には劇薬だけどな」
「あっそうそう! 言い得て妙だね」
「いや納得するのかよ!」
修也の表現に同調する華穂。
冗談半分だったのに真に受けられて、修也は呆れながら突っ込むのであった。
●
「ねぇせっかくだったらさ、これからどこか遊びに行かない?」
修也と美穂が追加のクレープを食べ終わった後、華穂がそんな提案をしてきた。
ちなみに余裕を持って準備したために余ってしまったクレープの生地と具材は今は使用人たちが各自でクレープを作って食べている。
わいわいと楽しそうに作っており、ちょっとしたパーティーみたいな雰囲気だ。
華穂も美穂もそれについては何も言及しないので、姫本家では元々そういうものなのだろう。
「遊びに?」
「うん。お父さんたちもいないから紹介することもできないし、だからってこれで解散するのはもったいなくない?」
「まぁそれは良いけど……どこへ行くんだ?」
「とりあえず公園まで行ってー………………」
そこで言葉が止まる華穂。
「つまり完全なノープランってことか」
「あっはははー、そうとも言うね」
「良いじゃないですか土神さん。特に目的も決めないで町を歩き回るというのも楽しそうですよ?」
そう言って美穂は姉の華穂をフォローする。
「お嬢様が好んでやりそうなことではないと思いますけどねぇ」
「それに私、昔そういうテレビ番組を見たことがありまして」
「ああ、町中を適当に歩き回って目についたお店とかを巡るアレですね」
「はい。それを一度やってみたかったんです」
そう言う美穂の目は期待で輝いている。
「……姫本家って資産家の割には趣味嗜好がかなり庶民よりだよなぁホント」
「私は親しみやすくて良いと思いますよ?」
「うんまぁ、俺もそれが悪いとは思ってないけど」
「……あははっ、土神くんや蒼芽ちゃんみたいに変にお嬢様フィルターがかかってない人と友達になれて良かったよ」
修也と蒼芽の言葉を聞いて、本当に嬉しそうに笑う華穂。
「でも俺もある意味お嬢様フィルターかかってたぞ。スマホの検閲の件とか」
「あれはどう見てもネタでしょ!」
「……あっ! スマホで思い出しましたけど美穂さんはスマホ持ってるんですか?」
「はい、持ってますよ」
蒼芽の問いにそう答えた美穂が自分のポケットからスマホを取り出す。
その外観は実にシンプルで、無駄な装飾など一切無い。
「おぉ……清々しいほどシンプルなデザイン」
「クラスメイトで色々とアクセサリーのようなものをつけている方もいるのですが、私には合わないと言いますか……」
「あぁー、私のクラスにもいますよ。色々ストラップをじゃらじゃらつけすぎてむしろそっちが本体っぽくなっちゃってる人」
「ふふふ、そうなんですね。それで蒼芽さん、私のスマホに何かご用事ですか?」
「せっかくだから連絡先交換しましょうよ!」
そう言って蒼芽は自分のスマホを取り出す。
「よろしいのですか? ではお願いします」
「はいっ!」
「あっ! そう言えば私も蒼芽ちゃんの連絡先まだ教えてもらってないや。私も登録して良い?」
「もちろん良いですよ」
「……蒼芽ちゃん、流石だな……」
相変わらずの蒼芽のコミュ力に修也が感心していると……
「では土神さんとも連絡先を交換させていただけますか?」
「え」
まさか自分に話が振られると思ってなかった修也は虚を突かれる。
「いかがいたしました? 何か都合がよろしくなかったですか?」
修也の顔を見て不思議そうに首を傾げる美穂。
「いや、そんなことは……ただ俺にも話が回ってくるとは思わなかったもので」
「蒼芽さんと連絡先を交換するなら、土神さんとも交換するべきでしょう?」
「その論理はよく分かりませんが……まぁ美穂さんが良いと言うのなら」
そう言って美穂の連絡先を自分のスマホに登録する修也。
「お待たせしましたお嬢様方とご友人様。お車の用意が整いました」
そして美穂も蒼芽と修也の連絡先を登録した時、使用人の1人が食堂に入ってきた。
どうやら遊びに行こうと言い出した時点で車の手配をしていたらしい。
「うん分かった、ありがとう。クレープまだあるから食べて良いよ」
「ありがとうございます。それでは行ってきますね」
「はい、行ってらっしゃいませ」
そう言って華穂と美穂は食堂を後にする。
修也と蒼芽もそれに続いた。
玄関を出るとすぐに先程のリムジンが待機しており、御堂が後部座席のドアを開けて待っていた。
「お待ちしておりましたお嬢様方。どうぞお乗りください」
「うん、ありがとう御堂さん」
「いつもありがとうございます御堂さん」
そんな御堂に華穂と美穂は礼を言ってリムジンに乗り込む。
「土神様と舞原様もどうぞお乗りください」
「あ、はい」
「ありがとうごさいます」
修也と蒼芽が乗り込んだことを確認して御堂は静かにドアを閉めて運転席に乗り込んだ。
「それで、どちらまで向かいますかお嬢様?」
「土神くんたちを迎えに行った公園までお願い」
「分かりました。それでは発車しますのでお気を付けくださいませ」
御堂がそう言うのと同時にリムジンは静かに目的地へ向けて動き出したのであった。
 




