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第3章 第22話

「えーっと……駐車場のある公園の入り口ってここで良いんだよな?」


のんびりと町中を歩きながら華穂の指定した公園の入り口にまでやってきた修也と蒼芽。


「はい。駐車場のある入り口はここだけです」

「しかしこれと言って特に変わったものはないけど……」


修也は辺りを見回すが、駐車場には何台か車がまばらに停められているくらいだ。

そしてそれは特におかしな光景ではない。


「まぁもう少し待ってみましょうよ。私たちが早く来すぎただけかもしれないですし」

「確かにちょっと早いか……」


修也がスマホの画面で時間を確認すると、今は華穂との電話から1時間弱と言ったところだ。

きっちり1時間後という訳でもないだろうし、そんな細かいことを気にしても仕方がない。


「もうしばらく待ってみて何も無かったら先輩に確認の電話をしてみるか」

「そうですね。それまで木陰で少し休んでましょうか」


そう言って蒼芽は近くの木陰に移動する。


「……あっ悪い蒼芽ちゃん。そこまで気が回らんかった」


その様子を見た修也が蒼芽に謝る。

今の季節はもうすぐ夏。

日差しもきつくなってくる頃合いにのんびりとは言え外を1時間弱歩き回ったのだ。

修也は体力があるので何ともないが、蒼芽は疲れたのかもしれない。


「やっぱ休憩なしで特に目的も無くぶらついてたから疲れただろ? 途中コンビニなり自販機なりに寄ればよかったな」

「いえいえ、これくらいどうってことないですよ。修也さんと一緒なら何だって楽しいですから」

「いや楽しいからって疲れないわけじゃないだろ」

「だからその疲れも楽しいんですよ」

「わぁポジティブ」


そんな話を2人でしていると、1台のリムジンが駐車場に入ってきた。

そのリムジンは修也と蒼芽が立っているところから一番近い駐車スペースに静かに車を停める。


「あれ、あのリムジンは……」


修也は今近くに停まったリムジンに見覚えがあった。

あれは確か、華穂が下校する時に校門前に停まっていた……


「失礼します。少しよろしいでしょうか?」


修也がそんなことを考えているうちに、リムジンの運転席から1人の初老の男性が降りてきて修也に声をかけてくる。

一般的に執事服と呼ばれる衣服を身に纏った男性のその立ち振る舞いや所作には一部の隙も無い気品が感じられる。

俗に言うイケオジという奴だろうか?


(不破さんも少しは見習ってほしいな……)


修也はどこぞの悪ノリが酷い警部のおっさんを思い浮かべる。


「あ、はい。ええと……道に迷ったとかですか?」


修也がそんなことを考えていてリアクションが無かったからか、蒼芽が代わって答える。


「いえ、そうではありません。あなた方は……土神修也様と舞原蒼芽様で間違いございませんか?」


蒼芽の問いに首を振って否定する男性。

そして改めて問い返す。


「えぇ、まぁ……そう言うあなたは華穂先輩の……」

「はい。私は姫本家にお仕えする執事で今は華穂お嬢様の登下校時の送迎を任されている御堂と申します。以後お見知りおきを」


修也の問いかけに御堂と名乗った男性は恭しく頭を下げた。


「で、その御堂さんが俺たちに何の用で……?」


修也は早速気になったことを尋ねてみる。


「華穂お嬢様からお二方をお迎えするように仰せつかった次第でございます」

「迎え……ですか?」

「はい。華穂お嬢様はあなた方を自宅に招待したいと仰っておりました」

「えっ!? 華穂先輩の家に?」


御堂の言葉に修也は驚く。

今でも時々忘れそうになるが、華穂の家は結構な資産家だと聞いている。

こんな立派なリムジンを所有し、執事まで雇っているとなるとそれは生半可なものではないだろう。


「……こんな格好で入っちゃって大丈夫なのかな?」

「私もメチャクチャ普段着なんですけど……してきたおしゃれと言ったらこれくらいです」


そう言って蒼芽は首元のネックレスに手を当てる。


「あ、それ俺がこの前プレゼントした……」

「はい、私の大切な思い出の品です」

「いやそれ1000円だったんだけど……」

「金額の問題じゃないんです。修也さんにいただいた、というのが大事なんです」

「……うん、まぁ気持ちは分かる。俺も蒼芽ちゃんに貰ったネックレス大事に取ってあるからな。大事にしすぎて身に付けるタイミングが分からないくらい」

「いやそこは使いましょうよ! それこそ大した物じゃないんですから!」

「んー……じゃあ今度蒼芽ちゃんとデートするときにでも付けるか」

「えっ? 修也さん、私とまたデートしてくれるんですか!?」

「蒼芽ちゃんが嫌じゃないならな」

「嫌な訳ないじゃないですか! いつにしましょうか。明日にしますか?」

「いや気が逸りすぎだ蒼芽ちゃん」


そんな修也と蒼芽の仲睦まじいやり取りを微笑ましい物を見るかのような目で見る御堂。


「お二方、服装については何も気になさらないで結構です。お嬢様からも気を遣わないで良いからと言付かっておりますので」


しかしいつまでもこのまま成り行きを見守るわけにもいかないのでそう声をかけた。


「あ、そうなんですか? で、華穂先輩は何をしてくれようとしてるんですかね?」

「それは私にも分かりかねます。お嬢様からはお二方をお迎えするようにとだけ言われておりますので」

「んー……まぁ先輩のことだし変なことではないだろ」

「それではお乗りください。お送りさせていただきます」


そう言って御堂はリムジンの後部座席のドアを開ける。


「……これ、靴脱いで入った方が良いのかな?」

「土足で良いと思いますけど、確かに躊躇ってしまいますね」


リムジンの中は清掃が隅々まで行き渡っており、新車のような輝きを放っていた。

蒼芽のように躊躇ってしまうのも無理はない。


「お気になさらず。そのまま乗っていただいて結構です」

「えっと……それじゃあ」


修也はリムジンに足を踏み入れる。蒼芽もそれに続いた。

座席の座り心地は今まで体感したことの無いようなもので、素材からして一般的なものではないのが分かる。


「こうしてみるとやっぱり華穂先輩の家って凄いんだな……」

「お褒めいただきありがとうございます。しかし土神様、あなた様の活躍も素晴らしい物だとお嬢様から伺っております」


修也の呟きに、運転席についた御堂が言葉を返す。


「いやそんな大したことはしてな」

「そうなんですよ! 修也さんは凄いんですよ!」


修也の言葉を遮りテンション高めで返事をする蒼芽。


「いや蒼芽ちゃん、何で君がそんなテンション高いの」

「修也さんが褒められたら私も嬉しいからですよ」


それが当たり前だと言わんばかりの表情の蒼芽。


「お嬢様もあなた様のおかげで楽しい学校生活が送れていると仰っています。私からもお礼を言わせてください」

「それは、どうも……」


真正面から大真面目に礼を言われ、何と返せば良いか分からず言葉を濁す修也。

今までそのような経験が殆ど無かったので慣れていないのだ。


「では出発します。お気を付けくださいませ」


御堂の言葉と同時にリムジンは殆ど揺れずに動き始め、目的地である華穂の家に向かって進んでいくのであった。



「お疲れ様です。到着いたしました」


十数分後、リムジンを停めた御堂が運転席を降り、後部座席のドアを開ける。

修也が先に降り、蒼芽が続いて降りた。


「ここが華穂先輩の家、か……」


修也は目の前に建っている家を見て呟く。

テレビの特番などで紹介されるような大豪邸ではないが、それでも一般邸宅よりははるかに大きな家だ。

あからさまな高級感を感じさせない、上品な佇まいの家であると修也は感じた。


「何だろう、一般的に豪邸にカテゴライズされるはずなのに威圧感が無いというか何というか」

「大旦那様のご意向で無駄に高価な調度品をあえて置かないようにしているのです。その影響かと」

「あ、確かに大理石の彫像とかありませんね」

「マーライオンの噴水とかも無いな」

「蒼芽ちゃんはともかく……土神くんのは高価な調度品とは関係無いんじゃない?」


二人であれこれ話し合っている所に横から違う声が入ってきた。


「あ、華穂先輩、おはよう」

「おはようございます姫本先輩」

「おはよう土神くん、蒼芽ちゃん。今日はわざわざ来てくれてありがとね」


出迎えに来ていた華穂に修也と蒼芽は挨拶を交わす。


「御堂さんも送迎お疲れ様」

「ねぎらいのお言葉痛み入ります華穂お嬢様。では私は車を入れてまいります」


そう言って御堂は一礼をしてリムジンに乗り込み走り去っていった。


「……で、土神くんの中ではマーライオンの噴水が高価なイメージなわけ?」


華穂が先程の修也の言葉について追及してくる。


「いや別にマーライオンにこだわる訳じゃないけど何かの彫像と噴水はセットかなぁ……と」

「それで頭に浮かんだのがマーライオンだったわけですね」

「そういうこと」

「ウチがテンプレ的な資産家のスタイルではないことは自覚してるけど、それ以上に土神くんのお金持ちに対するイメージって独特だねぇ」


華穂が面白そうな表情でそう言う。


「で、先輩。俺たちをここに呼んで何しようってんだ?」


お礼がしたいとは聞いているが、具体的に何をするのかは聞いていない。

なので修也はそう尋ねてみる。


「何てことは無いよ。ただ一緒にウチでお昼ご飯を食べようってだけだから」

「え……大丈夫か? 俺、テーブルマナーらしきものは一切身に付いてないけど……」

「私もちょっと自信無いです……」

「大丈夫だよ。正式なものじゃないんだからそんな気にしなくたって。さ、そろそろ入ろ?」


そう言って華穂は修也と蒼芽を家の中へ案内する。

華穂が玄関の扉の前に立つと同時に両開きの扉が奥へ開いた。

扉の裏に使用人が控えていてタイミングを見計らい開けてくれたらしい。


「お入りください、華穂お嬢様とご友人様」

「うん、いつもありがとね」


華穂はその使用人に声をかけて中に入る。

修也と蒼芽もそれに続いた。


「うわぁ……玄関だけでも凄い広いですね……」


蒼芽が玄関を見渡しながら言う。

確かに玄関だけでも相当な広さだ。

ちょっとした旅館レベルの広さがある。

それに外観同様あまり物が置かれておらず、それがさらに広さを感じさせる。

しかし不思議と殺風景とは感じない。


「ウチは調度品とかにはお金はあまり使わないけど空間にはこだわってるんだよね」

「空間?」

「うん。広い空間を使えるってことはその分自由度が上がって好きなことができるってことだよ。それだけでもう十分贅沢だと思わない?」

「あ、何となく分かる気がします」


華穂の言葉に同調して頷く蒼芽。


「それに空間にゆとりがある方が心にもゆとりができるでしょ?」

「あー、そう言われると確かにって思うなぁ」


それは修也も理解できる。

所狭しと色んな物が置かれて足の踏み場も無いような空間にゆとりを求めるのは無理がある。


「でも手を伸ばして届く範囲で全てが完結するという機能性もそれはそれでまた良いものだと俺は思う」

「あー……それもそうだねぇ。こう広いと何をするにしてもいちいち移動しないといけないのが面倒だったりするんだよね」


狭い空間にはそれはそれで良さがあると主張する修也に同調する華穂。


「あと外から見るよりも意外に広くて、中に入ると現在地が分からなくなって迷う人も出るんだよね」

「それ住居としては問題じゃないですか?」

「家の中で遭難とか笑えんぞ……」


あっけらかんと自分の家の問題点を挙げる華穂に呆れる蒼芽と修也。


「まぁそれは置いといてリビングに案内するよ。ちゃんとついて来てね」


そう言って歩き出した華穂に修也と蒼芽はついていく。

廊下も十分な広さがあり、修也と蒼芽が横に並んだ状態でもし向かい側から人がやってきたとしても余裕がある。


「はい、着いたよ。ここがリビングだよ」


先を歩いていた華穂がひとつの部屋の前で止まって振り返る。


「ささ、入って入って」

「えっと……それじゃあ失礼して……」


華穂に促されるままにリビングに入る修也と蒼芽。


「ようこそいらっしゃいませ。お待ちしておりました」

「ん?」


てっきり誰もいないと思っていた修也はリビングの奥から声がしたことに虚を突かれる。

そこにいたのは華穂と同じくらいの背恰好をした女性だった。

華穂と違う所と言えば髪をハーフアップにさせていない所と……


(な、なんだこの人!? 内面から滲み出てくるお嬢様感が華穂先輩の比じゃねぇ!!)


華穂の時はほんのりと感じる程度だったお嬢様感をビシビシと感じさせる所だ。

『お嬢様』という単語が擬人化したらこの人になるのではないかと思わせるレベルである。

見た目が華穂とほぼ変わらない分余計にそう感じるのかもしれない。


「二人とも紹介するね、この子は私の妹の美穂ちゃんだよ」


そう華穂が紹介してくれる。


「初めまして。ただいま華穂姉さんの紹介にあずかりました、姫本美穂きのもと みほと申します。どうぞお見知りおきを」


そう言ってふわりと一礼する美穂。

その所作ひとつとってもお嬢様感がハンパない。


「あ……ど、どうも、土神修也です」

「えっと……舞原蒼芽、です」


美穂のお嬢様オーラに圧倒されつつも自己紹介する修也と蒼芽。

そんな二人に対して美穂はにこりと笑う。


「土神さん、この度は姉さんの無理な申し出を聞いていただき誠にありがとうございます」

「あ、いえ……」

「蒼芽さんも、土神さんを長くお借りしてしまい申し訳ございません」

「いえ、そんなことは……」


美穂に話しかけられてどこかぎこちなく応対する修也と蒼芽。

その様子を見て華穂がくすくすと笑う。


「土神くん、美穂ちゃんは土神くんと同学年なんだからそんな畏まらなくても良いんだよ?」

「え、そうなの? その割に学校で見かけたこと無いんだが……」

「そりゃそうでしょ。学校が違うんだもん」

「あ、なるほど……」

「なので今日はこうしてお会いする機会に恵まれたことを嬉しく思います。お二方、今後ともどうぞよろしくお願いいたします」


そう言ってまた丁寧にお辞儀をする美穂。


「あ、こちらこそ……」

「よ、よろしくお願いします……」


美穂につられて頭を下げる修也と蒼芽。

畏まらなくても良いと華穂に言われたものの、つい丁寧な言葉遣いになってしまう修也であった。

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