第3章 第12話
「クレープ楽しみだなぁ。どんなのがあるんだろ?」
校舎を出てから校門まで、華穂はスキップをしそうな勢いで歩いている。
余程帰り道に買い食いするのが楽しみだったのだろう。
「俺もどんなのがあるのかまでは知らないからちょっと楽しみだなぁ」
そう言って修也が華穂に着いていこうとした時。
「あっ、修也さーん!!」
「ん?」
背後から修也を呼ぶ声が聞こえてきた。
学校で修也のことをそう呼ぶ人物は1人しかいない。
「……蒼芽ちゃん?」
修也が振り返ると、手を振りながらこちらに駆け足で向かってくる蒼芽の姿があった。
「今から帰るところですか? 今日は早いんですね」
「いや、実は……」
「土神くーん、どうしたの?」
蒼芽に事情を説明しようとした時、修也が来ていないことに気付いた華穂が戻ってきた。
「あれ? 誰その子。土神くん、転校してきてまだ1週間とちょっとなのに、もうそんな可愛い子と知り合いなの?」
そして蒼芽と一緒にいることに疑問を感じて尋ねてくる。
「あぁうん、俺の引越し先でお世話になってる子」
「あっ、もしかして……こちらの方が昨日言っていた先輩ですか?」
事情を把握している蒼芽が察して確認を取ってくる。
「そうそう、不快の権化から守ることを約束した姫本華穂先輩」
「おぉ、なかなか良い表現するねぇ、土神くん」
「そうなんですね。はじめまして、私は1年の舞原蒼芽と言います」
そう言って丁寧に頭を下げて自己紹介する蒼芽。
「蒼芽ちゃんだね、よろしく。ゴメンね、ちょっと土神くんを借りてるよ」
「いえ、事情は修也さんから伺ってますのでお気遣いなく。大変ですね……」
「いやちょっと待って2人とも」
「え?」
「え?」
いくら気さくで親しみやすいとは言え、2つ年上の先輩である華穂ともナチュラルにコミュニケーションを取れる蒼芽に感心しつつも修也は待ったをかける。
「なんかメッチャ自然に俺が蒼芽ちゃんの所有物っぽくなってたけど」
「あっ、すみません。逆でしたか?」
「いやいやいやいやそうじゃない、なんでそうなる。それだと俺物凄く鬼畜みたいじゃね? と言うかそれで良いのか蒼芽ちゃん」
「修也さんはそんな酷いことしないって分かってますから」
「いや、それでもだな……」
「あっははは、仲良いんだね2人とも」
修也と蒼芽のやり取りを見て、楽しそうに笑いながら言う華穂。
「そうですね……私、色んな人と仲良くなるのが得意なんです。男の人でここまで仲良くさせてもらってるのは修也さんだけですけど」
「……」
修也は今の蒼芽の言葉に少し思う所があった。
(……うーん……やっぱりこれはもしかしたらもしかする……のか? いやいや、同じ家に住んでるからってだけだろ。もし俺の勘違いだったら気まずいことこの上ない。でももしこれが勘違いじゃないとしたら……)
先程修也の中で湧いてきた『蒼芽のタイプは自分』説が頭からどうしても離れず、人知れず葛藤する修也であった。
「ところで2人でどこかに行くつもりだったんですか?」
修也の葛藤をよそに蒼芽が華穂に尋ねる。
「それがさ、今駅前にクレープ屋さんが来てるんだって。それで食べに行こうって話になったんだよ。私買い食いとかした事ないから楽しみで」
「あっ、私のクラスでも話題にあがってましたよ」
「へぇー、そうなんだ。それだけ話題にあがるってことはとっても美味しいってことかな? 期待度が上がっちゃうね」
そう言って華穂はこれから行くクレープ屋に思いを馳せる。
「あっそうだ! 良かったら蒼芽ちゃんも行かない?」
「え? 良いんですか?」
華穂からの提案に意外そうな顔をして尋ね返す蒼芽。
「もちろんだよ。こういうのは人数が多い方が良いもんね」
「それならご一緒させていただきます」
「じゃあ改めてしゅっぱーつ!!」
そう言って華穂は再び駅に向かって歩き出した。
修也と蒼芽もそれに続く。
「そういや先輩、蒼芽ちゃんには敬語を使わないように言わないんだな」
駅前へ向かう途中、蒼芽が華穂に対して敬語を使うのを止めないことに気付いて修也は華穂に聞いてみる。
「あ、うん。これは私のワガママみたいなものだし、強要するのも違うでしょ」
「……俺には強要したのに」
「初めにも言ったけど土神くんは最初敬語抜きで話してたからだよ。先輩だからってだけで敬語に変えられるのは何か距離感じちゃうんだよね」
「……まぁ確かに敬語で距離を感じることは無くはないけど」
「え……じゃあ修也さんは私とも距離を感じちゃってますか?」
修也の言葉を聞いて蒼芽が不安そうに尋ねてくる。
「いや、蒼芽ちゃんに限ってそれは無い。現時点だと蒼芽ちゃんが一番距離近いじゃないか」
それに対して修也は迷わず否定する。
初日からあれだけ親切に良くしてくれている蒼芽に敬語を使われている程度で距離を感じるわけが無い。
「そ、そうですか? だったら良かったです」
そう言って蒼芽は安堵の溜息を吐く。
(……うん、そうなんだよな。蒼芽ちゃんが一番距離が近いのは疑いようもない事実だな)
前々から蒼芽との関係をどう表現したら良いか悩んでいた修也だが、適切な言葉こそ見つからないものの一番近い関係なのは間違いない。
とりあえず今はそれで良しとしておこう、と自分の中で結論づける修也。
(……そっか。修也さんの中では今は私が一番なんだ……えへへ……)
一方の蒼芽は修也の言葉を頭の中で反芻して心浮かれて駅前までの道を歩くのであった。
●
「えーっと……駅前まで来たけどクレープ屋さんはどこかなっと……」
その後何事も無く駅前までついた3人は目的のクレープ屋がどこにあるのか探し始める。
「クレープ屋ってことは移動販売車みたいな感じなのかな」
「どうしてそう思うんですか修也さん?」
「いや何となく。俺の中での勝手なイメージ」
「うーん……まぁ確かに屋台のイメージはあんまりないけどねぇ……」
「あっ! あれじゃないですか?」
そう言って蒼芽が指さした先には、修也がイメージしていたような移動販売車が止まっていた。
そこから少し行列ができていることから人気なのが伺える。
「確かにそれっぽいな」
「……うん、間違いなくクレープ売ってるよ。あれだね」
間違いなくクレープを売っていることを確認した3人は行列の最後尾に並ぶ。
「ねね、並んでいる間じっと黙って待ってるのも暇だし、何かお話しない?」
行列に並びだしてすぐに華穂がそんなことを言い出した。
「先輩、時間が空いたらすぐそういうこと言い出すなぁ……」
「でも分かりますよ。ただじーっと黙って待ってるのって時間が流れるのが遅く感じるんですよね」
「そうそう。楽しくお話してたら待ってる時間もあっという間だよ」
「でも何について話すんだ? 流石にもう俺のクラスの話は現時点では新しいネタは無いぞ」
「じゃあ私のクラスについて話しましょうか?」
「あ、良いね! 聞いてみたいな」
「それでは……」
「いやちょっと待って蒼芽ちゃん」
蒼芽が話し出そうとしたのを修也は止める。
「え? どうしたんですか修也さん?」
「……今の蒼芽ちゃんのクラスの話題って……9割がた俺のことじゃね?」
「いえ、違いますよ?」
修也の懸念に対し、蒼芽は首を振って否定する。
「あれ、そうなの? 蒼芽ちゃんのクラスの気質的に俺はてっきり……」
流石にそこまでミーハー根性ではなかったか、と修也は安心しかけたのだが……
「10割修也さんのことですよ……」
「増えるのかよ! 全部俺のこと!?」
「あはははははは!!」
げんなりとした表情で呟く蒼芽に突っ込む修也と大声で笑いだす華穂。
「いや、陣野君と佐々木さんの進展具合とかさぁ……」
「それにしたって何かと修也さんに結び付けて話すので……」
「他に話すこと無いのかよ蒼芽ちゃんのクラスは!」
「かろうじて私と詩歌は普通の世間話をしてますけど、どこかで修也さんの名前は出ちゃうんですよね……」
「んーまぁ、それくらいは仕方ないか……」
蒼芽と詩歌とで話すなら、共通の知人である修也が出てきてもおかしくはない。
「でも気になるなぁ。どうして土神くんがそこまで持ち上げられてるのか。不法侵入者をぶっ飛ばしたってのは聞いてるけど、それにしては盛り上がりすぎじゃない?」
笑いが収まった華穂がそんな疑問を口にする。
「それは多分撃退方法が凄かったからですよ」
その華穂の質問に蒼芽が答える。
「方法?」
「はい。ナイフを振り回す相手にも毅然と立ち向かって全ての攻撃をかすりもせずに全部捌いてたんです」
「あっ、それなら私も知ってるよ。一昨日見せてもらったよ。アレをナイフ相手にやったんだね」
「しかもその後相手の人が持ち出してきた拳銃の……」
「っ!」
蒼芽が拳銃の話を持ち出してきたことで修也の表情が若干強ばる。
修也としては『力』に繋がりそうな話は極力避けたい。
修也は蒼芽や紅音が『力』を目の当たりにしても態度が一切変わらなかったのを見て、少数ながらもそういう人もいるのだと知った。
華穂の性格的に『力』のことを知っても嫌な反応を見せない可能性はあるが、無用のリスクを背負う必要は無い。
なので修也は目で蒼芽に訴えかける。話題を変えてくれ、と。
(とは言え、流石に意図を把握してもらうのは無理があるか……)
修也としてもそこまで期待はしていない。
半ば諦めていたのだが……
「……弾丸すら見切ったんですよ。凄い動体視力ですよね」
「それホント!? 凄いね土神くん!」
「!」
蒼芽は銃弾を避けたことだけを話題に出し、叩き落としたことは話題に出さなかった。
修也が内心驚いて蒼芽の方を見ると、蒼芽が僅かに頷いた。
どうやら修也の意図を正しく把握してくれていたようだ。
(……蒼芽ちゃんスゲェ。よくアレだけで俺の言いたいことが分かったな……)
蒼芽の意思疎通能力の高さに舌を巻く修也。
「ねぇねぇ土神くん! 銃弾すら見切れるってことはさぁ、アレできるの?」
「アレ?」
「漫画でよくある、相手のパンチを『へっ、お前のパンチなんて止まって見えるぜ!』って言って紙一重でかわすやつ!」
「その漫画流行ってんの? 前に蒼芽ちゃんにも聞かれたけど」
以前蒼芽が出してきたものと同じようなたとえを出してきた華穂に呆れながら突っ込む修也。
「流行ってると言うか……よく聞くお約束ってやつだよ」
「まぁパンチくらいなら見切れるだろうけど……そんなセリフは言わん」
「えぇー……言わないの?」
修也の返答に不服そうに唇を尖らせる華穂。
「実際止まって見えるわけじゃないし。攻撃の軌道が読めるだけだし」
「それでも十分凄いんですけどね」
「でもまぁよく分かったよ。それなら確かに時の人になるのも納得だね」
「俺としてはさっさとこの熱が引いていって欲しい……」
そんな話をしているうちに修也たちの順番が回ってきたようだ。
「いらっしゃい! 注文は何にする?」
販売車の中から若い男性が修也たちに尋ねてくる。
「えーっと、俺は……バナナチョコクリームで」
「私はミックスフルーツクリームをください」
修也と蒼芽がメニューを見ながら注文をする。
「はいよっ! そっちのお嬢ちゃんは?」
男性が華穂に目を向けながら聞く。
「私は……ショートソイオールミルクアドリストレット……」
「「待って待って待って」」
何やらよく分からない呪文のようなものを唱えだした華穂を修也と蒼芽は同時に止める。
「どうしたの2人とも?」
「それはこっちが聞きたい。急に何言い出してんの先輩」
「そうですよ。それカフェで頼むときに言うやつですよ」
「え? 蒼芽ちゃん何のことか分かったの? 俺サッパリ分かんなかったよ」
何のことかサッパリ分からなかった修也とは違い、蒼芽は言葉の意味をきちんと理解していたようだ。
「あ、そうなんだ。クラスの皆は学校帰りにカフェとか行くときに頼んでいるみたいだから、注文するときはこう言うものだとばかり……」
「いや直前に俺と蒼芽ちゃんが頼んだの見てただろうに。と言うかよく覚えてたなそんな意味不明な単語の羅列」
「ちゃんと順番に解読していけばそんなに難しくないんですけどね」
「解読って言っちゃってる時点でお察しだろ」
事も無げに言う蒼芽に突っ込む修也。
「じゃあ改めて……ヤサイマシマシカラメマシ……」
「それはラーメン屋で頼むやつだ先輩! そんなのクレープには無い!」
「え? よく分かりましたね修也さん。今度は私分かりませんでしたよ」
蒼芽が感心したような目で修也に言う。
「昔特に意味も無くネタで覚えたことがあってだな。それが日の目を見る時は今日まで無かったわけだが」
「それはまぁそうでしょうねぇ……」
「そうなの? これもクラスの皆が学校帰りに寄り道するときに頼んでたみたいだから……」
「カフェはともかくラーメン屋に寄り道するか……?」
「さ、さぁ……運動部の部活帰りとかならもしかしたら……」
修也の疑問に対して半ば呆然としながら答える蒼芽。
「じゃあ三度目の正直! ツナマヨコーンサラダ……」
「だからそれも無いって先輩!」
「いえ、それはありますよ修也さん」
「え?」
「ほらここに……」
そう言って蒼芽がメニューを指さした先に確かに『ツナマヨコーンサラダクレープ』と書いてあった。
「あ、本当だ……てもクレープでツナマヨ? コーンサラダ?」
「え? 普通にありますよ?」
「そうなのか……俺、クレープってデザート的な立ち位置だと思ってたけど違うのか……」
自分の認識が間違っていたことに驚きつつも感心する修也。
何はともあれ注文は完了した。
程なくしてそれぞれが注文したクレープが出来上がり、店員の男性から手渡される。
「あ、お金は私が出すよ」
そう言って華穂は自分の財布を取り出す。
「え? いや自分の分くらいは……」
「良いって、これくらいは出させてよ。でないと流石に心苦しいから」
「まぁ、先輩がそう言うなら……」
確かにボディガードの件は無償で引き受けたとは言っても自分の負担がゼロなのは落ち着かないのだろう。
華穂の心情を考慮して引き下がる修也。
会計を済ませ、3人は近くに設置されているベンチに腰掛けるのであった。




