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第3章 第11話

「ふぅーっ、やっと落ち着いたよ」


まだ余韻が残っていたのかひとしきり笑った後、華穂は大きく深呼吸をしてようやく落ち着いた。


「ありがとね土神くん。毎度毎度私の気分をすっきり爽快にしてくれて」

「俺と言うより俺のクラスの面々の所業の気がするがな……」


修也自身は特に何もしていない。

精々自分のクラスで起きたエピソードを語って聞かせているくらいだ。


「それで、どうして急に呼び出したの? 単に一緒にお昼食べようってだけじゃないんでしょ?」


華穂が修也の真意を尋ねる。

先程華穂のスマホに届いた通知。

それは修也からの昼食を一緒に食べようという誘いだった。

渡りに船とばかりに華穂はこの誘いに飛びつき、猪瀬の執拗な誘いを強引に振り切った。

あの時は猪瀬から離れることだけを考えていたため思考に余裕が無かったが、落ち着いた今なら色々と考えを巡らせることができる。

あんなお願いをした直後だ。修也に何かしらの作戦があるのだろうと華穂は踏んでいた。


「まぁ確かにメインの目的は先輩と猪瀬のエンカウントを減らすためで、あの誘いはその理由付けだな」

「やっぱり。まぁそれでも土神くんと一緒にお昼食べられるのは嬉しいな」


弾んだ声でそう言いながら持参した弁当の包みを開く華穂。


「先輩なら一緒に食べようって人はいっぱいいるだろ」

「まあねぇ。こんな立場だけど普通の友達付き合いをしてくれる人も何人かいるよ。土神くんを含めてね」

「まぁ俺も何か変な立場になっちゃってるけど普通の友達付き合いをしてくれる奴はいるなぁ」


2ーCの面子とは大体バカみたいなノリで騒ぐし、蒼芽と紅音に至っては普通は無い『力』のことを知っても何も変わらない。

今まで腫れ物に触れるような扱いをされ続けた修也にとって、このことがどれだけ助けになっていることか。


「そうそう。土神くん、今は神様だもんね!」

「茶化さないでくれよ……こっちとしてはかなり不本意なんだぞ」


そう呟いて修也はあらかじめ買ってきていた購買のパンの袋を開ける。


「えぇー、でも土神くんはそう言われるほどの偉業を果たしたということだと思うけどねぇ」

「そんな大したことしてねぇよ……」

「土神くん的にはそうかもしれないけど、それで助かった人はいっぱいいると思うよ?」

「まぁ……そうかもしれないけど」


華穂に言われて修也は考えてみる。

蒼芽をはじめとして理事長夫妻や1-Cの生徒、彰彦や爽香と詩歌あたりも結果として助けたことになる。

広義でいうならアミューズメントパークの関係者も該当するだろう。

そう考えると確かに偉業と見られてもおかしくないのかもしれない。


「……だからって現人神はねーよ」

「じゃあ土神くん的には何の神様なら良いのかな?」

「うん、とりあえず神から離れようか先輩」


ナチュラルに神認定させようとしてくる華穂をやんわりと窘める修也であった。



「ご馳走様! うん、やっぱり楽しい気分で食べるご飯は美味しいね!」


弁当を空にした華穂が爽やかな笑顔でそう言う。


「このまま解散ってのはもったいないなぁ。せっかくだし、お昼休み終わりまで何かお話しない?」


弁当箱を包みにしまいながら華穂がそう提案してきた。


「それは別に良いんだけど……俺のクラスの話だとそろそろ華穂先輩の腹筋がヤバいことになりそうだ」

「うん、実はちょっとここ最近腹筋が筋肉痛起こしてるんだよね」


華穂が自分のお腹回りを撫でながら言う。


「このままいけばウエストを絞れてシェイプアップできるかも!」

「それは良かった……のか?」

「うん、もちろん! 誰だって最初に目に入るのは体型だからね。第一印象が良くなるってのは何事においても有利なんだよ」

「なるほどなぁ。確かにだらしない体型してる奴はあまり印象良くないかも」

「でしょ? 人間見た目がすべてじゃないけど、だからって外観を磨くのをサボって良い理由にはならないよ」

「ただなぁ……外観がそれなりに整ってても中身が破綻してたらそれはそれでマズい」


誰とは言わないが修也はそう言った人物をここ数日で何人か見てきている。


「例えば?」

「いや、ここで例を挙げていったら話題が変わらないぞ」

「ああなるほど、土神くんのクラスにいるんだね。そういう人たちが」

「はいはい話題変えるぞ……そういや先輩、今日の放課後空いてるか? クラスの奴が言ってたんだけど今駅前に屋台でクレープ屋が」

「良いね! 行こう行こう!!」


修也が全て言い終える前に華穂がかぶせ気味に乗ってきた。


「……まだ全部言ってないんだけど」

「そこまで言えば分かるよ。クレープ食べに行こうって言うんでしょ?」

「まぁそうなんだけどさ。買い食いとかしてみたいって言ってただろ?」

「あっ、覚えててくれたんだね」


そう言って華穂は微笑む。


「いや、昨日のことだし」

「次の日にすぐ行動に起こせるっていうのがいいんだよ。フットワークが軽いのは良いことだよ」

「よし、じゃあ放課後行ってみよう。俺もあまり買い食いとかしたこと無いから少し楽しみだ」

「あ、そうなんだ。それじゃあ校門前で待ち合わせだね。今日は学校には迎えの車いらないって言っとかないと」


そう言って華穂はスマホを取り出し電話をかける。


「…………あ、もしもし? うん、私。えっとね、今日は車の迎えを学校じゃなくて駅前にしてほしいからその連絡。…………うん、大丈夫。今日の私は最強のボディガードがいるから。じゃあね」


それだけ言って華穂は通話を切った。


「よし、これでOK!」

「待て待て、今の通話に誇張表現があった件について詳しく」

「え? どの辺が?」

「何だよ『最強のボディガード』って。そんなもん名乗った覚えは無いぞ」

「…………あっ『守護神』の方が良かった?」

「そう言う問題じゃねぇし、神から離れようっつってんのに」

「でも真面目な話、土神くんってそんな雰囲気があるんだよね」

「え……?」


さっきのような茶化す雰囲気ではなく真顔でそう言う華穂に修也は言葉が詰まる。


「私、土神くんとはまだ数日の付き合いしかないけどさ、なんだか土神くんには人を安心させるオーラを感じるんだよね」

「何か話が急にスピリチュアルに……先輩そう言うの分かるタイプ?」

「うぅん、何となくそう思うだけ」

「何だそりゃ」

「でもホントの話だよ。だからこそボディガード的なものをお願いしたわけだし。何と言うか……いざと言う時に頼れるって感じなんだよね」

「うーん……自分じゃよく分からん」


華穂の言うことにイマイチピンとこない修也は首を傾げる。


(……あ、そういや蒼芽ちゃんも似たようなこと言ってたな……)


蒼芽からもちょくちょく同じようなことを言われているのを思い出す修也。


(そう言えば詩歌も……)


それと同時に、男性恐怖症であるはずの詩歌が自分だけは怖くないという話もあったことも思い出す。


(もしかして本当にそう言うオーラが……? あれ、ちょっと待てよ)


ここで修也はもう1つ思い出したことがあった。


(蒼芽ちゃんのタイプって『困った時に頼れる人』じゃなかったっけ?)


先日のパジャマパーティーの時にそんなことを言っていたはずだったと修也は思い出す。


(まさか……いや、無い無い。流石にそれは自惚れすぎだ)


不意に湧いてきた、自分が蒼芽のタイプの人であるという考えを修也は頭を振ってかき消す。

華穂がそう感じたからと言って、蒼芽も同じだとは言えない。


(…………でもまぁ、そうだったらありがたい話だよなぁ。俺なんかが……なぁ?)


それでも、もしかしたら……という希望的観測くらいは持っても良いだろう。

『力』のせいで恐れられ距離を取られることの多かった修也としては、負の感情を向けられないというだけでもありがたい話なのである。

それが蒼芽のような可愛い女の子なら猶更だ。


「土神くーん? どしたのー?」


修也が長いこと考え事をして黙っていたからか、華穂が首を傾げる。


「あ、悪い。ちょっと考え事してた」

「ゴメンゴメン、あまり深く考えないで良いよ? 私がそう思っただけなんだからさ」


自分が言ったことを真面目に捉えすぎたと考えたのか、華穂がそう言って謝る。


「さて、そろそろお昼休みが終わるね。教室に戻ろっか」

「あ、もうそんな時間か」


時計を確認すると、確かにもうすぐ予鈴がなる時間だ。


「それじゃあまた放課後にね。クレープ楽しみにしてるよ」


校舎に入り、道が分かれる所でそう言って手を振り自分の教室へ向かう華穂。

修也も早足で自分の教室へ戻るのであった。



(んふふふふー、クレープ楽しみだなー)


午後の授業中、華穂はずっと上機嫌で授業を受けていた。

楽しみにしているとはいえ授業を疎かにするようなことはせず、きちんと授業内容をノートに取っているのは流石である。

その調子で5限・6限と授業を受け、ホームルームが終わると同時に軽い足取りで教室を後にした。


「姫本さん、午後はずっとご機嫌だったね」

「そうだなぁ。昼あんなことあったのに、それを帳消しにするくらい良いことがあったのかな」


華穂と席の近いクラスメイトが午後の華穂の様子を思い出しながら言う。

『あの』猪瀬に絡まれるというだけで陰鬱な気分にさせられそうなものだ。

しかも勝手に婚約者に仕立て上げられそうになるなど、登校拒否しても納得できるレベルだ。

華穂は何でもない風に振舞っているが、少し無理しているような雰囲気を感じ取っていた。

だが今週に入ってからは雰囲気が明るくなっているように思え、さらに今日の午後は明らかに機嫌が良さそうだった。

それ自体はとても良いことだし、気にかけてた周りのクラスメイトも安心していたが同時に気にもなっていた。


「気になるけど、私たちが介入できる余地はなさそうだしねぇ」

「俺たちにできるのは、さりげなくアイツの妨害をするくらいだろうなぁ」


そんな話をクラスメイトがしていると……


「華穂さん、お迎えに上がりました。今度こそは僕に付き合ってもらいますよ」


話題の人物、猪瀬が相変わらず不遜な態度で教室に入ってきた。


「華穂さん、あなたはこれから常に主人の3歩後ろをついて歩くという貞淑な立ち振る舞いを覚えていただかなくてはなりません。これはその練習も兼ねているのです。言うなれば将来のあなたの為になることで拒否権はありません。さぁ、行きます……よ……?」


やたらと気取った歩き方で華穂の席まで気障ったらしくやってきた猪瀬だが、そこにはもう華穂はいない。

修也とクレープを食べに行くのが楽しみすぎてホームルーム終了後早々に教室を出ていったのが功を奏した形だ。

つまり猪瀬は誰もいない席に話しかけていたということで、その滑稽な姿に周りから失笑が漏れ出る。


「うわぁカッコ悪ー。あれだけキメといて相手がいないとか」

「教室入る時に確認しとけって話だよな」

「流石上級国民(笑)。やることが俺らとは違うわー」


周りから聞こえてくる声に、猪瀬は怒りと羞恥で顔が真っ赤になる。


「ぐっ……くっ……! おい! 華穂さんがどこに行ったか言え!!」

「知らないわよ。知っててもアンタなんかに言う訳ないでしょ?」

「お前いい加減にしとけよ? 姫本さんがどんだけお前に迷惑してるか分かんないのか? そろそろ洒落じゃ済まないレベルになってんぞ」

「姫本さんは家がお金持ちなのに『凄いのは両親や祖父母であって自分は凄くも何ともない』って言って、気さくで普通にクラスに馴染んでんの」

「そーそー。自分では1銭も稼いでないくせにえらっそうにしているどっかの誰かとは大違い」

「黙れ! 下級庶民のくせに上級国民である僕に口答えするな!!」


近くにいた女子生徒にそう言われ、怒鳴り返す猪瀬。

だが……


「ん? 私、別にアンタのことだなんて言ってないよ? ただの一般論の話」

「だよなぁ。なのにそんな過剰反応したら自分がそうだって認めてるようなもんじゃん」

「とにかく、そんな人をお前みたいな奴にみすみす売り渡すような真似をする奴はこのクラスにはいねぇよ」

「クソッ……使えない奴らめ!!」


猪瀬はそう吐き捨てて教室を飛び出した。


「もう二度とくんなっ!!」


その背中に向けて教室にいた生徒たちが罵声を浴びせかける。


「……ふぅー、こんだけやればしばらくは来ないか?」

「だろうねぇ。ここまで赤っ恥をかけば流石に……」

「でも昼に醜態晒しておきながらその日の放課後に懲りずに来る奴だぞ?」

「あー……その時はまたクラス総出で追い返せば良いんじゃない?」

「そうだな。姫本さんの平穏な学生生活の為に、俺たちでできることをやろう!」

「おーっ!!」


華穂に猪瀬を近づけさせないことで一致団結する華穂のクラスメイトたち。

資産家の生まれという、環境としては同じなのに人望の差が如実に浮き出ているのであった。



「ホームルームが終わったばかりなんだったら、まだ校舎内にいるはず……!」


猪瀬は出入口に向かって廊下を全力疾走する。

途中人とぶつかったが謝りもせず無視して走り去る。

上級国民の自分が下級庶民に頭を下げるなどあり得ないと猪瀬は真面目に思っているのだ。

やがて出入口に着き、靴を履き替えている華穂の姿を見つけた。


「華穂さ……」

「あっ、土神くーん! こっちこっちー!」


しかし猪瀬が声をかけようとした時、華穂が自分とは違う人物に声をかける。


「早いな華穂先輩……ホームルーム終わってまだほとんど時間経ってないぞ」

「いやぁ、クレープが楽しみすぎてホームルーム終わるのと同時に教室飛び出しちゃったよ」

「飛び出しって……人にはぶつからなかったのか?」

「大丈夫、まだ誰もいなかったからその心配は無いよ」

「壁とか扉とか柱は?」

「え、何それ。そんなのぶつかる人いないでしょ」

「それがいるんだよ、俺のクラスに」

「ホント話題に欠かないねぇ、土神くんのクラスは」


そんな話を楽しそうにしながら華穂は声をかけた人物、修也と校舎を出ていった。


「あ、アイツは……!」


その後姿をワナワナと震えながら睨みつける猪瀬。

しばらくして自分のポケットからスマホを取り出しどこかに電話をかける。


「……僕だ。これから言う奴を……消せ。下級庶民の癖に僕の婚約者に手を出した不届き者だ」


その後修也の特徴を伝えて通話を切る猪瀬。


「ク、クククク……僕を怒らせたらどうなるか、思い知らせてくれる……!」


猪瀬は離れていく修也の背中を睨みつけながらそう呟くのであった。

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