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第3章 第9話

「ふむふむ……なるほどねー」


修也の話を聞きながらメモにさらさらと何かを書き込んでいく瀬里。


「うーん確かにちょっと普通じゃないねぇ。理性が吹っ飛んでる感じがするよ」

「ああそうか、理性のタガが外れてるってのが一番しっくり来るな……というか何でアミューズメントパークの事件まで取材してるんですか」

「え? せっかくだしー、面白そうだしー」

「……こっちは一応危険にさらされたんですけどねぇ……」


しれっと悪びれもせず言う瀬里をジト目で睨む修也。


「さて、取材はこれくらいで良いかな! じゃあ約束通り私のスパッツを報酬として……」

「だからいりませんて。約束もしてないし。それよりも知りたいことがあります」


自分の鞄を漁りだした瀬里を制止し、修也は質問を投げかける。


「んー、何かな? 取材に応じてくれたお礼に今なら何でも答えてあげるよ」

「それなら……高代さんはこの町の色んな事を独自で調べてブログの記事にしてますよね?」

「…………えぇー……」

「え、何ですかそのリアクション」


修也の質問に不満があったのか、半眼で睨み口をへの字に曲げてつまらなさそうな顔をする瀬里。


「若い女性が『何でも答えてあげる』って言ってんだからさぁー……もっと際どい質問とかするのが普通じゃないの?」

「知りませんよそんな普通は」

「さっきも言ったけどさぁ! 私は欲望と倫理の狭間に揺れて思い悩む男の子の絵面が見たいんだよ! それが何さ、迷わず物凄く真面目な質問しようとしちゃって!!」

「……何で真面目な質問しようとしてるのに怒られなきゃならんのですか」

「土神君さぁ、まだ高校生なのに枯れてるんじゃないの? そんなんじゃ彼女とうまくいかないよ?」

「え? いや……彼女なんていませんよ?」


唐突な瀬里の詰問に首を振って答える修也。


「えー? でも陽菜や優実からは女の子と一緒にいる所を見てるって聞いてるよ?」

「いや……学校なんですから女子のクラスメイトとかもいるわけで別に変じゃないでしょ」

「いやー、一緒にお昼食べたり休日にお出かけするのはただのクラスメイトじゃありえないっしょ」

「えぇ……普通に話してるのか……藤寺先生はともかく、七瀬さんまで……」


優実は性格的に他人のプライベート事情を口外したりしないだろうと修也は思っていたが、意外にもそうでもないらしい。


「優実は意外と色恋沙汰の話大好きだよ? クールビューティ―っぽいけど中身は乙女チックなんだよねぇ」

「ホントに意外ですね……いや待てよ、そう言えば心当たりが……」


悪ふざけする不破警部を窘めることが多かった優実だが、蒼芽との関係性の話の時だけはやたらと悪ノリしてきたことを思い出す修也。

昨日会った時も蒼芽とうまくやってるか尋ねてきたし、瀬里の言う通りそういう話が好きなのだろう。


「もちろん私も大好きだよ? まぁ私の場合はゴシップ的な意味でだけどねウェヘヘヘヘヘ」

「うわぁ悪い顔してんなぁ……って、また脱線してる!」


瀬里と話しているとすぐに話が横道に逸れる。

中々本題に入れないことに更なる疲労感が積み重なっていく修也であった。


「ゴメンゴメン、土神君がキレの良いツッコミしてくれるからついつい……」


そう言って謝る瀬里だが、あまり反省の色は見られない。


「……で、そろそろ本題に戻りたいんですけど?」

「はいはい、土神君が知りたいことって何かな?」

「『猪瀬』という家のことです」


修也は今日初めて会ったので、猪瀬がどのような人物なのかあまり知らない。

華穂を猪瀬から守ると約束したものの、相手の情報が少ないのではやりにくい。

華穂本人やもしかしたら塔次あたりが知っているかもしれないが、こうして瀬里と会えたのであれば、瀬里が一番適任な気がしたのだ。


「猪瀬? もしかしてこの町の施設を作った資産家に名前を並べてる、あの?」

「え? ……あ、そう言えば資産がそこそこあるって先輩言ってたな……」


華穂が、自分の家ほどではないけど資産を持っていると言っていたことを思い出す修也。


「土神君が知りたいって言うなら良いけど……資産家の中では特に何の変哲もない家だったと思うよ?」

「正確にはその家の息子のことです。俺と同じ学校にいる」

「んー、よく分からないけど……じゃあちょっと調べてみるよ。ちょっと時間頂戴ね」

「分かりました、お願いします」

「報酬は土神君のゴシップネタで!」

「……取材の報酬じゃないんですか。そもそも俺にそんなネタありませんよ」

「じゃあ土神君が使ってたインナーでも良いよ?」

「……逆セクハラで七瀬さんに通報しますよ?」

「はっはっは! 優実は私がこんなキャラだって知ってるから無駄だよ!」

「はぁ……」


結局最後は瀬里のペースに乗せられてしまい、修也はため息を吐くしかないのであった。



「ただいま」

「お帰りなさい、修也さん」


修也が舞原家の玄関を開けると蒼芽が出迎えてくれた。


「ふふ、一緒に帰るのも良いですけど、こうやって帰ってきた修也さんを出迎えるというのも良いですね」


そう言って微笑む蒼芽。


「あら蒼芽、未来の予行演習?」


そこに紅音がリビングから顔を出しながら言う。


「お、お母さん!? 何よ未来の予行演習って!」

「それはもちろんアレよ。『お風呂にする? ご飯にする? それとも……』」

「わーっ! わぁーっ!! そ、そんなんじゃないから!! ち、違いますからね、修也さん!?」

「お、おぅ……」


紅音の役を作りながらのセリフを大声でかき消す蒼芽。

蒼芽の圧に何も言えず修也は頷く。


「ところで修也さん、昨日も帰りが遅かったですが学校で何かありましたか?」


かき回すだけかき回してさっさと話題を変える紅音。


(……今のくだり必要だったか?)


修也はそう思うが、わざわざ蒸し返すのは蒼芽が可哀想だ。

なので話題の転換に乗ることにする。


「ええまぁ実は、ちょっと色々と厄介なことが起きてまして……」


蒼芽と紅音に隠し事をする必要は無い。

それに認識の共有をしておいた方が話を合わせやすくなる。

そう思い修也は昨日と今日起きた出来事について、2人に話すことにした。


「昨日、学校で3年の先輩と知り合う機会があったんです」

「女の子ですか?」

「え? えぇまぁ……」


突然の紅音の質問に修也は曖昧に頷く。


「ほら蒼芽、言ったでしょ? もたもたしてるとどんどん競争率が上がるわよ?」

「お母さん!?」

「えっと……続けても良いかな?」

「あ、はいっどうぞ! むしろお母さんのことは無視して進めてください!!」

「流石に無視は……で、その先輩を付け狙うやつがいて困っているらしい。俺も今日直接対面したけどありゃ酷い」

「どう酷いんですか?」


修也の言葉に首を傾げて尋ねる蒼芽。


「世界中の不快感を煮詰めて人の形を作っているような奴だった」

「な、何か凄い表現ですね……」

「いやもう見られただけで不快感が全身を駆け巡った」

「そ、そこまで……」

「で、そいつの家がこの町の施設を作った資産家の1つらしい」

「え?」


修也の言葉に少し驚く蒼芽。


「修也さんがそこまで言うような人が……」

「蒼芽ちゃん、はき違えちゃいかんぞ。資産を持っているのはご両親だ。アレはそこに胡坐をかいているだけのろくでなし野郎だ」

「あ……はい」

「で、そいつから守ってほしいと先輩に頼まれてな」

「なるほど……で、具体的にどうするつもりなんですか?」

「それが分かんないんだよなぁ……自分の身を守るってなら簡単なんだけど……」


そう言ってため息を吐く修也。


「修也さん、そんな所で立ったままなのも何ですし、まずは着替えてから考えたらどうですか?」

「……あ、そう言えば……」


紅音に指摘されて気づいた。修也は今までずっと玄関で話し続けていたのだ。


「……あ、すみません! 私が引き留めてしまったからですよね?」


蒼芽も気づいたのか、慌てて頭を下げて謝る。


「良いって良いって、俺もつい話し込んじゃったからな。じゃあ着替えてくる」


そう言って修也は靴を脱いで着替える為に自分の部屋へ向かうのであった。



「で、どうすれば良いかなぁ……?」


部屋着に着替えてリビングに戻ってきた修也は、ソファに座りながら考える。


「護身術でどうにかならないんですか?」


蒼芽も修也の隣に座りながら聞く。


「護身術は自分の身を守るものだ。自分以外の人を守るのにはあまり向いてない」

「でも以前ひったくりの人の体当たりやトラックが弾いた小石から私を守ってくれたじゃないですか」

「いや、あれはたまたま俺の方にも射線が向いてたから何とかなったわけで……それに小石の件は護身術そもそも関係無い」

「あ、確かに……」

「今までこんなこと無かったからなぁ……どうしたものか……」


修也はソファの背もたれに背を預けながら考え込む。


「………………」

「……蒼芽ちゃん、だからそっと写真を撮ろうとするのはやめなさい」

「あぁー、また気づかれちゃった……」


そんな姿をこっそりスマホに収めようとした蒼芽を窘める修也。


「写真ならこの前いっぱい撮っただろうに」

「あれはあれで良いんですけど、プロマイド風に修也さんだけが映っている写真も欲しいんですよぅ」

「いや確かにあの時撮ったのは2ショットばっかりだったけどさ……」

「だったら蒼芽の写真と交換してもらったら? 貰うだけじゃ流石に不公平よ」


そこに紅音が口を挟む。


「いや、そういう問題じゃあ……」

「私の写真で良いならいくらでもって前にも言ったんだけど……」

「あら修也さん、良いじゃないですか。自分の写真を撮られる見返りが蒼芽のグラビア写真撮り放題ですよ?」

「はい!?」

「お母さん!? 何でグラビア!!?」


またとんでもないことを言い出した紅音に驚く修也と蒼芽。


「だってそれくらいじゃないと釣り合い取れないでしょう?」

「いやいや、自分の娘になんて提案してるんですか」

「それに私、写真映えする水着なんて持ってないし……」

「学校の水着があるでしょ?」

「可愛くないから嫌」

「……いやいやちょっと待て蒼芽ちゃん」

「はい?」


紅音と言い合いをしている蒼芽に待ったをかける修也。


「その口ぶりだと可愛い水着を持ってたら別に良いって言う風に聞こえるが……」

「あ、はい。その場合はむしろ写真撮ってくださいと言うと思います」

「マジでか……」

「ほらアレですよ、いわゆる承認欲求というやつです。可愛いアクセサリーを買った時とか、髪が綺麗に纏まった時とか、他の人に見せたくなることありません?」

「あぁー……そう言われると分かるような気も……」


その気持ちは修也も分かる。

何か自慢したい時や見せびらかしたい時というものは確かにある。


「まぁ流石に水着は修也さんにだけですけど」

「それは光栄なことで」

「なので今度モールに水着を買いに行きましょう! もうすぐシーズンですし」

「あ、そうか……もうすぐ夏か……」


ここ数日色々なことがありすぎて失念していたが、もうすぐ本格的に夏がやってくる。

だが……


「…………」

「修也さん?」


夏が近づいてきていることに気づいた修也の表情が段々と難しいものになっていく。

そのことに蒼芽が不思議そうな顔をする。


「なぁ蒼芽ちゃん、夏って何か楽しいイベントあったっけ? 俺、衣替えする位でオールシーズン同じような生活しか……」

「ストーーーーーーップ!! 引っ越し前の生活スタイルは忘れてください! ここでたくさん楽しい思い出を作りましょうよ、ね!?」


不穏な空気を察知した蒼芽が修也の言葉に割り込む。


「え……良いのか?」

「もちろんです! 私で良ければいつでもいくらでも付き合いますから!」

「……そっか。ありがとう」

「いえいえそんな、お礼を言われるようなことでは……」

「そうですよ修也さん、むしろ蒼芽がお礼を言う所ですよ。修也さんと楽しい思い出を作ることができるんですから」

「そんなものですかねぇ……?」


イマイチピンとこない修也ではあるが、自分が必要とされているということは理解した。

そのことは素直に嬉しく思える。


(……本当に、この町に引っ越してきて良かったな……)


蒼芽と紅音だけでなく出会う人たちのほとんどがキャラが濃いものの良い人ばかりだ。

引っ越す前までは当たり前だと思っていた1人でただ機械的に学校と家とを往復するだけの日々はもう記憶の片隅にまで追いやられている。


(蒼芽ちゃんの言う通り、これからは楽しい思い出を沢山作っていこう)


そう心の中に留めておく修也。


「話は少し戻るけど……蒼芽、学校の水着で写真を撮るのは嫌なの?」

「だって何の飾りっけも無くて紺一色で地味で可愛くないんだもん」

「そりゃまぁ授業に使う物なんだから装飾は要らないよな……」

「そうなんですけどね。だから授業で着るだけなら良いんですけど……」

「でも、その何の飾りっけも無くて紺一色で地味なのが良いって言う人もいて、一定数の需要があるのも確かなのよ?」

「えっ……そうなんですか? 修也さん」

「何で俺に聞く!?」


良い話で纏まりかけたのに盛大に落としにかかる紅音。

やはりある程度は自重してほしいと思い直す修也であった。







(……はっ!? 結局華穂先輩に関する問題の対策は何も進んでねぇ!!)


修也がそのことを思い出したのは夕食を食べて風呂に入り、ベッドに潜りしばらくして眠気がやってきてからのことだったという。

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